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日雇い1

 軍手、カッター、ガムテープ…。私の基本装備だった。

 

 専門学校を卒業した私は、定職には就かず実家の布団でのたうち回っていた。自分は子供の頃からからおっちょこちょいであり大人になった自分が就職している姿を想像出来ないでいた。


 

 私の日課はロードバイクで街や自然をパトロールすることだった。コンビニでお菓子を補充しながら徹夜で彷徨(うろ)ついていた。家にはコンビニで取った求人誌が溜まっていた。学校の同級生は8割程が無事に就職を決めていた。私は学生の時のバイトでイタリアンレストランに努めていた。しかし、二ヶ月でやめた。続かなかった。臨機応変な対応が出来なかった。


「良いことは言えない…」という料理長の言葉が脳に染み付いていた。

 

 6月になった。溜め込んだ求人誌を読んでいると、「食品工場のライン作業」というものが目についた。何でも登録をすると直ぐに働けるという。採用担当に電話を掛けると明日来いという。その日はソワソワしながら床に就いた。

 次の日、午前中からロードバイクに乗って街へと繰り出した。とある雑居ビルの前にロードバイクを駐めて中へと入っていった。エレベーターのスイッチを押ししばらく待つ。すると、スーツ姿の男性達が降りてきた。自分も今から働くのだという気持ちが高まった。エレベーターの中に入り5階を押した。


(ピンポーン)という音と共に目の前にまた扉が現れた。

 eビジネスという看板が扉の上に掛かっていた。扉を開けるとセパレーションに満ちた狭い空間があった。


「鈴木さんですか?」セパレーションの横から顔を覗かせた男性がいた。


「私が田村です。」


「よろしくおねがいします。」


「こちらこそ、よろしくおねがいします。それでは鈴木さん、こちらの席にお掛けになっていただいて…」

 

 随分慇懃な対応をされたなぁと思いながら椅子に腰掛けた。まだ派遣というシステムを理解していなかったのだ。

 私は履歴書を差し出した。男性は数秒目を通すと笑顔でそれを机の脇に避けた。


「今回鈴木さんに向かってほしいのは館街にある食品工場です。現在おにぎりキャンペーンというのをコンビニでやってましておにぎりの需要が高まるんです。なので5日間夜勤で入れる人を探していまして…」


「そうだったんですね。」


「はい。夜勤の時給は1200円になります。」


「え!?ホントですか?」


「そうですよ〜夜勤なので。」


 自分の今までのバイトは800円代だったので驚いた。心が踊った。


「鈴木さんはいつから働けますか?」


「明日からって大丈夫ですか?」


「おお、心強い!働けますよ。それでは銀行の通帳をコピーさせて頂きます。」


 私の人生はまだ終わってはいなかったのだ。コンビニをハシゴしてゆっくりと帰る事にした。


 次の日の夜、出勤時間の3時間前にロードバイクで家を出た。雲一つない星の輝いた空だった。初めての場所なので迷いながらも何とか到着した。トラックの出入りするターミナルの金網に駐車した。建物の裏手に回ると従業員らしき人達が出入りする入口を見つけた。引き戸を開けると食品添加物の匂いがツンと鼻をついた。目の前は工場のラインへの入口になっていた。下駄箱に靴をしまい靴下のまま階段をあがった。二階の廊下を突き当りまで進むと左手に事務所があった。受付の台が複数あり、その奥ではパソコンが並んでおり社員が向かい合って座っていた。


「eビジネスの鈴木です。」


「あぁ、eビジネスさんはそこの紙に出勤時刻を書いて。」


 台の上に複数の派遣会社のリストがあった。その中の一つを取り時刻を書き込んだ。よく見ると自分以外にもeビジネスの書き込みがあった。


「終わったら向いの会議室で待ってて。」


 部屋に入ると8人の男女が椅子に座っていた。その他にスーツ姿の男性が2人立っていた。恐らく別の派遣会社の営業だろう。

 暫くすると工場長が入ってきた。


「何かだらしないなぁ君たちぃ。ほら、こっちの人なんか無精髭生えてるよ。ちゃんと剃ってこいよ。」


 60代いかにもワンマンという感じだった。


「じゃあ工場の説明のビデオ見て貰うから。終わったら着替えて一階ね。」


 ビデオが始まると工場長と営業は出ていった。ビデオでは作業服の着かた、体への粘着ローラーのかけ方、手の洗い方などの説明があった。ビデオが終わると更衣室で着替えを済ませて廊下へ出た。廊下には粘着ローラーがあったのでそれを使った。

9人が一階に集まると社員が工場のライン入口から出てきた。中に入るとまた粘着ローラーがあり、手洗い場が3つあった。粘着ローラーをかけた後、皆社員の前に一列になった。先頭の人を社員が今日の体調などを聞きながら粘着ローラーのかけ具合を確認し、それが終わると手洗い場に誘導した。全員が手洗いを済ませるといよいよライン入り口に入っていった。

 中ではすでに社員が集まり点呼を行っていた。9人は別々のラインに配属された。自分は一番入り口に近いラインだった。


「お兄さん今日どこから来たの?」とラインにいた初老の女性が話しかけてきた。


「山寺から来ました。」


「あらそう。大変ね電車混んでた?」


「自転車できました。」


「自転車!?...自転車!?」


 驚かせてしまったようだ。女性は眉をひそめていたが、気を取り直すと説明を始めた。


「じゃあ今からラッピングされたおにぎりが流れてくるからこの番重におにぎり並べていってね。」


 台車の上に番重が積まれていた。女性はそれを私のほうに引き寄せた。


「始まるよー!」


 ラインの先頭にいた社員が叫んだ。すると目の前のラインが動き出した。次々とおにぎりがラッピングする機械に吸い込まれていく。


「ほらっきたよ!頑張って」


 新しい台車の上に番重を置いた。目の前に来たおにぎりを両手で二つずつ番重に入れた。無数のおにぎりが流れてきていた。その作業が4時間続いた。

 

「おにいさん、休憩。」と女性が声を掛けてくれた時には意識がぼんやりしていた。入り口から出て二階の休憩室に入った。夜勤なので今は午前0時になっていた。販売機で70円のホットココアを買って飲んだ。その後はやることもなかったので突っ伏して眠っていた。気が付くと開始10分前になっていた。急いでトイレを済ませ現場に戻った。


「はい、じゃあまた頑張ってね。」と女性がいうとラインが動き出した。


 しかし、同じ作業を単純に繰り返すのも難しいものだと感じてきた。段々と集中力が切れてきた。


「ちょっとちょっと、おにいさん頑張んないと。」


「はい。…あっはい…。」


 おにぎりがラインから落ちそうになっていた。

 その後の事は余り覚えてなかった。気が付くと4時になりその日は終了となった。そのままふらつきながら更衣室で着替え事務所へ行き終了時間を記入していた。

 工場の外に出ると少し目が覚めた。朝日が射していたのだ。そのままロードバイクに跨り帰路に就いた。


 その次の日もまた次の日も虚ろになりながらも何とか乗り越えていき、最終日の休憩時間またホットココアを飲んでいた。


「お疲れ様です。」


 驚いて振り返ると見知らぬ顔があった。


「eビジネスの方ですよね?俺もなんです。」


「あぁ、そうでしたか。お疲れ様です。」


「何日目ですか?」


「今日で最後なんです。」


「いいな~自分普段は建築関係で働いているんですけどここのところ休みが増えちゃって、それでここに来たんです。そしたらおにぎりが無数に流れてきて…。瞼の裏におにぎり付いちゃいましたよ。」


「まあ私も瞼の裏におにぎりありますよ…。そんじゃ行ってきます。時間なんで。」


 疲れすぎていて塩対応をしてしまった。だがそんなことを気にする余裕もなかった。残り時間もぼんやりとしたまま終わった。


 数日後給料日になったのだがなんと手渡しだという。街へと繰り出した。



「おお、鈴木さんお疲れ様です。ハンコはお持ちですか?」


 eビジネスのオフィスに入ると田村さんがいた。


「手渡しってホントですか?」


「いや、鈴木さん驚きすぎですよ派遣やったならよくある事ですよ。特に日雇いなんかはね。」


「日雇いだったんですか。」


「そうですよー。気づかなかったんですか?」


「いや…まぁ…ハンコあるんでお願いします。」


 田村さんはデスクの下から封筒とプリントを取り出した。私は用紙にハンコを押し名前を書いた。


「それでは、お疲れさまでした。」


 私は封筒を受け取り事務所を後にした。

 雑居ビルの外で額を数えると4万ほどが入っていた。その足で適当なラーメン屋に入って腹を満たした。




 






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