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衝撃

「ふふふ……はっはっは。これで銭湯には行けまい!」


 瀧本の声にビクッと足を止める。次に奏真の声。

 二人は……どういう関係なんだろう。先輩と後輩……俺だって部活で仲のいい後輩や先輩がいたけど、もっと親密な感じがするし。友達? 友達にしたって、一泊二泊ならお泊りもあるあるけど、休みの間ずっとって……いくらなんでも……。


 頭の中でいろいろ考えながら歩みを進め、直樹はとうとう開いてるドアのすぐ横までたどり着いた。ボソボソと聞こえる会話。さっきより聞き取れない。直樹は耳をそばだてた。微かに聞こえるのはなにか苦しそうな声。


 え……。


「……ん」

「いい。すげぇ、気持いい……」


 うそ……これって……。

 頭の中がスパンと真っ白になる。信じられないという思いと、信じたくない気持ちでいっぱいになる。逃げ出してしまいたいはずなのに、直樹はゴクリと喉を鳴らしさらに耳をそばだてていた。

 


「……って、自分で入れろってこと?」

「手伝ってやっから」

「わっ! わ、わっっ……」

「大丈夫。もう痛くないだろ?」


 奏ちゃんと……瀧本さん……してるの?


 直樹は固まったまま、奏真の艶やかな声と、時折聴こえる瀧本の低い声を聞いていた。頭はもう、真っ白だった。


「は……うわあっ! あっ!  は……ああっ!」

「きついか?」

「目、回っわ! ん……あっ! っちゃ、う」


 苦しそうでいて、甘えてるような奏真の声。直樹の知らない奏真だった。

 またゴクリと喉がなる。

 奏ちゃん……。

 どんな体位で、どんな顔で、どんな風にされてるの?

 すぐ横なのに、見たい衝動がムクムク湧き上がるのに、壁に張り付いたまま動けない。喉がカラカラになった。

 しばらくするとまた二人の会話が始まる。瀧本の声はやたらあっけらかんとしていた。

 もしかして……終わっちゃった?

 直樹はホッとして、自分が盗み聞きしていることを思い出した。呆然とした頭で思う。

 そうだ。俺、なにしてんだろう。こんなの見つかったら……。……ヤバイよ。早く逃げないと……。

 壁から体を引きはがした時だった。


「んぅっっ……」


 また奏真の呻き声が聞こえ、足が竦む。


「あ、いいなぁ。その顔可愛いぞ」

「はぐっ! んあっ! ……っやあっ!」


 直樹は息を殺した。ギュッと拳を握る。


「んな、……ぁっはぅ! ……は、はぁ、ん! ……もお……うわああぁっ!」

「外に聞こえちゃうぞ?」


 こんな、こんなの違うよ、奏ちゃんじゃない!

 直樹はわなわな震える手で頭を抱え、ギュウッと髪を握りしめた。

 奏真じゃないと、否定しながらも、自分の持ってる記憶を総動員させ、奏真のしている顔を、仕草を想像していた。


「やっ! ダメっだって! っあ! 擦っちゃ、わっあっ、や! うあぁぁぁ!」



 直樹の頬を、ツーッと汗がつたって落ちる。

 どれくらいの時間が経ったのか。いつの間にか奏真の声は止んでいた。屈み込んでいた足をそっと伸ばす。痺れていて、膝が痛かった。

 ボーッとしていると、駐輪場にバイクが入ってきた。

 誰か帰ってきたんだ。見つかる前に離れないと。

 直樹は痺れた足を一歩一歩動かした。階段から降りると、すれ違った住人がチラと直樹を見た。直樹は俯いたまま自転車に跨り、アパートから離れた。

 メール……来ない理由が分かった。奏ちゃんは俺より、俺なんかより、もっと大事な人を見つけたんだ——。


 どこをどう帰って来たのか、気がつくと直樹は自分の部屋に居た。

 瞬間移動でもしたんじゃないのか? 一瞬過った疑問もすぐに、どうでもよくなる。ベッドへ寝転がり、直樹は奏真の声を思い出していた。

 ……男同士なのに。そんなのおかしいよ。だいたいなんで瀧本さんなんだよ。

 そう思うのに、直樹の股間は立ち上がったまま。奏真の声が頭から離れない。

 モヤモヤが治まらず、直樹は部屋を真っ暗にして布団に潜り込んだ。そして目を閉じ、ただひたすら奏真の声を思い出しながら自分を慰めた。

 ショックだった。

 なにがショックなのかわからないくらいの衝撃を受けていた。最初は男の瀧本とそういうことをしていたことにショックを受けたのだと思っていた。しかしそれは表面的な理由であり、結局は嫉妬をしているだけだと気付いた。

 一番仲良しだったのは俺だったのに……。どうして瀧本さんなの? 奏ちゃんは、男が好きなんじゃなくて、瀧本さんだからあんなことしてたの?

 考えると胸が張り裂けそうになった。


 翌日も、なにもする気になれなかった。食欲もない。

 一日中、部屋に閉じこもる直樹を心配して「夕飯食べないの?」と母親が部屋の前までやってきたが「腹の調子が悪い」と言って断った。

 愛美からの呼び出し音は昨日の夜からひっきりなしに鳴っていた。メールも電話も、全部無視していたら、今日になってとうとう鳴らなくなった。それでも頭の中は奏真のことばかりだった。

 どうしてこうなったのかな。どこでズレちゃったんだろう。俺たち、あんな仲良しだったのに。

 考えても、考えても、直樹には分からなかった。

 家を出たって……夏休みの間だけだとは思うけど。それって、家の中に問題があったってことなんだろうか。俺はそれをどこまで気にしていたのだろう。いつから奏ちゃんは辛い気持ちを抱えてたんだろう。

 休み時間、放課後の寄り道、週末のお泊り会。思い返して、喉元になにかがこみ上げるような気持ちになった。奏真といたどんな時も、全部が大切で愛しいと思える。

 奏ちゃんだって、きっと同じ気持ちだったはず。

 直樹が思い出す奏真の顔はどれも弾けるような笑顔だった。心底楽しそうに見えた。

 作り笑いじゃない。でも、もしかして、俺が気付いてなかったのかもしれない。……もう、戻れないのかな?

 こんなに思い詰めて考え事をするのは、直樹の人生で生まれて初めてだった。脳がギュウギュウ締め付けられて、沸騰しておかしくなりそうだった。

 頭をグシャグシャと掻き混ぜながら、携帯を手に取る。

 奏ちゃんはメールも電話もくれない。もう、俺なんて友達とすら思われていないの……?

 絶望的な想像をしていたら、メールの着信音が鳴った。直樹は腐った気持ちで画面を開いた。てっきり愛美かと思ったら、待ちに待った奏真からだった。


『メールごめんね。遅くなっちゃった。せっかくくれたのにね。俺はこの通り元気にやってるよ。そっちは? みんなと会ってる? もし、会うならよろしく言っといてよね。じゃぁ、またね』 


 一回で終わらせようとする文章をあえて無視して、直樹は慌てて返信を打った。


『この通りって見えないし!』


 携帯を握り待つ。すぐにメールの着信音が鳴った。 


 やった! 来た!


『うは! 早っ! 反応早すぎ。なに? もしかして、待ち構えてた?(笑)』

『待ってたよ!』


 返事を打ちながら、直樹は考えた。


 どうにかして、奏ちゃんを振り向かせたい。さっきまで心バキバキに折れてたけど。メールくれたんだ。落ち込んでる場合じゃないよね!


『待ってたよ! みんなで夏休みに遊びに行こうって話になってるから! 決まったら連絡するね!』


 実際そんな話はしていない。でも、だったら今からしよう! と直樹は思った。


『あ、そうなんだ。りょーかーい』

『はーい! またね!』


 奏真からの返事に直樹のテンションが一気に上がった。

 そうだ。日帰りじゃなくて、一泊旅行にすりゃいいんだ。そうすればいっぱい話ができる。このズレを直すんだ。奏ちゃんだって、みんなと一緒なら絶対くる。

 直樹はまず級長の拓馬へ連絡した。こういう時はリーダーシップがある拓馬が一番だ。「みんなでキャンプにいかない? 最後の夏休みだし」と言うと拓馬はすぐに賛成し、翌日の夕方には四人宛のメールが届いた。


『八月後半。だいたい二十五日から二十九日の間で山梨に一泊旅行。キャンプ場でテント張ってもいいし、バンガローも借りれる。俺的にはバンガローの方がいいけど……そこは多数決で決めよう。二十五から二十九日の間でどうしても都合が悪い日があったら直ぐに連絡してね』


 流石に仕事が早い。文面からすでに場所の目星も付いているようだ。突然の無茶ぶりにもキッチリ返してくれる頼もしい友人に直樹はメールを見ながらガッツポーズを作った。すぐに奏真へ電話する。

 瀧本さんの家にいたってかまうもんか!




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