別々の世界
……また弄ってる。
直樹は奏真を見て眉をひそめた。
奏真はここのところ携帯ばかり見ている。授業中もおかまいなしにだ。俯いた顔はニヤニヤとなにやら嬉しそうに見える。授業のノートも取らず、さらには休み時間になるとすぐに教室から出て行ってしまう。
そんな奏真を放っておけなくて、直樹は放課後に何度も話をしようと試みた。
ショートホームルームが終わると、すぐに奏真へ視線を送る。しかし、奏真は気付かず一目散に教室から出て行ってしまう。
もしかして毎日バイト? あんなにめんどくさがり屋だったのに。
直樹は誰よりも奏真のことを知っている自負があった。
奏ちゃんは毎日バイトで張り切るようなキャラじゃない。奏ちゃんのことは俺が一番よく知っているんだから!
しかし、今やその自信もポロポロと剥がれ落ちてきている。奏真の変化が、誰の影響か考えると直樹の心はズンと沈んだ。
モコモコバーガーにやってきた瀧本を思い出す。奏真のキラキラした笑顔も。それなのに、なにもできずにただ時間だけが過ぎていく。
土曜日はバスケ部の練習が午前中だけだった。私服に着替え、愛美の家へ行く。部屋へ上がれば、彼女が当たり前のようにドアの鍵を掛ける。興奮したのは最初の時だけだった。ヒヤヒヤしたのは三回目くらいまで。「好き?」と聞かれたら「好きだよ」と言う。そう答えれば愛美は機嫌が良いままだからだ。夕方には愛美の母親が仕事から帰ってくるが、その頃には街に遊びに出掛けているから鉢合わせして気まずい思いをしたこともない。そして、気がつけばいつも同じことを考えていた。
『恋人と付き合うって、もっと純粋で、神聖なものだと思ってた』
しかし、考えていたとしてもなにをするわけでもない。
男女交際に対して、夢を持ちすぎてたのか。とフラットな己を感じつつ「ま、いっか」で流している。
他人からは楽しそうに見えているだろうし「これでいいのかな?」と疑問に思うこと自体が贅沢なのかもしれない。
頭の中でグルグルと考えど、いつも結論は出ないまま。
愛美が店を指さし振り返った。
「雑貨屋さん! 入っていい?」
「うん。いいよ」
店は楽器屋とCD屋、雑貨屋が混ざったようなつくりだった。奇抜なキャップやTシャツも店内に所狭しと飾ってある。趣味の悪いペイント加工のシャツは値札を見ると八千円だった。
「この人形可愛い~。頭にオノ刺さってる~」
「俺、CD見てきていい?」
「いいよー」
直樹は雑貨屋のコーナーからCD、DVD、書籍などのコーナーへ移動した。その更に奥は楽器が見える。どうやらギター専門店らしい。壁にはギターがズラリと並んでいた。雑貨コーナーとは違い、女子高生などの客はいない。
直樹がギターを眺めていると、頭上でバタンとドアの開閉音が聞こえた。階段をドカドカドカと降りる、たくさんの足音。工場のようにゴツくむき出しになっている鉄製の階段。足音を消す為かカーペットが敷いてあるがそのカーペットもかなり色褪せている。その色褪せた赤色に、黒いブーツの足が見えてきた。手すりを軽く持つ無骨で大きな手。その持ち主を見て、直樹の動きが止まった。
「げ……」
瀧本だ。直樹が瀧本を認識してすぐ、その後を追いかけるように降りてきたのは奏真だった。奏真の後ろに、学園祭で瀧本とバンド組んでいた三年生が次々に降りてくる。奏真が興奮したように言った。
「スタジオがあるなんて、全然気付かなかった」
クラスの女子生徒たちから「カッコイイ」と言われる三年生が奏真に相槌を打つ。
「防音バッチリだから」
ニコニコ顔で嬉しそうに頷く奏真。
「そのくせ、一時間三千円で借りれるから助かるんだよな。四人集まれば一人七百五十円で済むし」
もう一人の三年生も奏真へ親しげに話しかける。
「これからは六百円っすよ!」
「あはは。ギター練習しとけよ?」
「そこはもちろん! やっと手に入れた俺の宝物だもん! 毎日だって触ってあげちゃう」
ギターケースを抱きしめ、はしゃぐ奏真。五人はワイワイガヤガヤ話しながら階段を降り、呆然と立ちすくむ直樹に奏真が気づいた。
「あれ? 直樹だ。どうしたの?」
「……あ、うん。買い物。奏ちゃんは……先輩達と?」
奏真は先輩たちへ手を合わせながら頭を軽く下げ、「バイバイ」と手を振ってから直樹へ近寄ってきた。
「うん、上のスタジオで練習してたの。スタジオなんて初めてで、すっげぇ興奮!」
「へー……すごいね。ギター、買ったんだ?」
「そ! すっごいっしょ! マイギター」
手にしたギターケースを得意気に持ち上げる。
だから奏ちゃん、あんなにバイトしてたんだ……。これが欲しくて。
「うん、すごいね! で、先輩達とはバイバイしたの?」
「ん? あぁ、先に行ってもらった。ギター見たいのあるって言ってたから」
「……ふうん……」
奏真は首をちょっと傾けてアッサリと言った。
「……じゃぁ、行くわ。またね!」
「うん。またね」
バイバイと手を振り、先輩の元へ駆けて行く。その足取りも軽くウキウキ弾んでいる。そんな奏真に直樹は苛立ちを感じた。
なんだよそれ。全部事後報告って! いや、報告もされてないか……。
ガックリと肩を落とした直樹の口から深い溜息が漏れた。




