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玉木のお悩み相談室


 直樹が玉木と知り合って一週間が経った。

 その間直樹はずっと悩んでいた。そのせいか、テストの結果を見て母親は落胆した様子だったが、口には出さず「分かってると思うから、次は頑張って」と言われただけで済んだ。

 しかし勉強に身が入らない。

 今もまだ、奏真とは元に戻れていない。奏真は変わらない態度で接するのだが、直樹は気持ちの整理ができないでいた。


 悩みに悩んで、玉木へ電話をしたのが木曜日の夜。「明日の夕方なら空いてるよ」と玉木は優しく応対してくれた。直樹はホッとして、待ち合わせの約束を取り付けた。


 金曜日。放課後に校門から百メートルほど離れたコンビニ前で玉木を待っていると、背後から話しかけられた。


「あれ? 直樹どしたの?」


 振り返ると拓馬だった。そのうしろに瞭司と奏真もいた。

 奏真と一瞬目が合い、直樹はさり気なく目を伏せた。


「あ、……うん。ちょっと」

「ふーん」


 小首をかしげ、「じゃぁ、また来週」と三人が通り過ぎる。奏真の視線を感じたが、直樹は拓馬と目を合わせ笑顔を作り、「じゃね」と言いつつ用事もないコンビニへ逃げた。

 三人をやり過ごしコンビニから出ると、ちょうどいいタイミングで黒い車がやってきた。直樹はペコリと頭を下げ、目の前に停車した車へ乗り込む。

 明るい場所で会う玉木はカジュアルなポロシャツに清潔感のあるジーンズを履いていた。この前よりもっと爽やかな雰囲気で好感が持てる。


「待った?」

「全然。今終わったところです」


 ゆっくり走り出す車。フロントガラスの向こうで、前を歩く奏真が振り返ってこっちを見た。直樹が下を向き気づかないフリすると、車は奏真たちを追い越していく。


「……そっか。良かった。腹は減ってない?」

「ん~~……」

「あはは。とりあえず、お茶しようか?」

「はい。あの……」

「俺の部屋でも良ければいいんだけど……怖いでしょ?」


 怖い? 何が怖いんだろう。玉木さんはちっとも怖くないけど。

 でもと直樹は考え直した。確かに玉木はよく知らない人ではある。だから頷いたほうがいい。直樹が神妙な表情で頷いて見せると、玉木は「ははは」とまた笑った。


「個室で落ち着ける店を予約してある。そこなら気兼ねなく話も出来るから。お茶しながらゆっくり話そう」

「あ、そうなんですか? ありがとうございます」


 たわいのない話をしながら、車は住宅街を抜け賑わう駅とは反対方面へ向かった。国道をしばらく走り、脇道へそれると山麓の住宅地へ入って行く。一本入った途端、竹林や、古びたラブホが見えてきた。その横を抜け更に細くうねうねとした道を走る。

 いったいどこまで行くんだろう。

 竹林を抜けると背の高い白壁が現れた。その壁は道沿いをずっと続いている。見えてきたのは大きな門。二本の柱には文字が書いてあったけど、読めない。「竹」という感じと「北京」は読めた。まるで旅館みたいな建物。車は減速してウインカーを出すと、その門の中へ入ってしまった。

 えっ!? ま、まさか……。まさか個室って……。

 直樹の脳裏を、来るときに見た古びたラブホテルが過ぎった。


「ここって、なんすか?」


 玉木は穏やかな横顔のままハンドルを回し、駐車場へ車を停めながら言った。


「中華料理のお店だよ? 予約してあるって言ったろ?」

「え? あ、だから……さっき北京って……」

「ああ。そうそう。正しくは北京料理だね。漢字ばかりで読めないよねぇ」


 直樹はホッとして「ははは」と笑った。

 ビックリした。こんな山の中に、食べ物屋があるなんて思わないもん。


「昔は旅館だったそうだよ」

「あ~。だから~。旅館ぽいと思った」

「ふふふ。変なところに着いたと思った?」

「いえ! あ、うん……」


 直樹が頬を染め素直に認めると、玉木が爆笑した。

 通された個室は、和と中華がミックスした内装だった。座椅子には金色の刺繍を施した赤い座布団。黒くて重厚なテーブルの上に敷いてある布も目の覚めるような明るい朱色。照明は光度を抑えてあり、しっとりした大人の空間だと直樹は思った。


 ほえ~。こんな所初めてきた。俺の知らない世界だ! やっぱり玉木さんは大人だな!


 玉木は従業員に注文すると、直樹を穏やかな表情で見つめた。


「話せるタイミングでいいよ。待ってるから」

「だ、大丈夫です……たぶん……」

「ははは。野原くんて面白いねー」

「そっかな?」

「うんうん。和むよ。ほんと。疲れが癒される」

「はは……癒し系っすか? 初めて言われました」


 玉木の「お茶をする」は、本格的なお茶だった。目の前にやってきたのはガラスの湯のみと急須。急須の中で、大きな白い花がゆらゆら咲いている。


 きれい……こんなの初めて見た。


「これ、ジャスミンティーだよ」

「ホントだ! この匂いは知ってる」

「味もなじみのある味だと思うけど、飲んでみてよ」

「いただきまーす」


 うんうん。お茶だ。お茶。でも鼻から抜ける香りがすごく爽やか。


「こっちのゴマ団子と一緒に食べると美味しいと思うよ」

「俺、ゴマ団子大好き」

「そっかそっか」


 ゴマ団子は揚げたてで、ふかふかのもちもちだった。香ばしい香りがさっぱりとしたジャスミンティ―に合う。中の餡子も甘すぎず美味しい。直樹がなにをしにきたのかも忘れ、ゴマ団子を堪能していると玉木が口を開いた。


「野原くんは、男友達を好きになっちゃったの?」

「えっ!? な、な、なんでっ!」


勢いよく顔を上げ目がまん丸になっている直樹を見て玉木はプッと噴き出した。そして、優しい目になる。


「……ホントに顔に出ちゃう子だね」

「顔に、出てますか?」


 直樹が下唇を噛み表情を殺そうとすると、玉木が爆笑した。


「そんなに笑わなくても……」

「ごめん。ごめん。……で、片思いなの?」


 核心を突かれ、頷くしかない。

 話を聞いて欲しい、打ち明けたいと思ったのに、自分から話すなんて……やっぱりできない。

 俯いて、もじもじしている直樹に玉木は穏やかに口を開いた。


「違ってたらごめん。コンビニ前で野原くん友達と話してたよね。ちょっと背の低い子がひとりいた。もしかして、あの子だったり?」

「なっ!」


 直樹は再びガバッっと顔を上げた。ビックリして目が点になる。

 なんで、そんなことまで分かるの?

 声に出せずに固まる直樹に、玉木は微笑み「そっかぁ」と腕を組んで頷いた。からかうでもない玉木の親身な様子に直樹はこわごわながら尋ねてみた。


「なんで分かるの?」

「勘だよ? 野原くんが車に乗り込む時、あの子だけ振り返って見てた。車を走らせてる時も。それに……」

「それに?」

「なんて言うのかな。色気っていうの? 雰囲気あったよね。彼」

「玉木さんも……そう思う?」

「あははは。いや。あっちの人と多く接してると、たまにいるんだよ。もって生まれたものなのか分からないけどね。独特の空気感というのかな? 簡単に言うとフェロモン?」

「うん……」

「男女問わず、惹きつけちゃう何かを発生させてる子がね」

「うん……」

「大好きなんだね?」

「うん……あっ」

「はははは。大丈夫だよ。誰にも言わないし、出来るアドバイスがあればするだけ。でもさ……」

「でも?」


 言いにくそうな玉木の様子に、直樹はドキドキしながら先を促した。


「彼、付き合ってる人とかいないの? その……男性と」

「…………」


 直樹が絶句すると、玉木が慌ててそれを否定した。


「いや、俺が思っただけ! 雰囲気あったから!」

「ううん。……いいんです……あってます」

「え……そ、そうなの?」


 直樹はジャスミンティーの入った湯のみを持つとグイと飲み干した。


「うわー……荒れてんなぁ……お茶だけど」

「やけ酒したことないけど、したい気分……」

「ここでお酒飲ませたら、俺、犯罪者になっちゃうからなぁー。それにお酒はあとで気持ち悪くなっちゃうぞ?」


 それでもこのクサクサした気分が消えるならお酒を飲みたいと直樹は思った。


「そうだ。……玉木さんちに行きましょう。それなら、バレないでしょ?」

「え? いやいや。さっきまでの慎重な野原くんはどこへいった?」


 もう、ここまで玉木さんに知られたんだ。他に怖いことなんてないじゃん。

 直樹は吹っ切れたような気分になり、玉木の前で携帯を出した。


「もしもし? 俺。今日奏ちゃんちに泊まるから。……うん。うん。大丈夫。はいはい。じゃねー」


 通話を終えた直樹を、玉木がポカンと見ている。


「え……野原くん。俺んち来る気満々? しかもやけ酒する気?」

「玉木さん優しいから、大丈夫でしょ? コンビニ寄って、玉木さんち行こ!」


 直樹が勢いよく立ち上がる。


「お、おお。いいけど……」


 玉木は笑顔を引き攣らせながら立ち上がった。




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