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心配

 あ、まただ……。

 四時間目の授業中、直樹を観察していた奏真は、ノートに問題を書き写していた友人がフッと違う世界へ入ってしまったのに気づいた。

 最近、直樹の様子がおかしい。

 元気印だったのに、最近やたらと物憂げな雰囲気を漂わせていることが増えた気がするのだ。

 受験勉強で参ってる? と声をかけても「大丈夫大丈夫」と愛想笑いして、すぐに遠くを見つめてしまう。直樹にもいろいろな事情があるのだろうと思うのだけど、そんな直樹を見ていると奏真はひどく寂しい気持ちになってしまう。

 直樹にはいつまでも自分の知っている直樹でいて欲しい。

 そんな風に思ってしまう自分をワガママだと思いながら、違う世界へこもっている友人を奏真はひとり眺めていた。

……あの玉木さんなら、なにか知っているかもしれない。

 昼休み、昼食を食べながらテレビ番組の話で盛り上がる拓馬たちの中、また直樹は一人で遠くを見つめていた。


「直樹、今日って塾?」

「ん? うん……塾だよ」

「そっかぁ、頑張ってね」


 直樹は玉木さんに懐いてるし……なにか聞いているかも。

 奏真の内側から「おせっかいだろ」「放っといてやれよ」「聞いてどうするつもりだ」「聞ける立場じゃない」そんな言葉が次々に聞こえてきたが、直樹の異変を奏真はどうしても見過ごせなかった。

 昼食を食べ終え、奏真はこっそり玉木に連絡を取った。前回、焼肉屋で食事をした際、連絡先を交換していたが、特に今まで奏真から連絡はしなかった。直樹のこと以外で玉木には用事も興味もなかったからだ。

 そういえば、あの時散々お世話になったのに薄情だなと思いつつコール音を数えた。

 いきなりの電話でしかも、「今日会って欲しい」という不躾なお願いをすることに気後れしていた奏真だったが、玉木はあっさり承諾してくれた。

 良かった。

 校門を出て直樹と別れる。待ち合わせの時間まで駅前の本屋で時間を潰し、五分前に待ち合わせの駅裏へ行くと、すでに玉木の車が停車していた。近づくと内側からドアを開き、玉木が爽やかな笑顔で迎え入れる。


「いらっしゃい。どうぞ」

「すみません、急に呼び出したりしちゃって」


 奏真が乗り込みシートベルトをするのを待って、車がゆっくり動き出す。


「僕も君にインタビューしたかったんだから、丁度良かった。そういえば、この間は体調悪いのに付き合わせてしまって申し訳なかったね? もう大丈夫?」

「はい、おかげさまで。こっちこそ、せっかくご馳走になったのに、あんなことになちゃって。ほんとごめんなさい。あんまり美味しかったからお腹がビックリしちゃったのかも」

「あははは。今度は水瀬君の好きな物を食べに行こうね?」

「え! いいんすか? やったっ」

「うんうん。今日もインタビューが終わったら、食事に行ってもいいよね? あ、あんまり遅くなるとお家の方が心配するかな?」

「あぁ、うちそーゆーの緩いんで。全然平気です」

「へー、そっか。そういう話も聞きたいんだ」


 穏やかな会話をしているうちに、車は閑静な住宅街へ入って行く。カッコいい外観のマンションが見えてきたと思ったら、横に広がる大きな駐車場へ入り車が停まった。


「それで、インタビューは他の人に聞かれない場所で、水瀬君にリラックスしてもらって進めたいと思ってる。野原君も僕の部屋で色々話を聞かせて貰ったんだ。ここなんだけど、いいかな?」

「あぁ、はい」

「まずは水瀬君の話からね? なにか用事があって僕は呼ばれたみたいだし?」

「用事ってことでもないんっすけどね……」


 図星を突かれた奏真だったが、言葉を濁した。どう話していいのか、まだまとまっていない。

 玉木は車から降り、助手席のドアを開けて微笑み促した。


「うん。部屋で聞くよ。おいで」

「あ……はぁ」


 玉木の対応に奏真は改めて感心していた。

 やっぱ大人だよな。ジェントルマンって、こういう人のことを言うんだろうか。俺の周りには……うん。やっぱいないな。


「おじゃまします」

「適当に座ってて、お茶を淹れるよ。あ、ジュースの方がいい?」

「お茶で大丈夫っす」


 マンションの外観もだが、玉木の部屋もやはり大人を感じさせた。黒色の家具で統一されたスタイリッシュなリビングへ通される。仄かに香る甘い匂い。嗅いだことのない香りに奏真はクンクンと鼻を鳴らした。

 なんの匂いだろ……芳香剤?


「適当に座っていいよ」

「はい」


 奏真は三人がけのソファに座った。前には大理石みたいな模様のローテーブル。その上に火のついていない三角のお香が置いてある。マッチ箱みたいな箱の中にも同じ三角のお香がギッシリ入っていた。箱には『ブーケ』と書いてある。

 匂いの元はコレか?

 身を乗り出し、そのお香に鼻を寄せスンスンと嗅いでみた。わずかな匂い。やはり部屋に漂う香りはお香の匂いだった。


「お待たせ。本当にお茶だけどいいかな?」

「えぇ、ありがとうございます」


 玉木がティーカップを置く。お茶は緑茶でもなく、麦茶でも烏龍茶でもない。薄く淡い黄色をしていた。爽健美茶か? とカップの中のお茶を見ていると玉木が言った。

「これ、ハーブティーなんだよ。精神をリラックスさせる効果があるんだ」

「へー、コンビニに売ってるジャスミンティーとかそんな感じ? 飲んだことないけど」

「うんうん。そうだね」

「いただきます」


 奏真はカップを手に取った。口に含むとほのかに花の香りが広がる。味は甘酸っぱい紅茶みたいな味だった。


「酸っぱくて飲めないようなら、砂糖を持ってくるよ」

「ううん、大丈夫」


 確かにクセがあるが、その分口の中はスッキリとした。


「結局、これってなんていうお茶なんです?」

「……ハーブティー? いろんなハーブが入ってるんだよ。ちょっと薬ぽくない? 匂いもさ」


 玉木は立ち上がると、ティーパックを一つ持ってきた。中にはいろんな種類の花びらや葉っぱの乾燥したものが入っているのが見える。


「あー、確かに」

「これは、確かカモミールと、オレンジピール、あ、ジャスミンも入ってるね、あとはセントジョーンズワート。古い時代から、不眠症の薬に使われたらしいよ。リラックス効果があるんだろうね」

「へー。なんかオシャレですね」


 奏真はそれっぽい言葉で答えたが、実のところちんぷんかんぷんであった。もう一口、口に含む。


 オシャレだけど、俺的には麦茶だな。やっぱり。


「普段はコーヒー派なんだけどね。話を聞きたい時はハーブティーを出すようにしてるんだ。それが仕事でもあるからさ」

「なるほどー……リラックス効果っすね?」


 玉木は無言で頷き、ティーカップをゆっくり傾けた。目を閉じ、軽く息を吐く。

 お客がというより、自分自身がハーブティーでリラックスしているようだ。


「……ああ、ごめんね。つい味わってしまった。水瀬君の話、聞かせて? 今日はどうして僕に連絡してくれたのかな?」

「あぁ、うん。……直樹のことなんですけど、最近変っていうか……元気ないっていうか」

「うん」


 玉木が神妙な表情で頷いた。


「いや、俺が聞いてもね? 大丈夫としか言ってくんないんですよ。でも、明らかになんかあるっぽくって。アイツ、玉木さんに懐いてるみたいだし、なんか知ってるかな? って、アイツからなにか聞いてません?」


 奏真の問いかけに、玉木は「そうか……」と頷きながら腕を組み、なにかを思案しているような表情をした。


「……うん。野原君からは色々、話は聞いてるよ。その大半は……水瀬君のことだけどね?」

「え? ……俺っすか」


 ドキッとした。確かに直樹とはいろいろあった。しかしそれは直樹の様子がおかしくなるだいぶ前のことだ。実際、奏真と直樹はここのところ以前と変わりなく過ごせるようになっていた。そのことに、奏真はとても安堵していたのだ。


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