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奏真のいる場所


 奏真はその後、直樹と学校で会って話をしても今までと変わりない態度だった。授業中、携帯を見てニヤニヤしていたのも、ギターを買い、バンドに入れたからだと分かった。でも、直樹の不満は未だに尽きない。

 だからって、昼休みの度に教室から出て行かなくてもよくない? ギター持ってきてないんだから、昼休みに練習するわけでもないのにさ。


 直樹は奏真が教室から出て行く度に、不満が募っていくのを感じていた。

 一年の学園祭の時、確かに直樹も瀧本のことを「カッコイイ! 」と思った。しかし隣の奏真はそれどころではなかった。魂を抜かれたように呆然とし、頬を紅潮させ興奮しているようだった。

 それを見てちょっと嫌な気持ちになったのを思い出した。

 学園祭が終わったあとも奏真の口からはしょっちゅう瀧本の名前が出ていた。


「最高だったね! 俺めっちゃ興奮しちゃったわ」

「うん」

「やっぱカッコいいよなー! イヤー、あれは惚れちゃうね」


 ギターが弾けるから「カッコイイ」のだと分かっていても、「惚れちゃう」と平気で言う奏真に、無性に腹が立った。


 そうだよ。あの日だってそう。俺たちはただ音楽の話をしていただけだった。なのに、奏ちゃんはだいぶ前の出来事をついさっきライブを観たかのように話しをしたんだ。それであんまりにも腹が立ってたから、彼女から告白されて「いいよ」って返事しちゃったんだよ。そしたら奏ちゃんはいきなり三日間の停学とかで会えなくなるし……、出てきたと思ったら素っ気ないし。知らない間に瀧本さんと仲良くなってるし……。俺は、彼女と一緒にいなきゃならないし。なんなんだよ。どうしてこうなるの? 俺は奏ちゃんといつも一緒にいて、これからもずっとそうだと思ってたのに、なんで俺、こんな風なの?


「はぁ……」

「なに~? ため息とか、つまんないの?」

「え? ふははは。俺、今、ため息ついた?」


 直樹は愛美の不満声に我に返った。そうだった。デート中だった。と慌てて頭を切り替える。

 愛美はちょっと頬をプウと膨らませ、直樹が笑いかけると「もー」と言いながら、笑って腕を絡めてきた。


「映画、面白くなかった?」

「ううん! 面白かったよ?」

「そっか。良かった。どっかでお茶しようか?」

「じゃ、マック行こ」


 直樹が楽しんでいる風の会話を心掛けると、愛美も嬉しそうな表情になる。行き先も決まり「やれやれ」と思った時、背後からバイクの走行音が聞こえた。特徴のある重低音に思わず直樹は振り返った。


 あ……。


 半ヘルを頭に乗せ、サングラス掛けた男。すぐに瀧本だと分かった。大きな音のわりに、そのバイクがノロノロ走りだったからだ。そして瀧本の背中にしがみつく人物に直樹は息を止めた。黒いフルフェイスで顔こそ見えなかったが、直樹にはそれが誰かすぐに分かった。


「……うちゃん?」

「え?」

「う、ううん」


 バイクは直樹たちをゆっくり追い越していった。歩道の直樹に、奏真は気付かない。瀧本の腰に回した腕が、密着した身体が、ゆっくりと視界から遠ざかっていく。


「……ごめん! きゅ、急用思い出した! 本当にごめん!」

「は? え?」

「後からメールする!」

「ちょっ……っ」


 直樹は彼女に両手を合わせ、バイクを追い掛けた。


「はぁ。はぁっ」


 追い掛けながら「俺、なにやってるんだろう」と直樹は思った。でも、足は止まらない。ちょっとでもつまずいたら、擦り傷じゃすまないかもしれないくらいの全速力で走っている。それが何故なのかも分からない。

 信号でバイクが停まる。あとちょっとで追いつけると思った途端、信号が青色に変わった。またバイクはのんびりスタートでトロトロと走りだす。まるで追いかける直樹をからかってるようだ。

 ウインカーがカチカチと点滅してバイクは細い路地を左へ曲がった。

 どこ行くの?

 息を切らせながら直樹の頭はその言葉でいっぱいだった。路地に入りバイクを追いかける。バイクの排気音が聞こえなくなり、少し開けた場所に出た。コンビニがあって明るい。その明るさに隠れるよう、薄暗い一角にバイクは停まっていた。

 色褪せた、今はもう動いてないだろう洗車機が一台ポツンとあるだけの場所。

 いかにも不良がたむろしそう……。

 直樹はゴクリと喉を鳴らし、建物の影から目を凝らした。バイクは他にも五、六台あった。いかにもなバイクばかり。バイクの奥に人影が見えたが薄暗くて奏真がいるのかはハッキリ見えない。しかし直樹はあれは奏真だと確信していた。「確かめてどうすんの?」と頭の中で声がするが、どうしても確かめたかった。


「あ、コラ! お前はダメだって!」

「えー、意地悪」

「意地悪じゃねー! 返せ!」


 瀧本の声に被るように高い声が聞こえた。

 やっぱり奏ちゃんだ!

 数人の笑い声。輪になり座っていた人間が一人立ち上がり、コンビニへ歩いていく。おかげで奏真の姿を捉えることができた。

 奏真は膝を揃えしゃがんでいた。周りは赤や青の派手な服を着て大きく足を広げ座っている。俗に言うヤンキー座りだ。奏真の隣には瀧本がいた。奏真の手に一本のタバコ。隣の瀧本へ笑いながら、奏真はそれを唇で挟んだ。

 奏ちゃん、タバコ……。

 口に咥えたタバコを離すと、フーッと白い煙を吐く。瀧本が「ほら、返せって!」と怒るのに、奏真はプイと横を向き笑っていた。瀧本が本気で怒ってないことは直樹にも分かった。奏真からタバコを取り上げながら軽い口調で言った。


「ダメだっつーの」

「ケチ! おうちではダメなんて言わないのに」

「チューボーがお外でタバコ吸うと、補導されるんだよ? 知らなかった?」


 からかうような口調でスキンヘッドの男が奏真に笑いかける。

 眉毛が無い笑顔はゆるゆるとしているが、無表情ならかなり怖そうだ。街で出会ったら絶対に目を合わせたくないタイプだろう。なのに奏真は男へパッと顔を向け「高二の水瀬です!」と口答えして笑う。直樹は目の前の光景が信じられなかった。

 奏ちゃん、その人とも仲良しなの? 

 瀧本はタバコを口に咥えたまま、奏真の頭を片手でガシッと掴んだ。


「いててて……もー指食い込んでるって!」

「ば~か。高二でも補導されるっつーの」

「え? そうなんすか? 高三の瀧本さん」 


 瀧本は奏真の頭から手を離すと、ケロッとして言った。


「俺は年齢なんか聞かれたことねーし」

「あははは。奏ちゃん。奏ちゃんは外見がねー……」


 今度はスキンヘッドの隣の、壁みたいにゴツい男が笑いかけた。途端に直樹の眉間に深いしわが寄る。

 なんだよ『奏ちゃん』て。

 スキンヘッドがニコニコしてさらに言った。


「あははは。奏ちゃんはやっぱチューボーだよな」

「お前ら、馴れ馴れしくちゃん付けしてんじゃねーよ」

「お? お兄ちゃんがヤキモチ妬いてるぞ」


 ドッと笑いが起きる。

 みんな楽しそう。奏ちゃんも……。


「今日は357だけど、瀧本さん走るの?」

「ん~……こいついるからなぁ」

「から?」


 瀧本を首を傾け覗き込む奏真。瀧本は奏真を見て口をへの字にするが、周りの人間はニヤニヤしている。和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。


「おい! お前、なに見てんだよ!」


 コンビニから出てきた人が直樹に気づき怒鳴った。

 直樹の心臓は縮み上がって跳ね上がり、慌てて来た道を走って逃げた。追ってくる足音もしないし、声も聞こえないのに、直樹は怖くて怖くて、走り続け、気がついたら表通りに出ていた。


「はぁ。はぁ。はぁ……」


 足を止めた途端、全身からドッと汗が噴き出した。寒いはずなのに、汗が止まらない。耳元で心臓がバクバクしている。


 奏ちゃん……。


 直樹はグイと顔の汗を拭った。




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