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休日のショック


 直樹はシャーペンを置き、窓の外を眺めため息をついた。

 日曜日の午後、外は嫌になるくらいの雲ひとつない快晴だ。


 ……なにやってんだろ。

 

 やることがないわけじゃない。受験勉強もしなきゃいけないし、学校の宿題もしなきゃいけない。でもやる気がおきない。

 平日なら、学校で奏ちゃんと会えるのに。毎日平日でいいくらいだよ。土日要らない。だって、奏ちゃんは金曜日……学校が終わったら瀧本さんのアパートへ行っちゃうし。

 むしゃくしゃする気持を払うように、直樹は勉強机から立ち上がり、ベッドへゴロンと寝転がった。

 奏ちゃんは月から木曜の間にバイトを入れても、金曜日は絶対入れない。まっすぐ瀧本さんち。よっぽど会いたいんだね。すんごく好きなんだろうね。

 直樹は朝起きてからずっと問題集と向き合っていた。もう四時間になる。モヤモヤした気分になるのは勉強に嫌気がさしているからだと思った。

 もう終わりにして、体を動かそう。体動かしたらスッキリするかもしれない。

 外着に着替え、斜め掛けバッグに携帯と財布を入れ自転車にまたがった。

 漕ぎだしてみれば風も爽やかで気持ちいい。サイクリングのような気分で颯爽と走ったが、到着したのは瀧本のアパートだった。

 また来ちゃった。俺ってこれ、ストーカーとか呼ばれる行為になるんじゃん?

 自問自答しながら二階の隅の窓を眺める。

 瀧本さんは警備会社で働いてて、この前も朝に帰ってきた。……ってことは、今の時間は寝てるんだよね? まだ昼の一時だし……奏ちゃんは? 奏ちゃんもやっぱり寝てるのかな……。朝の七時に瀧本さんが寝るとして……。

 指を折り曲げて八時間数える。

 八時間で三時? ああ、だから……。

 二人が昼間からしているところに遭遇したのを思い出す。

 あの時はなんで、こんな時間にガンガンやりまくってんだよ。なんて思ったけど……。きっとアレが普通なんだ。瀧本さんには。


「はぁ……なにやってんだろ俺」


 まさか、またエッチが始まるのをここで待つつもりはない。そんなの聞きたくも見たくもない。直樹は地面を蹴ってアパートから離れた。

 ……あれ?

 商店街を走っていたら、目の前に瀧本と奏真の歩く姿を発見した。

 え? 起きてる? あれ? バイクが置いてあったから、てっきりアパートに居るもんだと思ってた。なにやってんだろ?

 二人は仲良さげに肩を寄せ合い、なにやら話し込んでいるように見えた。直樹は追いつかない程度にゆっくり自転車を漕ぎながら、二人の背中を追う。

 やっぱりこれ、ストーカーじゃない? ん? もう一人のおっさんは誰だろ?

 二人が並んで歩くちょっと前を五十代くらいの男性が先導していた。その男性がクルッと振り返り、笑顔でアパートを指差す。

 あ……もしかして引っ越すの?

 男性が前を歩き、二人がうしろからついていく。直樹がアパートの前まで着いたタイミングで一階の左端にあるドアが閉まった。


 あ、あそこに入ったんだ。

 そのアパートは、今のアパートより外観はかなりキレイだった。二階建てのアパート。一階に玄関ドアが四つ。もちろん、共同で使うトイレらしきものなど無い。

 奏ちゃんも一緒に、引越し先のアパートを選んでるんだ。なんかそれ……まるで新婚さんみたいじゃん。まだ、高校生のクセに……。なんだよ。奏ちゃんは高校卒業したら、瀧本さんのお嫁さんにでもなるつもりなの? 

 途端に頭の中で、奏真がピンクのエプロンをして料理を作る姿が浮かんだ。あまりにしっくりしていて、直樹の気持ちはさらにどっとへこんだ。

 別に……違和感ゼロだし……いいけどさ。

 一階のドアが開き、出てきた若い男性が訝しげな顔で直樹を見た。直樹は目を伏せ、ペダルをグイッと漕ぎその場を離れる。

 いくら前みたいに仲良くつるんでたって、俺が彼女と別れたって……奏ちゃんは瀧本さんのモノなんだ。


「…………」


 考えていると目頭が熱くなってきた。応援するって決めたのに。ダメだな……俺。

 グルグル考えては落ち込み、気持ちを立て直そうと試みるも無駄だった。寄り添う二人の背中が目に焼き付いている。瀧本を見上げる奏真の甘えた眼差しの横顔も、直樹にはハッキリと思い出せた。

 歩行者用の信号が赤になる。直樹が沈んだ気持ちで待っていると、携帯が鳴った。右手をバッグへ回し、携帯を取り出す。

 玉木さんだ……。

 直樹はホッとして、電話に出た。

 無理に笑わなくてもいい。話を聞いてくれる人。奏真への辛い気持ちを、くだらない嫉妬をからかわないで頷いてくれる唯一の人間。


「もしもし。こんにちは」

『ははは。声、元気ないな。また落ち込んでんのか?』


 優しい声は、直樹が意地を張らないでいられる声だった。


「うん。……玉木さん」

『ん?』

「俺、お酒飲みたい」

『おいおい。もう懲りたんじゃなかったっけ?』

「今度はちゃんとゆっくり飲むよ。だからさ……飲ませて?」


 玉木の「仕方ないな」という感じの笑い声がかすかに聴こえた。


『飲む飲まないは置いといて、迎えに行くよ。今、どこにいるの?』


 玉木と待ち合わせたのは駅裏の駐輪場だった。直樹が自転車を停めて待っているといつもの車がやってくる。直樹にもう遠慮する様子はない。慣れた様子で助手席へ乗り込んだ。


「お待たせ」

「こんちは。待ってないよー」

「そう? リクエスト通り、酒は一応買ってきたけど……」

「ほんと? ありがとう!」


 玉木は眉をしかめ、小指を立てて直樹に突き出した。


「買ってはきたけど、お前は未成年だから。今日は二本まで。分かった?」

「う、うん……分かったよ」


 突然の「お前」という単語に、ちょっとドキッとする。いつもは「野原くん」なのにと必要以上に意識してしまい、焦りを沈めたくてよけいにアルコールを入れたくなった。でも飲みすぎて、吐いたり頭が痛くなったりは嫌だ。ゆっくり飲もうと心の中で言い聞かせ、玉木の出した小指に小指を絡める。直樹は素直に「指切りげんまん」をした。


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