憧れの人
そんな奏真に瀧本はめんどくさそうに応えた。
「……ああ。いいけど、おまえ中ボーだろ? 学校はどうした? さっさと家に帰れよ。こんなところウロついてるから変な奴にからまれんだよ」
「へ?」
瀧本の言葉に面食らった奏真は、お辞儀したまま、ゆっくり首を持ち上げた。瀧本は「なにやってんだ?」という顔で奏真を見下ろしている。
「俺、西高です」
「……へ? お前、うちの学校なの? てか、高校生なの?」
「はい……二年の水瀬です」
瀧本は口をポカンとあけて、大きな目を更にどんぐり眼にさせた。
「うっそ! マジかー。へー。え? なに? ミナセ? 下の名前は?」
「奏真です。三年の瀧本さんですよね?」
「うおっ! なんで俺のこと知ってんの?」
まるで漫画のように大きな体を後ろへ仰け反り、ビックリ仰天という顔で目をパチクリさせている。
オーバーリアクションの瀧本に奏真はすかさず身を乗り出し答えた。
「学祭ライブすっげぇかっこよかったです!」
「あ、あー……そっか。そっか。そうだったな。だからか。あービックリした」
あはははと豪快に笑う瀧本。奏真はその可笑しさがわからないなりに、お近づきになれるチャンスだと話を繋げることにした。
「あの、瀧本さんはなんでここに?」
「ちょっとね。お前は家に帰れよ」
瀧本は素っ気なく言って右手を上げると、クルッと奏真から背を向けた。長い足から繰り出す一歩はかなり歩幅も大きい。奏真は焦った。このままではチャンスを失ってしまう。そして、こんな機会はもう二度と訪れない。
奏真は小走りで瀧本に近寄り、必死で話しかけた。
「瀧本さんこそ学校は?」
「はぁ?」
瀧本が立ち止まり振り向いた。「なんか文句あんのか?」という顔。奏真の背筋と顔がピンと引きつった。背中から冷や汗が流れる。
怒らせてしまったかもしれない。
奏真はおずおずと言葉を続けた。
「い、あの……。い、今から用事とか……あるんですか?」
「へ? いや、別にねーけど……」
「きっと俺、どこ行っても絡まれると思うんです。……一緒にいてもいいですかね? 邪魔とかそういうの、絶対しないんでっ!」
ご機嫌を伺うように言葉を続けたが、最後の一言は懇願に近かった。
瀧本はキョトンと奏真を見つめ、三秒くらい経過してから、また「はぁ?」と言った。その声はさっきよりもかなり苛立っているようだった。鬱陶しいとダイレクトに聞こえてくる。
……うぅ、怖い。
奏真は迫力に気圧され、ビクビクと上目遣いで瀧本を見上げた。
「なんで、俺がお前の保護者しなきゃなんねーんだよ!」
瀧本の言葉は至極当然のものだ。奏真は両手を開きブンブン振った。
「保護者とか……そんなの、しなくていいです。勝手にうしろついてるだけなんで」
瀧本は眉をひそめ、呆れた調子で言った。
「勝手にって……お前、名前なんだっけ?」
「水瀬です。水瀬、奏真」
「ソウマ? ソウマね。なに? お前、いや、ソウマは俺が好きなわけ?」
「……へ?」
意外な単語に思考が止まる。奏真はそのワードとにらみ合いをした。
突然答えを出さないといけない状況において、単純で明快な二択だった。『好き』か『嫌い』か。結果、奏真はコクコクと笑顔で頷いて瀧本へシンプルに返事をした。実際ファンなのだから嘘ではない。
「はい。俺、瀧本さんが好きです!」
ハッキリと告げた途端、瀧本はアメリカンなオーバーリアクションをした。切れ長の涼しげな目を点にして、大きな手のひらで自分の口をバッ! と勢いよく塞ぐ。しかもその顔がだんだん赤らんでいく。
……え? なにそのリアクション! すごく面白いっ!
奏真のテンションはバネのように跳ね上がった。瀧本の反応の理由は分からないが不機嫌では無さそうだ。ジーッと瀧本の様子を観察する。
瀧本は自分を落ち着かせようとしているのか、口を覆っていた手のひらを外すと、その手を胸に置き深呼吸を始めた。その様子もまた、瀧本の外見にはそぐわない行動で滑稽に見える。
こんな人初めて見た。新キャラだ……。レアだよ。レア。珍獣だ。
奏真のドキドキはいつの間にかワクワクへと変わっていた。
「ん、んんっ」
瀧本は口元に拳をあて咳払いをすると、ボソボソとぎこちなく言った。
「そ、そうか。そういうことなら……別についてきてもいいけど……」
「いやった!」
思いのほか茶目っ気のある瀧本に緊張していた気持ちが緩む。ホッとした奏真はギュッと体を縮めガッツポーズを作り素直に喜んだ。
瀧本は背筋をピンと伸ばし、周りをキョロキョロと見回す。そして、ちょっと恥ずかしそうに右手をズイと出してきた。奏真はキョトンとしながらその手をしばらく見つめ、次に瀧本を見上げる。
「ほら、手ぇ!」
これって、……繋げってこと? 守ってやるってことなんだろうか……。
さっきの奏真は瀧本と仲良くなるチャンスを逃すまいと、「不良に絡まれないように一緒いて欲しい」とは言ったが、不良が怖いからではなく守って欲しいとも思っていない。誰かに守ってもらうという考えは遠い昔に奏真の中で消滅してしまっていたからだ。
奏真は自分を守る術も、心構えも知恵も持っていた。いざとなればダッシュで逃げる。喧嘩の経験はゼロだが足の速さだけは自信があった。しかし、せっかくの瀧本の好意。ここは黙って従おうと判断する。
瀧本さんと一緒に行動できるんだから。せっかく知り合いになれたんだもの。もしかしたら、友達にだってなれるかもしれない。
奏真は瀧本にさらなる期待を抱いた。差し出された大きな右手に左手を重ねグッと掴む。
瀧本は反対側の手で口を覆うと、明後日の方を見てまた頬を赤らめた。耳まで赤い。ちょっと体をくねらせては、背筋を伸ばす。その仕草に奏真は口元を綻ばせた。
ほんと面白いなこの人。見た目とギャップがありすぎだろ。俺の周りにいなかったタイプだ。
とても新鮮で、妙に可愛く思える。
奏真は「珍獣だ。珍獣!」と心の内で無邪気にはしゃいだ。
「よ、よし。じゃ、行くぞ」
「はい」
大きく歩幅を取って歩き始めた瀧本にニコニコと返し、せかせか足を動かす。
そんな二人をスタッフが目を点にして見ている。先ほど奏真のピンチを、見て見ぬふりをした店員だった。奏真は店員めがけ思いっ切り舌を出し、繋いでいない方の手であかんべーをおみまいした。