表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/62

prologue


 刷りたてのプリントの束をトンとデスクに打ち付けまとめる。

 そこに書かれた見出し『進路希望調査票』の文字を見て、水瀬奏真はふと懐かしい記憶に口元を緩めた。

 ────んで、お前はどうするんだ?

 蘇ったその声に早く会いたいと気持ちが逸る。

 入学式から新年度が始まり、やっとクラスが馴染み始めた頃には中間試験の準備。怒涛のように忙しい日々を奏真はおくっていた。

 互いに連絡こそしていたが、距離を置いたあの日から実際に顔を合わせたのは、教員免許を取った時、本校へ赴任が決まった祝いの夜、あとは指折り数える程度。最後に会ったのは、もう三ヵ月も前になる。

 片時も離れたくないと思っていた。そんな子供だったあの頃、奏真はあの大きな腕の中だけが自分の居場所だと信じていた。二人で過ごした濃密な日々を思えば、実によく我慢できている。

 これが大人になったってことか?

 調子づく己にニヤリと口角を上げる。


「テストが終わったと思ったら次は進路希望かぁ」


 ふいにため息交じりの声がした。振り向けば英語担当の男性教諭が、のんびりした表情で奏真を見ている。手に持ったマグカップからは淹れたてのコーヒーのいい香りがする。


「えぇ、目まぐるしいですね」

「たまには教師も気晴らししないと。どうです? 今日は金曜日だし、飲みに行きませんか?」 

「あー……、すみません。今日は半休をとってまして」


 英語教諭がクイッと眉を上げた。


「おぉ、そうでしたか。いいですね。もしかして、どこかご旅行でも?」

「まぁ、そんなもんです」


 奏真は話を濁し、「また誘ってください」とやんわり社交辞令で締めた。職員室を出て、担当のクラスへ急ぐ。

 季節は六月。窓から差し込む柔らかな日差しを受けながら、奏真は軽快に階段を駆け上がった。三階に到着した途端、ふわりと風が頬を撫でる。

 開け放った窓から広がる景色に足が止まった。


「あ……」


 淡い水色の中を白い飛行機が真っ直ぐに飛んでいく。 それを目で追い、静かに瞼を下ろした。

 走馬灯のように、頭の中をかけめぐる光景と懐かしい顔。

 生徒達のざわめきをBGMに瞼を開くと、奏真は窓枠に手をかけ、大きく空を仰いだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ