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悪あがき


 直樹から届いた久しぶりのメール。しかしタイミングが悪く、返事は翌日になってしまった。奏真は少なからず、直樹へ悪いことしたと思っていたので、すぐに届いた直樹からの返事にホッとした。

 要件は、みんなで遊ぼうという誘いだった。晋吾や拓馬、瞭司。みんなで遊びに行くのはかなり久しぶりだった。去年の夏以来かもしれない。すっかり忘れていた感覚。奏真は懐かしい気分のまま返事をした。

 翌日、拓馬より計画の詳細がメールで送られてきた。

 その内容に奏真は「ゲッ……」と言葉を失う。遊ぶと言ってもせいぜい遊園地かプールくらいに思っていたのに、まさかの一泊。

 そんな大げさ?

 奏真はインドア派で、キャンプとも縁遠いところにいる。虫も得意ではない。カブトムシやクワガタも子供のようには触れないどころか、子供時分からずっと触れないままだ。 

 結構大変そうだなぁ。お金だってなんだかんだかかりそうだ……。

 一気に萎えていると、今度は電話の着信音が鳴り響いた。ディスプレイに表示されたのは直樹の名前。


「もしもし?」

『奏ちゃん? 拓ちゃんからメールきた?』


 ウキウキ嬉しそうな直樹の大きな声。テンションがグイグイ上がっているのが伝わってくる。


「うん。さっき」

『みんなでお泊りなんてさ、初めてだよねっ! 超楽しみ!』

「あ、うん。そうだね……」


 断りたいけど、言いにくい。奏真がなんとか断れないかと思案していると玄関からサンダルの音がした。シャワーから瀧本が戻ってきたのだ。電話をしている奏真を見るなり 「お?」と少し驚いた表情になる。連絡はほとんどメールで済ませるタイプの奏真が電話で話す姿は珍しい光景だった。

 内容が内容だけに、一層めんどくさくなる。

 そう考えた奏真は瀧本にピョコッと頭を下げ、直樹に申し訳ないと思いつつ、電話を切り上げることにした。


「直樹、ごめん。またあとでかけ直すね。じゃね」

『え……』


 まだ声のする電話をごめんと思いながら切る。奏真はなにもなかったように携帯をテーブルへ置き、灰皿の上の少しだけ吸って火を消したタバコにもう一度火を点け咥えた。


「おかえひー」

「電話、かーちゃんか?」


 タオルで頭をガシガシ拭きながらちょっと心配そうに尋ねてくる。


「ううん。友達」

「おお、そうか。電話切らなくても良かったのに」

「んー、まぁ。いつでもできるし」

「なんだって?」

「でんわ。いつでもできるって言ったの」

「そうじゃねーよ。用事があったから電話来たんだろ?」

「あぁ……キャンプ行こうって。でも、断ろっかなって」


 瀧本は目を丸くし、嬉しそうに言った。


「おお! いいじゃねーか! 高校最後の夏休みだぞ? 行ってこいよ!」

「でも泊まりだよ? お金もそれなりに持ってかれるだろうし」

「オメーな! 高校生のくせにカネカネ言い過ぎなんだよ! キャンプの一泊ならそんな金も使わねーし、無いなら俺が出してやるから! そんなこと言ってないで行くって返事しろよ」


 瀧本は呆れたように言い、更にやたらと行けと勧めてくる。

 俺がケチなのは今に始まったことじゃないし、ましてや瀧本さんに出してもらうなんてありえない。なんのためにバイトして金貯めてんだっての。

 奏真はテーブルに肘を突き不機嫌を強調してみた。苦言はどうでもよかった。瀧本との時間を優先したのにそれを分かっていない瀧本に腹が立ったのだ。わざとつっけんどんに言葉を吐く。


「あんで?」


 瀧本は真剣な顔で言った。


「友達は大事にしろ。おまえの財産なんだから」


 瀧本の気迫に奏真は少しビビってしまった。

 財産……そんなもの、この先どうなっちゃうかなんて誰にもわかんないのに。

 確かにあのタバコの事件までは奏真もそう思っていた。奏真にとっても、友達が全てだったからだ。

 奏真は未だ去年の事件を引きずっていた。

 もう忘れた。割り切ったと思っていたが、それは自分に言い聞かせただけのこと。奏真が友達だと思う四人は事件後も奏真を避けたり、色眼鏡で見たりしなかった。しかし、確実になにかが変わっていた。それまでは奏真の全てで、自分の居場所だと思っていた秘密基地は、いつの間にかすごく広い空間になり公共施設化されてしまったような、そんな気がしていた。

 生きてる以上変化しないなんてありえない。自分の周りがなにかしら変化しているのを敏感に感じ取ってもいた。

 奏真自身もう楽しい今だけを見ている子供のままではなくなっていた。

 仲間。友達。瀧本さんらしい考え方だ。

 でも俺から言わせれば、あんたこそが俺にとっての財産なんだって……。

 心の内の本音に、こんなデレた言葉なんか絶対言ってやんねーけどさ。とむくれる。

 ピーターパンにはなれっこないけど。瀧本さんのそばにいられる間だけはココが俺の場所であって欲しいと願ってる。瀧本さんは俺よりも大人なんだから。俺を置いて成長なんてしないよね?

 奏真の潤んだ瞳が瀧本へ向けられる。


「お前が手を離さなければ、友達はずっと友達だ。だから、自分から手を離すようなことはするな」


 そうかもしんないけど、そうじゃないんだ。友達だけど、みんな先に進んじゃうから。やっぱり俺は瀧本さんがいい。

 奏真の訴えを瀧本にそのまま伝えることは出来なかった。奏真を心から心配し、真正面で見続けてくれる瀧本だからこそ言えなかったし、自分の思いはただの我儘でしかないこともちゃんとわかっていた。

 奏真はなんとも思っていないフリをして話を終わらせるしか手立てがなかった。


「たかだかキャンプだよ? なんか大げさじゃない?」

「もうそんな機会ないだろ? あとで思うぞ。みんなもな。奏真もいたら良かったねって」


 瀧本の優しく諭す声に、奏真はますます反論できなくなった。


「……わかった」


 しぶしぶボソッと頷く奏真の頭を大きな手が撫でつける。視線をあげれば、瀧本はニヤニヤしていた。


「まぁ、俺と離れるのが寂しいって気持ちも分からんでもない。でも一泊くらい大丈夫だろ?」


 図星? 突かれた……なんか、めちゃくちゃ悔しい。子供扱いは嫌いじゃないけど……。

 大事なもの。大切にしたいもの。俺の気持ちはやっぱりガキのたわごとなの?

 奏真はタバコを灰皿に擦りつけ、頭に乗った瀧本の手を押し上げ顔を上げた。


「……ん……」


 顎を持ち上げ、キスを強請る。全てお見通しな瀧本への敬意と反発だった。

 瀧本の顔が近づきチュッと唇へキスする。無精ひげがチクチクと奏真の肌に触った。口を開けかけたら離れようとする瀧本。その後頭部に手を回し、逃がすまいと引き寄せ目を瞑り、深く口付けた。

 意地になっていた。

 いつもみたいに自分に夢中になって欲しい。そう願いながらのキス。そんな奏真の気持ちを感じ取ったのか、力強い腕が奏真の腰を引き寄せた。もう片方の手が奏真の首根っこを掴み、口付けは更に深くなった。

 ……応えてくれて嬉しい。だから好きだ。

 奏真はあぐらをかく瀧本に跨り座る体勢になった。瀧本の頬に両手を添えて顔を傾け、好きって気持ちが伝われと夢中で口付けを続けた。

 チラリと時計を見る。もうすぐ七時。本当なら御飯を食べに行く時間だ。このまま甘えてたいのは山々だったが、瀧本は九時から仕事がある。御飯抜きで仕事に行かせるわけにもいかない。

 奏真はそろそろと舌を引っ込め、名残惜しい気持ちを込めて唇をゆっくり離した。


「お預けくらうから、今日はエビフライトッピングね」

「ええー? どうすんだよ、コレ!」


 膨らんでいる股間を見て、「そりゃないよ!」と瀧本が目ん玉を剥く。「じゃあお口で」と膝から降りると瀧本が焦ったように言った。


「いい! いい! そんなことしなくていい!」

「だって時間もないし。ちゃちゃっと抜いてあげるよ」

「ばっ……! バカだなー。冗談だよ。冗談!」


 瀧本は立ち上がると、仕事へ出掛ける準備を始めてしまう。


「すぐ済むのに」


 瀧本は振り向き腰を屈めると、奏真にデコピンを食らわせた。


「いでっ」


 瀧本にしては軽めの力加減だが、これがなかなか痛い。


「ガキのくせにませたこと言ってんじゃないの」

「ガキとか関係なくない? 一個しか変わんないし。第一、そのガキとヤっちゃってんのは誰だよ」


 デコピンでチリチリ痛むおデコを指先でグリグリさすり、痛みを散らす。瀧本はべしゃんと座ったままブスッとしている奏真の前にもう一度屈み、あぐらをかいた。


「お前が気持ち良さそうなのを見てヤるから、俺も気持ちいいんだよ」

「俺嫌じゃないよ。できんじゃないかな?」

「話をちゃんと聞けよ」

「聞いてますってば。気持ちよさそうにすれば問題ないってことでしょ?」

「分かんねーヤツだな。ま、いいや。腹減った。行くぞ」


 瀧本は立ち上がりメットを掴むと奏真にグイと押し付ける。

 せっかくやる気になってんのに。分かんないのはどっちだよっての。

 奏真はまたむくれながら押し付けられたメットを受け取り、瀧本のあとを追った。





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