お泊り
新学期も落ち着いてきた四月後半、今日もまた、奏真は学校帰りに瀧本のアパートへ来ていた。
アラームが鳴っても起きない瀧本を起こし、いつものカレー屋へ。
瀧本の食べっぷりを見ながら奏真はキッカケを探していた。瀧本へお願いしたいことがあるのだ。でも少し言いづらいと思っている。
いつもと違う奏真の様子に、瀧本はカレーを掬う手を止めた。
「んあ? 食いたいのか?」
「ううん」
「なんだ? エビフライ乗せて欲しいのか? 追加オーダーしてやろうか?」
「うん。……ってそれもいいんですけど。瀧本さん知ってました? 明日って憲法記念日なんだって」
「へー。そうなのか?」
「うん。俗に言うゴールデンウィークってやつです」
瀧本は「あぁん?」と眉間に皺を寄せ顎を出し、飯粒を飛ばす勢いでまくしたてた。
「学生さんはいいよなー。俺には全然ゴールデンじゃねーぞぉー? 全部出勤だぞぉー?」
「ご飯飛びましたよ」
瀧本はテーブルに散らばった飯粒を拾い口に入れながら、ちょっとすまなさそうに続けた。
「でぇ? どっか連れてけ言われても、俺は無理だぞ? わりーな。せっかくのゴールデンだけどよぉ」
「連れて行かなくていいですよ。もう来ちゃってるし」
「へ?」
「お泊りしていいっすか? 四日間。四泊、五日?」
「ぶっ!」
さっきより豪快に瀧本が飯粒を吹き出した。
「もー! 汚い。俺のとこまで飛んで来ちゃってんじゃないですか」
「ごはっ! ごほっ! おまっ……えーー?」
「ダメっすか?」
「い、いいよ? いいけど……」
瀧本の顔がみるみる赤くなっていく。
気管にご飯つぶが入ったんだろうか? と奏真は瀧本のコップへ水を注いだ。
「けど?」
「……いや。家にはちゃんと言っておけよ? 心配するからな」
「うん。帰ったら電話します」
「分かった。お前の気持ちはよく分かった。俺も男だ。うん。うんうん」
「え? そんなオオゴト?」
「ばかっ! 当たり前だろ? こういうことはキチンとしてないと駄目なんだ。ちゃんと親に連絡しろよ。忘れんなよ?」
「はぁ……」
相変わらず見た目によらず真面目だなぁと奏真は改めて思った。外泊なら直樹の家で何度もしてる。そう言い返そうと思ったが、瀧本の妙に真面目な部分を否定したくはなかった。そういう所が瀧本らしくて好きだとも思っているからだ。
「楽しみ。ありがと」
奏真はニッコリ笑顔を向けたが、瀧本は「お、おぅ……」とゴニョゴニョ言って目を逸らした。
カレー屋を出て瀧本のアパートへ戻る。バイクを降りると瀧本が真面目な顔で言った。
「明日の朝……六時半か、七時には戻るから、ちゃんと戸締りしろよ? 宿題もちゃんとやれよ。夜更かしすんなよ?」
「宿題はもう終わってます。鍵はおうち入ったらちゃんとかけます。夜更しは……まぁ」
「まぁじゃねーよ! ……じゃ、行ってくる」
瀧本の大きな手が奏真の頭を優しくポンポンと叩く。奏真は手を振り瀧本を見送った。
「いってらっしゃーい」
◆ ◆ ◆
白く眩しい世界。
ドアが開き、閉まる音で奏真の意識が戻った。
あぁ……もう朝か……帰ってきたんだな。
戻ったはいいが、奏真の瞼はまだ重いまま。
瀧本の気配も遠のいていき、またドアの閉まる音がした。
しばらくしたらまた夢の中で、シャッ! とカーテンが閉まる音がした。
瞼の向こう側が暗くなり、奏真は一層落ち着いた気分になった。布団の中、隣でモゾモゾと動く気配。シャンプーの匂いがふわりとした。そっと髪を撫でられる。
気持ちいい……。
奏真はまどろみの中、そのまま深い眠りにズルズルと落ちていった。
次に自然と目が覚めたのは正午近くだった。
奏真が目を開けると、瀧本が頭の横であぐらをかき、奏真を見下ろしていた。珍しく起きている。
「ぁれ、……ぅはよーございます」
「おはよ。よく寝てたな。もう昼だぞ?」
「ん? もう?」
「どうせ、三時くらいまで起きてたんだろ?」
奏真が携帯のオンラインゲームで夜更かししていたのはバレバレだった。
「んー、中々抜け出せなくて。ほらみんなお休みだから張り切っちゃって」
「人のせいにするんじゃない!」
そう言って奏真の頭を大きな手がグシャグシャと撫でる。
「ふへへ」
「ところでお前、昨日風呂入ったか?」
「うん。あ、シャンプーとか勝手に借りちゃいました」
「そっか。……俺、軽くシャワーしてくるから、ちょっと待ってろ。あ、冷蔵庫にコンビニで買った飯が入ってるから、腹減ってるなら食っていいぞ」
「ういーっす」
首の後ろをボリボリ掻いて奏真が応えると、瀧本はソワソワ落ち着かない様子で立ち上がり、タオルと小銭を持って部屋を出て行った。
奏真は大きなあくびをして布団から出た。歯磨きしながら冷蔵庫の中の弁当を取り出す。エビフライが入ったフライ弁当と焼肉弁当。二つのフィルムをはがし、先にフライ弁当の方をレンジにかけた。瀧本には少しでもホカホカの温かい弁当を食べさせたいと思ったのだ。
チーンとレンジの音がする。瀧本の焼肉弁当とフライ弁当を入れ替え、トイレへ行こうと部屋を出た。前方から髪をタオルでガシガシ拭きながら瀧本が歩いてきた。
「焼肉弁当レンジの中に入ってますよ。まだ温めてないけど」
「お、おう。サンキュ」
瀧本の顔が妙に強張る。
「どうかしたんすか?」
「ど、どうも……しないよぉ?」
奏真は「ふーん」と返事をして、階段を降りトイレへ入った。トイレくらい部屋にあったらなー。と思いながら用を終え部屋へ戻る。
扉を開けると部屋は薄暗いままだった。カーテンが閉めっぱなしだからだ。テーブルの上には二つの弁当が手つかずの状態で並んでいる。瀧本は布団の上であぐらをかいていた。
「あれ? 待っててくれたの?」
「おう……ここ、座れ」
「へ? あ、はい。……なんか暗くないっすか?」
瀧本の妙に改まった様子に、奏真は夜更したことを怒られるのかな? と、緊張しながら瀧本の前に正座をした。
「あんまり明るいと……あれだろ?」
「あれ?」
小首を傾げると、長い両腕が伸びてきて奏真の肩をガシと掴んだ。
奏真の背筋が反射的にピッと伸びる。
「え! あ! 昨日ちゃんと泊まるって連絡しましたよ? おわっ」
掴まれた肩をグイと引き寄せられ、奏真はクルリと半回転。あっという間にあぐらをかく瀧本の上に横座りする体勢で抱えられた。
「……瀧本さん?」
長い腕が奏真の肩を抱き、もう片方の手が顎を掴む。ゆっくりと瀧本の顔がドアップになり、その口が奏真の口を塞いだ。
「んうっ!?」
え? なにこれ?
奏真は「参った」をするように瀧本の二の腕をパシパシと軽く叩いた。口が離れる。怖いくらい真剣な瀧本の目に奏真は固まった。
「俺なりにしかできないけど……お前を大事にしたいと思ってる」
奏真はゴクンと唾を飲み、おそるおそる尋ねた。
「あの……つまり?」
奏真の質問は完全にスルーされた。再び降りてくる唇。「ちょっとまって」と顔をそむけようとすると、奏真の顎を掴んでいた手が離れた。ホッとした途端、瀧本の手がジャージの上からそろそろと体を撫でる。なんだ? なんだ? と思ってるうちにその手がどんどん下へと向かい股間に触れた。
「ふぎゃっ!」
奏真はビックリして変な声を出してしまった。
「あ、あの、あの、た、たっ、瀧本さんっ?」
「す、」
「す?」
「す、す」
「すす?」
「す、好きだ」
瀧本は顔を真っ赤にしながらやっと言い切った。
聞いてる方が息が詰まりそうな告白に奏真はポカンとして瀧本を見上げた。
「噛みすぎ……ってか、俺も好きですけど……」
呆気に取られながらも、頭の横で考える。
今のキス……す、好きって、好きでキスって、え、ホントに?
ここにきて奏真は瀧本と出会った日に軽い気持ちで履き違えた”好き”の意味と再び対面することとなった。
「お前が卒業するまでは、見守るつもりでいた」
「へ? あ、……ども」
瀧本の手が顔に伸び、奏真は息子を解放されホッとした。
大きな手が奏真の前髪を撫で、そっと頬を包む。
「なるべく、痛くないようにする」
「あ、いや……え? んぐっ」
戸惑っているとまた口が塞がれた。今度は顔も、首も肩もガッチリ固定されてしまっている。もやし生活の奏真が瀧本のゴリラパワーに対抗できるはずもなく、せめて息継ぎしようと口を開ければ今度は舌がヌルリと挿入してきた。
瀧本の息はスペアミントの香りがした。
グイグイと早い展開。なのに、キス自体は奏真を気遣っているような優しい動きだった。
さっきシャワー行ったのも……もしかして?
口内をあっちこちに這い回る舌の感触に溺れそうになりながら、キスの先が目の前まで来ているんだと思った。歯列までくすぐられ、初めての刺激に奏真の肩がピクンと揺れる。
しかし、なんでこんなに慣れてるの?
奏真にとって、これはファーストキスだった。そして奏真の知る限り、瀧本は女遊びなどしてない。
たしかにモテてはいたけど……。
自分の置かれている現状よりも、そんな些細な疑問に意識を奪われ抵抗を忘れてしまう。長い長いキスのせいか頭がボーッとしてくる始末。
でも、キスって、気持ちいい。
グッタリだるいような感覚の中、力が抜けていく。
瀧本の手がまた奏真のを優しく包んだ。ソロソロと撫でられても、奏真は重なる唇の隙間から、酸素を吸うので精一杯だった。
ジャージの上から撫でていた手が、服をたくし上げ、パンツの中に潜り込んでくる。
「うぁ」
直に握る温かく大きな手。そっと包まれる感触。その中で自分のがムクムクと反応していくのが分かった。
「ふっ……ぁ、」
瀧本さんに、触られてる……。
なんで? だけど、すごく気持ちいい。自分でするよりも何倍も……比べ物にならない。
キスしているからなのか、瀧本の扱いが上手だからかはわからない。初めて他人に触られているのに奏真は不快さも恐怖も全く感じていなかった。逆に委ねて、全身を駆け巡る感覚に漂っていたい気持ちにさえなった。
瀧本の手が濡れ、皮膚の上で滑りをよくし、同時にたまらない快感が増していく。小さな水音が奏真の耳をくすぐり、快楽はさらに奏真を飲み込んでいく。奏真の腰がわずかに揺れた。
「気持ちいいか?」
「は、……うんっ」
「そ、そか。よかった」
瀧本は奏真の耳にキスすると、手のスピードを早めた。
奏真の口から発したこともない声が次々に飛び出してくる。
耳たぶをびちゃびちゃになめられながら、瀧本の興奮して上ずった声が囁く。
「イっていいぞ。イく顔を見せてくれ」
すごく恥ずかしいと奏真は確かに思っていた。なのに、どんどん気持ちは高揚していく。
「可愛い。すげぇ、可愛いぞ……」
荒々しい吐息と共に吐く瀧本の声はカッコよくて、やらしくて、奏真をゾクゾクさせる。
もう頭がおかしくなっちゃうよ!
奏真が震えながら瀧本にしがみつくと、瀧本は奏真の肩をギュッと抱き寄せ、ラストスパートをかけた。
「……も、でうっ!」
瀧本の手のなかで奏真が弾けた。ビクビクと快感に震える奏真の身体を瀧本がギュウッと抱きかかえる。呼吸を落としながら、呆然としている奏真のおでこにチュッとキスが降ってくる。汚れた手をそのままにし、瀧本は片手で奏真をギュッと抱きしめた。
むせ返る青臭い匂い。体中が汗でベタベタしている。それでも奏真は瀧本の腕の中で安心していた。安心だけではない。心地良さと、幸せも感じていた。実際服は着たままだったけど、丸裸でたよりない己を、瀧本が守っているように思えた。
「大丈夫か?」
肩を抱きしめていた手が優しく肌をさする。「うん」と返事ができない。
奏真は無言で瀧本へギュッとしがみつく。
「……いや、だった?」
無言の奏真に瀧本が不安そうに尋ねた。奏真は左右に首を振り、頭を瀧本の胸へ擦りつけた。
「嫌じゃない」
「そか……よかった。着替えるだろ? それか、シャワー行くか?」
奏真は答えられなかった。「いつまでもこうしていたい」と思っていたからだ。しかし、そうはいかないのも解ってる。瀧本の手は汚れているし、このままでは足もしびれてしまう。
簡単に「ハイ。終了」といつものように切り替えできない。終わって欲しくないという気持ちが、まるで女の子のようで女々しいと奏真は思った。




