おさぼり
瀧本さん、今日はちゃんと学校に来てるのかな?
気になった奏真はこっそり携帯を取り出し机の下でメッセージを打った。
『ちはっす。今、学校ですか? 休みですか?』
送信し、ふっと脱力する。瀧本へ送った初のメッセージだ。
返事が来るとは限らないし……。あまり期待しないでおこう。
そう自分に言い聞かせていると手の中の携帯が震えた。
『学校。つーか、なにサボってんだよ』
思いもよらない返事に体温が一気に上がった。手のひらの汗を服で拭い、瞬時にメールを返す。
『来てたんだ。サボってないですよ? 目の前では試験管に電極差し込まれちゅうです。電気の伝導性を調べてるみたい』
『くぉら! 実験に参加しろよ! 携帯いじってんじゃねーよ!』
メッセージを送信すればすぐに返事がくる。
『えへ。手は足りてますから。それに、瀧本さんもでしょ? 今日の放課後ってなにか用事あります?』
『俺はいいんだよ。保健室で昼寝中だから』
『あー、ずるー。結局ズルしてんじゃないですか。いいなぁお昼寝。俺もお腹痛くなっちゃおうかなー』
『一年が仮病使ってんじゃねーよ。終わったら保健室に迎えに来てくれ。おやすみ』
『二年の水瀬です』
お決まりのやり取りなのに、返事は返ってこなかった。
「……爆睡かよ」
「ん~?」
独り言に晋吾が振り向いた。奏真はポケットへ携帯を落とし、顔を横にプルプル振った。不思議そうな表情の晋吾が実験へ戻るのを確認し、窓の外を見上げる。
青空にプカプカ浮かぶ雲を見つめ、「早く終わんないかなぁ」と、心の中で呟いた。
「実験結果をノートにとったグループから片付けろよ」
教師の声に我に返った。実験結果をささっとノートに書き込み片付けにはいる。
次の授業は現文。特に準備するようなものはない。奏真はチャイムが鳴ったと同時に立ち上がり、そのまま保健室へ走った。
扉をコンコンとノックする。しかし保健室はシンとしたままだ。
先生もいないのかな?
奏真はそっと扉を開けた。やはり中は無人だった。部屋の奥を覗くと、三つあるベッドのうち、窓際のベッドだけ仕切りのカーテンで覆われている。
あそこか……。
奏真は足音を忍ばせて近づき、カーテンの隙間から体を滑り込ませた。
ベッドの中には爆睡中の瀧本。布団をそ〜っとめくってみる。白シャツ姿の瀧本に奏真は「おお〜」と小さく声を漏らした。制服姿の瀧本が新鮮だったのだ。脱いだジャケットを無造作にヘッド側のパイプに引っ掛け、シャツのボタンを三つ外し気持ちよさそうに眠っている。
奏真は布団を戻すとベッド横に置いてあったパイプ椅子に座り、瀧本の頬を指先でツンツンと突いてみた。
「うん……」
唸った瀧本の長い右腕が奏真の首に巻きつく。
「わっ! ぶっっふ!」
そのままグイと布団の上に押し付けられ、奏真の顔面は瀧本の脇辺りに埋もれてしまった。動きを封じられたまま、そっと視線を上げ瀧本を見る。瀧本は目を閉じたままだったが、奏真の首に回した手でその右肩をポンポンと叩き、また「グー」と爆睡してしまった。「お前も一緒に寝ようぜ」と言われたようで、心にふうわりと優しい風が吹き込んだ気持ちになった。
タバコと……なにかな? ……かすかに甘い匂い……。
瀧本の香りを奏真は胸いっぱいに吸った。
……あったかいなぁ。
陽だまりにいるような感覚。とろとろした睡魔が奏真を包み込んでいく。
起こせって言ったのに……いっか、俺もサボっちゃおう。
連絡しておかなきゃと、奏真は脇に埋まっていた顔を横へ向け、ポケットから携帯を取り出した。ぽわぽわした意識の中、奏真はなにも考えずに直樹のアドレスを開き、昼寝の言い訳を考えながら打ち込んでいく。その合間にもどんどん瞼が重くなってくる。しだいに奏真の指は止まっていた。
……送信、しなきゃ……あとちょい……。
文章をなんとか打ち込むも、眠気は極限に達していた。結局、奏真の指は送信ボタンの上で浮いたまま、完全に静止してしまった。