奏真と直樹
奏真は時計をチラッと確認して瀧本へ電話をかけた。
「もしもーし。着いた? ううん。そんなんじゃないんだけど、あのね? 今友達が来てるんだけど。うん。そうそう。それでね、泊めて欲しいって言ってんだけど泊めてあげてもいい? ……うん、ありがと。お仕事、頑張ってね。はーい、おやすみなさぁ~い」
「…………」
奏真の甘えた声に二人の関係を再確認してしまい、直樹の気持ちは一気に沈んだ。
「いいぞ。ってさ」
「うん。ありがとう。あ……でも、やっぱり悪いから、俺、帰るよ」
「えー、なんでよ。いいって言ってんだから泊まんなよ」
不満気な顔には「ガッカリ」と書いてある。直樹も奏真をしょんぼりさせたいわけではない。
……一人で留守番って、やっぱ寂しいよね。いくら寝るだけでも。
「うん。泊まっていいなら……。あ、瀧本さんが戻ってくる前に起きて帰るよ。それならいいよね?」
ションボリはさせたくないけど、応援したいけど、二人がイチャイチャしてるのだけは見たくない。
「ゆっくりしてきゃいいよ。どうせ帰ってきても風呂入って寝るだけだし」
「寝るだけって……布団、いっこしかないよね? それならやっぱり…」
そこまで考えて、ハッ! と気づく。
俺も、奏ちゃんと同じ布団で寝るってこと? それは、嬉しい。いや、でも、二人が毎晩、毎朝? 一緒に寝てる布団だよね? そこに俺が入っていいの?
考えていたら、妙に下半身が熱くなってくる。
あれ? なんか俺、興奮してる?
股間の真ん中がムズムズしてジーンズがきつくなる。もぞもぞしていると奏真が言った。
「あー、トイレ? 外だよ」
「え? あ、ああ。そうなんだ。階段降りれば分かる?」
「うん。シャワーとトイレがあるから。あ、シャワーしてくる?」
「へっ!? あ、う、うんうん。そうだね。汗かいたし……ついでにしてくるよ」
「服は貸すけど、パンツどうする?」
「あー……コンビニ行ってこようかな? そうだ。お菓子とかジュースとかも買って、パンツ買って、二人でゲームしようよ」
「いいねぇ~」
話が決まり、直樹と奏真は財布だけ持って夜の町を自転車で走った。
奏ちゃんを後ろに乗せるって久しぶり。
ウキウキしながらペダルを踏むが、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。コンビニには五分程で到着してしまった。
もっと遠かったら良かったのに。
残念に思いながらも、ふたりでする買い出しは楽しかった。味の違うポテチを四種類とせんべいと、ポッキー。二リットルの炭酸と緑茶のペットボトルを買ったら大荷物になった。
「奏ちゃんポテチ持てる? ジュースは前に入れるから」
「うんうん」
「手、ちゃんと俺につかまってて」
「ほーい」
ポテチの入った袋を直樹の足の間に置き、奏真は両手を回すと袋の持ち手と直樹を掴んだ。
「ねぇこれ、漕ぎにくくない?」
奏真は更に前進して直樹の背中にくっついた。頬も胸も腹もぴったり密着させる。
わわっ! 奏ちゃんの体温がギューッと背中に! こんなのまたムズムズしてくるよ~。
「あ、ありがと」
「なにが?」
「ううん! う……動くよ!」
「どーぞー」
帰りの道程は、行きよりももっと複雑だった。早く到着して欲しいような、して欲しくないような。
奏ちゃんと、一体になってるみたい。体だけじゃなくて、気持ちもすごくくっついているような……。
火照った頬をスッと冷やす夜風が気持ちよくて、直樹は深く空気を吸い込み名前を呼んだ。
「奏ちゃーん」
「なにー」
大好きだよ!
なんて……そう言えたら、どんなにいいだろう。でも、もう、言えるわけなくて。俺は拒否されちゃってんだから。奏ちゃんが俺と友達でいたいのなら、俺は友達でいなくちゃいけないよね。
直樹は溢れだしそうな気持ちを飲み込み、ツイと夜空を見上げた。
「……今日のお月様、でっかいねー」
「え?」
くっついていた顔が空を見上げるのを感じた。
「おー、んとだ、すごいね」
「ねー」
頬は離れてしまったけど、胸もお腹も、回した手もそのままだ。そして、同じ月を見上げている。
足の筋肉が痙攣して動かなくなるまで、このままどこまでも漕いでいたいと直樹は思った。
奏ちゃんがこうやって横にいてくれたら……もう、なんにもいらない。
背中の温もりを噛み締めながら、直樹はゆっくりとペダルを漕ぎ続けた。
月夜を見上げながら二人はアパートへ到着した。すぐに交代でシャワーを浴びる。部屋で待っている間、妙にソワソワしてしまう。直樹は息子を見下ろしこんこんと言い聞かせた。
奏ちゃんがどんなにいい匂いをさせて戻ってきても反応すんなよ! 分かった?
「ただいま~、あっつぅ~。アイス食べる?」
「うんうん」
戻ってきた奏真とキンキンに冷えたアイスを食べる。
あぐらをかいてアイスを食べながら、直樹はつい奏真を観察してしまう。襟が伸びた大きめのTシャツから見える鎖骨。白い首筋。
こういうのって、俗に言う『無防備』ってやつだよね? ただでさえ、他人から見ても色気があるって言われているのに……奏ちゃん、俺が好きって言ったこと忘れてるんじゃなかろうか。まぁ、天然ちゃんだしなぁ。
「奏ちゃん」
「んー?」
「あのさー。その……色々とアレだよ? 奏ちゃん可愛いから……気を」
「あー、直樹っ! 溶けてる!」
「ん?」
いきなり奏真が直樹の腕を掴みバッと持ち上げた。
「おぉ……っ!」
直樹がビックリしてると、奏真が直樹のアイスの角にカプッと食いつき、ちゅーっと水分を吸う。目の前に白い喉が飛び込んできて、直樹の心臓が一瞬止まった。
「せーふ」
それから奏真は自分のアイスもチェックする。溶けそうな角をかじかじと齧り、ある程度周りを小さくすると、あむっと一気に全部を口の中に入れた。すぼめた唇からアイスの棒を出し入れする。
だから……なんか全部エロいんだってばー! 俺の息子がソワソワしちゃってる。まずい。非常にまずい。息子の気を逸らさないと!
「げ、ゲーム。ゲームしようか?」
「おー」
直樹のとっさの機転どおり、二人でゲームを始めると、息子も無事に落ち着き、収まった。ホッとしながら、ゲームでテンションが上がっている奏真を見つめ、一緒に盛り上がった。
眠くなったのは深夜二時過ぎ。大あくびをした奏真が畳んであった布団をノロノロ広げ始める。
「ちょっと狭いけどいい? 夏だし、なんだったら横向きで半分雑魚寝でもいいよね」
「う、うんうん」
直樹は内心ホッとして雑魚寝に賛成した。一緒の布団に入るのはさすがに気が引けるし、平常心でいれる気がしなかった。
「おやすみー」
「おやすみぃ~」
真っ暗にした部屋。直樹は自分のドキドキが奏真に聞こえないかと心配した。しかし実際は、そんなこともなくて、すぐに隣から奏真の安らかな寝息が聞こえてきた。
そりゃそうだよね。ドキドキしてるのは俺ばっかだ。
そう思うのに、直樹のドキドキはいっこうに落ち着いてくれない。
……ね、眠いのに……眠れない。
しばらくすると、もぞもぞと布団の擦れる音がした。直樹が目を凝らすと隣で布団に顔をこすりつけている奏真が見える。
かわいい……。
ずっと見ていたかったけど、変な気持ちになったらダメでしょと受けを向きグッと目を閉じる。
またしばらくして奏真が動く気配を感じる。そーっと瞼を持ち上げ横を見ると、少し離れたところにいたはずの奏真の顔がすぐ横にあった。奏真は直樹に密着すると、体の上に手を乗せてくる。
「うっ!」
直樹が顔を覗き込んでも奏真に起きる気配はない。
いつもこうやって……瀧本さんにくっついてるのかな。きっとそうなんだろうな……。
直樹の体に回した腕で、奏真が体を引き寄せようとする。
ちょっ……っちょっとちょっとっ! せっかく静かになった息子が目覚ましちゃうでしょお?
直樹はなんとか奏真を引き剥がそうと、体を捻った。
しかし、今度は足が降ってきた。手と足で抱き枕のように抱えられ逃げるに逃げられない。
し、幸せ……いやいや。いい気持ちになっちゃダメなんだってば! それにだ。今何時? 瀧本さんは何時に帰ってくるんだろう? 奏ちゃんが俺にこんなにくっついて寝てるの見たら?
直樹の頭の中に髪の毛を逆立ている瀧本が浮かんだ。
「やばいやばい。奏ちゃん。ちょっと……」
熟睡している奏真の頬をペチペチ叩く。
「んーう……」
そのまま目を覚ますでもなくゴロンと反対側に奏真が寝返った。無事に解放されホッとし、直樹もようやく眠ることができた。
そして翌朝、瀧本の大きな声で直樹は目が覚めた。
「おまえら起きろ!」
「ひえ!」
パッと目を開けると、なぜか直樹の腕の中に奏真がしっかり収まっていた。慌てて奏真から手を離す直樹へ、瀧本は怒るでもなく千円札を二枚渡した。
「お前らこれで、朝マックでもしてこい。俺は寝るからあんまり早く帰ってくんなよ」
「あ、はぁ。ありがとうございます」
まだ奏真は眠っている。瀧本はかがみ込むと、奏真の体をゆさゆさと揺り起こした。
「おい、奏真。起きて朝飯食ってこい」
のそのそと身体を持ち上げ、奏真が足の間にお尻を落とした女の子座りになった。まだ寝ぼけているのか、うつむいたまま手の甲で瞼をぐしぐし擦る。
久しぶりに見た寝起き姿に、やっぱり可愛いと直樹は思った。
「ぉあえりなさい……」
「うん。ただいま」
瀧本は爆発した頭を愛おしそうに撫で、さらにグシャグシャ掻き回す。されるがまま頭を揺らしていた奏真は、瀧本の手が離れると大あくびをして、トロンとした顔で直樹を見た。
「直樹もおはよー」
「お、おはよ。あ、あの、俺、もう帰ります。奏ちゃんまだ眠そうだし……」
「いいんだよ。朝マック行ってこいよ」
「は、はい……」
瀧本も夜勤明けで眠そうだった。直樹がオロオロしていると奏真がやっとフラリと立ち上がる。
「んー、行こう。お腹すいた」
「う、うん」
直樹たちはTシャツに短パン姿のまま、夏の朝の爽やかな空気の中を二人乗りしてハンバーガー屋へ向かった。朝の七時。さすがに店内は空いていて、がら空きのレジでオーダーする。
「やっぱベーコンエッグマフィンセットだよねぇ~。と、コーラください」
「俺もそれー」
「奏ちゃんもコーラ?」
「うんうん」
朝日の差し込む窓辺の席。四方八方に爆発した髪の毛を気にすることもなく、「はむっ」とマフィンにかぶりつく奏真を見て、直樹は幸せな気持ちになった。
「おいしいね」
「やっぱ、マフィンとソーセージだね!」
ふにゃふにゃの笑顔で美味しそうにマフィンにかじりつく奏真。
ずっとこうしていたい。二人でまた、心から笑い合いたい。だから……。
直樹はこの日、今後、奏真への気持ちを決して表に出さないと心に決めた。




