prologue
刷りたてのプリントの束をトンとデスクに打ち付けまとめる。
そこに書かれた見出し『進路希望調査票』の文字を見て、水瀬奏真はふと懐かしい記憶に口元を緩めた。
────んで、お前はどうするんだ?
蘇ったその声に早く会いたいと気持ちが逸る。
入学式から新年度が始まり、やっとクラスが馴染み始めた頃には中間試験の準備。怒涛のように忙しい日々を奏真はおくっていた。
互いに連絡こそしていたが、距離を置いたあの日から実際に顔を合わせたのは、教員免許を取った時、本校へ赴任が決まった祝いの夜、あとは指折り数える程度。最後に会ったのは、もう三ヵ月も前になる。
片時も離れたくないと思っていた。そんな子供だったあの頃、奏真はあの大きな腕の中だけが自分の居場所だと信じていた。二人で過ごした濃密な日々を思えば、実によく我慢できている。
これが大人になったってことか?
調子づく己にニヤリと口角を上げる。
「テストが終わったと思ったら次は進路希望かぁ」
ふいにため息交じりの声がした。振り向けば英語担当の男性教諭が、のんびりした表情で奏真を見ている。手に持ったマグカップからは淹れたてのコーヒーのいい香りがする。
「えぇ、目まぐるしいですね」
「たまには教師も気晴らししないと。どうです? 今日は金曜日だし、飲みに行きませんか?」
「あー……、すみません。今日は半休をとってまして」
英語教諭がクイッと眉を上げた。
「おぉ、そうでしたか。いいですね。もしかして、どこかご旅行でも?」
「まぁ、そんなもんです」
奏真は話を濁し、「また誘ってください」とやんわり社交辞令で締めた。職員室を出て、担当のクラスへ急ぐ。
季節は六月。窓から差し込む柔らかな日差しを受けながら、奏真は軽快に階段を駆け上がった。三階に到着した途端、ふわりと風が頬を撫でる。
開け放った窓から広がる景色に足が止まった。
「あ……」
淡い水色の中を白い飛行機が真っ直ぐに飛んでいく。 それを目で追い、静かに瞼を下ろした。
走馬灯のように、頭の中をかけめぐる光景と懐かしい顔。
生徒達のざわめきをBGMに瞼を開くと、奏真は窓枠に手をかけ、大きく空を仰いだ。