第3話《決闘》
羨望の目を向けられながら、上級者向けの螺旋階段を上がる。VRなので、どんどん視界が広がって行き、やがては360度の空が見える臨空庭園まで辿り着いた。
どうして気づかなかったのだろう。鍵は、ここに隠されている。毎日少しずつ、人が減っていくのは、次なるステージへ進んでいるからだ。いつまでも魔物を倒していては埒が明かない。
――そう、鍵を持っているのは、挑戦者の誰か。それも知らずに持たされている。だから仲間を裏切り、活路を拓く必要があったのだろう。これはただのゲームじゃない。生や死を超えた、精神的な何かを訴えて来る。その魅力に取りつかれて、現在の売り上げシェアは市場一位を誇っていた。
目の前を紫の血しぶきが襲った。思わずえづきそうになって、HMDがずり落ちたせいで、僅かに現実に戻る。
――VRの中では、血しぶきを上げた人物が、返り血のついた刀を振っているところだった。ハイスペックな映像技術《ビジュアル・エフェクツ(視覚効果)》で、血は赤く……だが、魔物との見分けで、魔物の血は紫に設定されている。
相手をスコープ機能で照らしてみる。浮かび上がった人物ランクに、椅子から落ちそうになった。
レベル、測定不可能。最終オールアップ済。
『あら、ここまで来られる人がいたの? まだこの先は実装してないんだけど』
口パクに選んだボイスが割り当てられる。VGOの最大の特長だ。まだ、VRMMOは五感全てを解放できる機器は少ない。しかし、VGOだけは、どういう高度なシステムなのか、声、感触、匂い、音……肌にそよぐ風、微かな鍔鳴りなど、細部にわたって神経とリンクする。
自分も、夢中になって母親がブラックアウト(電源を抜くの意味)させなければ、おそらくずっと、この世界に生きていると思うだろう。VRは途中で逃げ出すと、VR酔いがやってくる。しかし、VR酔いになるようなまぬけではない。
『あなたこそ』と少女は大きな剣を肩にぽんぽんと弾ませると、『ふうん』と気に入らなそうな声音になった。ツインテールに、課金でしか買えない格闘魔法術士のローブ。それも超短くて、ギリギリラインでのスタイルに、手には絶えずエネルギーを補給する幻の水晶。
『よくそんな初期装備でここまで来られたもんね。邪魔、されたくないんだけど』
魔物の残骸たちが薄目を開けているが、二人は共に目線を合わせた。
『彼女、MONAとの決闘を受けますか』
――深夜三時。両親はセキュリティだらけの部屋でぐっすりだろう。優利は立ち上がり、グリップを掴み直した。
モーションキャプチャーの技術で、全身をVRの世界に送れるようになって、ゲームは躍動的に進化している。HMDと、手元のレイ・トレーシング・グリップで、臨戦態勢だ。
以前、決闘をやった時は、本棚に激突して、本をすべて落としてしまった上、窓を割った。
そんな事例が相次いだせいか、今はVRMMOには行動制限が設けられている。夢中になって、窓から落ちては困るだろう。自殺だと疑われた案件がVRMMOのせいであると書かれたゲーム運営会社と被害者の訴訟は続いている。
没入型のVRMMOなら、窓から落ちても不思議はないが。
『イエス』
目の前のツインテールは、どうみても強い。武器も、もっている道具も、ヴァーチュアス・ゴドレス度も、まるで歯が立たない。
仲間がいれば、総出でやつけることが出来るが、それをしたくなくて、独りでここにいる。
『――おもしれーやつ、相手してやるよ』
ぼそりと相手が呟いた。ひゅっと風を切るように消えて、すぐに胸元に現れた。首に剣の先がチクチクと当たる。クラスはアサシンか。暗器の扱いに長けている相手は厄介だ。これがこのゲームの怖い部分だ。人が人を邪魔する。その具象化がくっきりと浮かび上がってくるのである。
ゲームでも夢は視させない、というがごとくね。
ゲームに夢は見るなと皆は言う。
『ゲームはゲームだ。それに、現実のほうがよほどむかつくゲーム体質。だから、俺はゲームに魅了されたのかも知れません』
たいして経歴もないので、履歴書に、ただ、書きなぐった文面を思い出した。
(明日、最終選考……何時だったか)
考えている合間に隙が出来た。剣が顔をかすり、頬から血が流れた。
『いいでしょう。あたしも一人。そちらも一人。死んだらジ・エンドね』
どうでしたでしょうか?まだまだ彼らのVRMMOは始まったばかりです。
お読み頂き、ありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などもよろしくお願いいたします。