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新たな生活


 奏真が瀧本と出会い、共に過ごした時間はあっという間に過ぎて行った。

 冬が過ぎ、春休みを経てまた四月になる。

 学校にもう瀧本の姿はない。


 奏真は二年の後半に落ち込んだ成績や出席日数のことで散々教師に警告を受けたが、拓馬たちの助けもあり成績を元に戻し進級することができた。

 友人関係に変化はない。直樹との関係は、可もなく不可もなく。ただ、瀧本が卒業してしまい、奏真の学校生活は一気につまらなくなった。学校という場所自体がすっかり色褪せている。それは取りも直さず、奏真が学校以外に居心地の良い場所を見つけたからだった。


 瀧本は体格の良さと度胸を買われ、警備会社にそのまま就職した。暴走族も引退し、今は音がだいぶ静かになった普通の大型バイクに乗っている。車の免許も取得し、気軽な一人暮らしだ。

 奏真はバイトのない日や、瀧本が休みの日には瀧本のアパートへ通っていた。瀧本が留守でも関係ない。合鍵もちゃっかり貰っている。

 瀧本の住処(すみか)は、大きなマンションの裏側に細々と建っている住宅街の道を入った築四十九年のボロアパートだ。八畳の和室と、台所スペースが三畳。エアコンは付いているし、南側に窓もある。狭いながら収納スペースとして押入れもあった。

 山手線の最寄り駅から徒歩二十分と、少々不便だが、家賃は月三万円を切っている。コインシャワーとトイレが共同だが、安さには変えられない。壁に幽霊のような黒ずんだシミが浮かび上がる二階建ての建物。むき出しの階段を登り一番奥の角部屋が瀧本の部屋だ。


 奏真は下校したその足で今日も瀧本のアパートへ向かった。

 ドアノブを回し、奏真のテンションは一気に上がった。

 あ、玄関開いてる。今日は夜勤なんだね。

 ドアを開けると同時に元気な声を上げた。


「ただいまぁ」


 小さな玄関にはゴツゴツした黒いブーツと、黒い仕事用の靴。その中に可愛らしい猫のキャラクターがついたピンクのサンダルが混じっている。

 奏真の声かけに返事がないのは夜勤に備え眠っているからだ。

 板の間の台所スペースには必要最小限の家電。冷蔵庫の上に今はもう使ってない赤い半ヘルが飾ってある。

 玄関からすぐの流し台で奏真は手を洗った。

 磨ガラスの引き戸を静かに開けると部屋のまん中にコタツ。コタツの奥には布団で爆睡している瀧本の姿があった。奏真は部屋の隅に鞄を置き、テレビの横の戸棚から菓子袋を一袋取り出した。

 これは奏真の持ち込みの非常食だ。大きいな袋に小分けされたスナック菓子が八袋入っている。その一袋を食べれば空腹は満たされる。

 起こしちゃかわいそうだと奏真は静かにおやつを食べ、それから部屋の角にある洗濯カゴへ手を伸ばす。コインランドリーで洗い、ぐしゃぐしゃのまま無造作に突っ込んである洗濯物をコタツの上へ広げた。どうやら畳むまで瀧本の気力が続かずそのまま眠ってしまったらしい。畳んだ洗濯物を積み上げ、またカゴへ戻す。


「ふぅ……宿題でもしときますか……」


 宿題もこのアパートで済ませるのが奏真の日課だ。その方が集中できた。

 奏真が自宅へ帰るのは眠る時だけ。


 今も瀧本は、奏真にとって憧れの存在だ。

 厳密に言えば瀧本のように強く生きられるようになりたいと思っている。

 だから、ギターを手に入れた後も、奏真はバイトを続けている。「一人暮らしがしたい」これが奏真の新しい目標だった。卒業すると同時に家を出て自立する。将来の進路を真面目に考えることはなかったが、奏真の目的はハッキリ定まっていた。

 宿題を終え、奏真はそのままゴロンと寝転がった。スイッチの入っていないコタツに潜る。

 今度は昼寝だ。奏真は布団を肩まで引っ張り目を閉じた。


 ピピピッというアラーム音。

 瀧本の携帯のアラームは六時にセットしてある。三十秒くらい鳴り続け、ぴたりと止まった。そして二分後、またアラームが作動。また止まる。さらに二分後アラーム作動。しかし瀧本が起きる気配はない。いつものことだからと放っておく。六回目のアラームが作動して終了。

 あーぁ、結局意味ないじゃん。もっと大きな音が出る目覚まし時計を買えばいいのに。今度の誕生日に一発で目が覚める爆音目覚まし時計をプレゼントしなきゃ。

 奏真はそう思いながらしぶしぶ起き上がり、ピクリともしない瀧本の肩を揺すった。


「瀧本さーん。六時回ってるよー」


 冬眠中の熊のように動かなかった瀧本の眉がピクッと動いた。


「ん……むーーーん……」


 両手をぐぐぐーっと伸ばし、布団の中で伸びをする瀧本へ声をかける。


「おはようございます」

「んん……よぉ……来てたのか……起こしゃいいのに。いつも言ってるだろ……」


 眠そうな声でボソボソと話す瀧本をいつものように「はいはい」とあしらう。瀧本はムクッと起き、フラフラ上体を揺らしながら立ち上がり、洗濯カゴの中を見た。


「たたんでくれたのか……ありがとう」

「んー」

「ふわぁぁ……飯は?」

「これ」


 持ち込みのスナック菓子の袋を手で持ち上げ見せると、瀧本は心底呆れた顔をする。


「菓子は飯じゃねーし。おら食いに行くぞ。それから送ってやるよ」

「一応穀類っすよ」

「オメーは野菜食わないとな。それから肉!」

「ういーっす」


 畳んである洗濯物から警備員の制服を取り出し下だけ履くと、ジャケットを手に持つ。玄関に置いてあるメットを掴んで言った。


「メットもってこいよ」


 奏真は部屋の隅っこに置いてある瀧本から貰ったフルフェイスのメットとカバン、上着を手に部屋を出た。メットを被りながら行き先を尋ねる。


「何食うんです?」


 バイクと一緒に新調したフルフェイスを被った瀧本が大きな声で言った。


「そうだなー。今日はカレー屋行くか」

「それ、いつもでしょ!」


 奏真はうしろに跨りながら、大声でツッコミを返した。


「今日は特別にエビフライダブルで乗せてもいいぞ?」

「マジっすか! やった」


 気前のいい瀧本に「ありがとう」の代わりにギュッと背中へ抱きつく。笑っているのか瀧本の大きな背中が楽しそうに揺れた。その背中に奏真がメットを擦りつける。フルフェイスだから、頬に当たるのはメットの内側のクッションだが、それでも十分温もりを感じていた。


「いらしゃ……なんだお前らか」

「ちょいちょい。客だから。俺らも一応客だから!」

「ちわっす」


 気の抜けた声の店長さんにお辞儀して、いつものテーブルへ座る。


「……あのよ。同僚によ。休憩時間に相談されたんだけどよ」


 いつものようにライス六百グラムをガツガツもりもり食べながら瀧本が話し始めた。

 奏真は約束通りエビフライをダブルでトッピングしてもらった。スプーンにご飯、カレー、エビフライをだんだんに積み上げ大口開けてパクリとかぶりつき、耳を傾ける。


「んー?」

「そいつさ、わりとイケメンで。まぁ、俺ほどじゃねーけどな? 高校生の彼女がいるんだと」

「ほー」


 エビフライのプリッとした食感を楽しみながら、やっぱりエビフライだよね。最高! と思いながら瀧本の話に相槌を打つ。


「で、デートの時に、キスくらいして欲しいのにって泣かれたんだと。そいつも結構なシャイな奴で、どうしたらスムーズにキスできるか教えてくれって。弱っちまったよ」

「ふーん」


 適当な相槌を打ちつつ、今度はウキウキとエビフライにフォークを刺しカレーにちょんちょんとつける。


「なんだ……アレか? やっぱ付き合ってると、そういうのが無いと不安になるもんなのか?」

「まー、そーかもしれませんねぇー」


 奏真が聞き流しながら打った相槌に瀧本は目を大きくして、重ねて尋ねた。


「やっぱ不安になる? こう、優しくしててもだな。やっぱりその……既成事実っちゅーの? あった方がいいんか?」

「きせいじじつぅ?」


 奏真は妙なことを言う瀧本に呆れ顔で繰り返した。


「いや、だから、キスとか、その、先……?」

「して欲しいってんなら、してあげればいいのにね」

「お前は? してほしいの?」

「え? なんでいきなり俺?」

「つきあってたら、してほしいもん?」

「まぁ、……なんもないよりは……あったほうが?」


 なんでこんな話ばっかすんだろ。

 深刻そうに話す瀧本に対し、奏真は全く興味のない話題だった。目の前には瀧本が付けてくれたエビフライがある。それをめいっぱい楽しんでいたのに、奏真はだんだんと気持が沈んでいくのを感じた。恋愛の話題は否応なしに直樹と彼女の顔が浮かんでくるのだ。

 ……付き合ってんだもんな。そりゃヤってるよね。キスだって、拓馬と瞭司でもやってたんだし。直樹はその先だって……きっとやってる。もうガンガンに。俺だけとっくの昔に置いてけぼりか……。

 瀧本と一緒にいる。大事にしてくれる。大好きなエビフライだって四本もカレーに乗っている。幸せいっぱいだったはずなのに、己の知らない間に親友は一歩も二歩も未知の世界を歩いてる。どんどん知らない人になっていく。

 奏真の気分はさらに下降の一途を辿った。

 スプーンをエビフライに当てるようにポンポンと叩く。大好物のエビフライなのに、一気に味がしなくなった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 瀧本さん優しいね!
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