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感謝と懺悔



「奏真。……おーい」


 奏真の頭をグシャグシャと大きな手がかき混ぜる。


「ん~?」


 瀧本と抱き合ったあと、いつの間にか奏真もぐっすり眠り込んでいた。ショボショボする目を開き携帯を見れば、正午過ぎ。瀧本はシャワーを浴びてきたらしく、タオルで頭をガシガシと無造作に拭いていた。


「はよ……」

「たまには昼飯、外で食おうか?」

「うん。いいよお」

「じゃ、お前もシャワーしてこい」

「はーい」


 重い身体を起こし、シャワー室へと階段を降りる。

 もうすぐ引越し。面倒な往復も、あとどれくらいだろうと思えば、この道のりも妙に楽しい。ずっとそう思っていた。今だって思ってる。

 熱めの温度で頭からシャワーを浴びる。

 昨日の件を奏真が思い出すことはもうなかった。

 朝、目を開け、仕事から戻った瀧本を見てその胸に縋り、それを受け止めてもらえた時点で奏真は救われていた。瀧本と抱き合っているあいだ、思い出すこともなかった。夢中で溺れ、全身に瀧本の愛情を感じていた。

 奏真はそれで十分だった。

 自分のことはいい。

 己に振りかかる火の粉に慣れている奏真にとって、問題なのは直樹のことだけだった。

 直樹にどうやって話そう。どう話したら納得してくれるだろうか……。できれば傷つけたくない。でもあいつは悪人だ。もう絶対、直樹をあいつの所へ行かせたくない。

 髪をタオルドライしながら部屋へ戻れば、瀧本の準備はばっちりだった。


「上、なんか着ろよ。風が強いから」


 普段着はストックとして部屋に置いてあるが、上着まではない。


「そだね。んじゃ、これ借りていい?」

「なんでもいいぞ。ちゃんとあったかい格好しろよ」


 パッと目に付いたダウンジャケットを手に取り袖を通す。太ももまで包むような大きな服。相変わらず指先しか出ない。初めて瀧本の服を借りた時を思い出し、奏真の胸に甘いものが込み上げた。


「いくぞー」

「はーい」


 外へ出ると改めて感じる爽やかな秋晴れ。真っ青な空にはうろこ雲が広がっている。

 あぁ、気持ちのいい天気。ツーリング日和だね。


 バイクは国道三五七号線へ乗った。『若洲海浜公園方面』の青い看板が見える。

 海と空。果てしなく広がる青の世界を眺めながら、どこまでも伸びる東京ゲートブリッジを走る。海風の中を爽快に滑り、海上公園を散歩し、慣れないクレープを買って二人で食べあった。


「東京の海もけっこうキレイだよなー」

「んー、東京の海しか知らないからなんとも……」

「あははは。そうだよな。俺も知らねーよ」


 豪快に笑う瀧本を見上げ、奏真も笑った。

 楽しい。素直にそう思える。すごく新鮮。こういうのがデートなのかな?

 海風が強く、ジャケットの襟がヒラヒラとめくれる。


「さむっ! お前、ちゃんと前閉めろよ」


 残りのクレープを口に押し込み食べ終えた瀧本が、ボタンを留めようとした手を止めた。


「……あれ、俺、つけちゃったか……赤くなってる」


 鎖骨を指で擦られ、奏真は「あ……」と思い出した。


「別にいいよ。誰に見せるわけでもないんだし」


 内心ギクッとした奏真だったが、涼しい顔ひとつでたくさんの嘘をついた。

 気づいていないフリ、どうでもいいフリ、痕を残した男のことも、後ろめたさも、瀧本への裏切りも。

 澄んだ青い世界の中、優しい瀧本の前で、奏真は自分ひとりがひどく汚れていると思った。

 ごめんね? ごめんなさい。

 前を歩く瀧本の背中に奏真は何度も何度も謝った。

 滲む視界を、気づかれないよう袖でゴシゴシと拭いとる。

 バイクに戻ると「まだ食えるだろ?」と瀧本が尋ねた。帰り道、国道沿いの小さなたこ焼き屋に寄ると、そこでたこ焼きをたらふく食べた。

 瀧本は、なにも言わない奏真へ、居場所と気晴らしを与えた。

 奏真はその時間を心地よく感じながら、同時に静かに胸を痛めていた。


 アパートに戻ったのは夕方の四時頃。


「はぁー。たこ焼き食いすぎた。ねみぃ……」


 ゴロンと畳の上に大の字になった瀧本へ、奏真は告げた。


「瀧本さん。俺、帰るね。海、連れてってくれてありがと」

「おう。送っていかなくいいのか?」

「眠いでしょ? いいよ。歩いて帰るから」

「……ん。奏真」

「なに?」


 手首を振り「おいでおいで」をする瀧本の隣に奏真が膝を突くと、太い腕が伸び、奏真のうなじに触れた。引き寄せられるままキスすると、瀧本がボソッと言った。


「なんか困ったことがあったら、すぐに言えよ?」

「……うん。そうする」


 奏真は瀧本の目を見て、うんと微笑んだ。

 瀧本さんは分かってる。求めればきっと、全力で助けてくれる。それでもこれは俺の問題なんだ。俺がやらなきゃいけない。

 胸が苦しくて、喉が焼けるように痛い。

 奏真は泣いてしまわないようにもう一度、今度は自分から唇を重ね「じゃあね」と部屋を出た。





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