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第24話《VRの世界》と現実

***


 幽体の集合体は、どうみても、キャッスルフロンティアKKの警備システムたちだった。段々とこの世界が見えて来た。


 ハッカーと戦う世界。それがVRオフィスの夜の姿。


「門奈さん、俺がここに警備員に選ばれた理由って、感覚が壊れているからですか」

「壊れてるんじゃなくて、優れてるんだろ。堂園誠士のコミュ障が移った?」


 また喋っていると不意打ちが来る。分かっていても、聞きたかった。


 ――消えるのは、嫌。現実なんか帰りたくない! 今もキャシーの叫びが耳億で木霊して、どうしようもない。



『ヒロ、ダイジョウブ?』



 小さい声に振り返ると、オウムのクルタが首を振って、涙を飛ばして聞いているところだった。


「変なPAIだな。規約違反の報告信号(タブーシグナル)も出さないで心配して泣いてるぜ」

「――いいんだ。俺は、クルタに心配ばかりかけて。ごめんな」

「オウムと会話すんなって。それ、PAIだぜ。俺の時なんかずっと封じ込めておいたけどな」


 堂園誠士がせせら笑う中、バズーカを担いで走っていた門奈計磨が足を止めた。


「連中、消えたぞ」

「本当ですわね」


 あれほど不気味に漂っていた幽体の蜘蛛の集団が全く見えなくなった。まるで指示を受けているようで、優利は辺りを見回している。


「不気味だわ」キャシーと違って普通の喋りのジェミーはメイド服を揺らして、銃を構えて窺っている。堂園も、構えは解かず、卵銃を握りしめていた。



 ――どこだ……?



 優利は暗闇に目を凝らした。目を閉じると、もう目が開かないほど、今までにない疲労感が押し寄せている。「ちょっと休むか」どころではない。


『ヒロ、限界値です。ストレス値(ストレス・ライン)臨界ゲートに近づいています。このままでは、脳内物質の欠損(ノンアドレナリン)と、視覚の低下が予想されます。ただちに、上司、門奈計磨のパワーハラスメント審査を』


 ぱっとクルタが消えた。ち、と門奈計磨は舌打ちを繰り返し、ポケットから手を出す。


「何がパワハラだ。うちはブラックだって言っただろが、オウムは寝る時間だ」


 クルタがいなくなると、静かになった。空気が揺らぐ。膝をつきたくなった。どこか、現実で膝をつけば誰かが「どうしました?」と声を掛けてくれるかもしれない。でも、ここでは誰も助けてはくれないだろう。


 強烈な吐き気と、眩暈めまいが襲った。暁月優利の名前も忘れそうなくらい、感覚は透明だった。

 だから、気付いたのかも知れない。



 幽体の蜘蛛たちは、居る。

 ただ、視えないだけで居る。


 暁月優利は不可解な動きを思い出した。キャシーが背中を撃たれた。ならば、撃った者がいる。蜘蛛に隠れて、狙撃した誰かがいる。キャシーがいなければ、ジェミーは攻撃が出来ないからだ。


「門奈さん……まだ、時間、大丈夫、ですよね」


「俺が監督不行き届きの稟議出してやるよ。気分は?」


「すっげえ悪いです! でも、俺は、やられたらやり返すタイプなんです。それに、シューティングは得意なのでこのままにしたら、社員失格《退社》だと思うんです」


「――上等。責任とるから上司だ。宮辺のおやっさんの引き出しの電子印鑑《ID》は把握してるさ」


 クルタが消えたので、どのくらいが過ぎたのかは分からなかった。神経を研ぎ澄ませた。VRMMOの空気は、現実よりも澄んでいるし、感覚への訴えもちくいち丁寧だ。《《脳の具現化》》と云ってもいい。感じることだけの世界に於いて、脳だけで動き回っている。



 ここで、生きている。



 ――そんな実感をゲームの中で感じるなんて。


 ピザを焼いていても、考えた。


 ゲームしていても、ふっと現実に立ち戻るときがある。ここじゃない、どこか。自分はこの世界では失敗だった。もう取り返せないのだと思った。成績もそこそこ、地味でもないが、派手でもない。


「ヒロ、パックパックだ」と父親に与えられたゲームに夢中になっている間に、友人は彼女を作り、関係を持ち、進路を決めて、会社に憧れを抱いた。


 皆が通り過ぎる中、立ち止まってしまった。

 どこか、この世界でふわふわしている感覚は拭えなかった。



 でも、ここでなら。


「俺、この会社に入りたいです」



 門奈計磨は驚いた表情をしたが、すぐに男前の目つきに戻り、頷いた。


 脳裏は言葉にできないような鈍痛に襲われていた。鈍く、痛みのパルスが感覚を震わせる。精神を繋ぎ合わせたあの恐怖の瞬間を思い出して、逃げたくなる。

 暁月優利の目は、噴水に釘付けになった。風がないのに、たまに、揺れる。まるで何かを発信しているような微妙な揺れと、目に見えた僅かな電流の耀。


「門奈さん、あの噴水……本物の水ですか。光ってますけど」

「いや、ホログラムの投影だ。VGOでもあっただろう。――まさか」

「あの中のプログラムがおかしい気がします。電気を発してる」


 ――思えば色々な不思議なことがあった。「ヒロは勘がいいよな」と言われるような過去が。しかし、今はっきりとわかる。


 どうしてVGOに惹かれたのか。


「外部からの投影システムの乗っ取りか! 確かに、唯一……」


 話している最中に、堂園誠士の銃と、ジェミーの銃が同時に火を噴いた。刹那、背後でたくさんの部品が落ちる音。足元には役目を終えたテントウムシが散乱していた。


「気配、消えましたわね」

「門奈さん、ボーナス増えるよな?」


「俺は三人分の始末書かよ。もう、朝か。また気候システム、壊れてないだろうな」


 会話の中で、夜が明けようとしていた。人工の朝陽は眼球に辛い。目を閉じたところで、闇に引きずり込まれそうな奈落の感覚が優利を襲った。

 立っていられない。目が白目をむきそうになる。


『所属長、大河内李咲においての強権発動。脳神経VR離脱します』


 ――VRオフィス、キャッスルフロンティアKK……夜になると、ハッカーたちが狙ってくる……ああ、だから。



 ゆらりと流されていく。羊水の中で声が聞こえた。



『ねえ、必ず、見つけてね……?』

 廃墟の塔は遠ざかり、視えなくなった。


*****





『神経接続完了。脳内物質に少々の乱れがあり。呼吸、正常。脈拍は――』

『HMD、終了します』

『カプセルアンロック。責任者の網膜認証開始』


 色々な声がして、ゆっくりと目を開けると、瞼が重すぎて頭痛がした。横向きになれることに気が付いて顔を押し付ける。


「新人、頑張ったな。VRオフィスの研修は、どうだった?」


 カプセルの冷たい感触に、足元のお湯のあたたかさが引いて行く。呆然としたまま、顔を向けて、少し暗がりのある状態に気が付いた。

 ようやく見えて来たは、HMDを外し、心配そうに覗きこんでいる門奈計磨と、腕を組んでこちらを見ている大河内李咲課長。


 それに、変わらないがらんとした会社の内部に、スチール棚。目をぎょろつかせるも起き上がれず、優利はやっと唇を動かして見せる。


「クルタは……あの、蜘蛛たちは」

「堂園誠士と、双子の片割れが始末した。噴水の中のメインVR受動機の故障で、ハッカーに入り込まれたらしくて。修復をかけている。起き上がれないか。李咲、乱暴すぎない?」


「神経をぎりぎりまで引き絞ったからだけど、肉体に異常はないわよ。門奈計磨、あとはあんたの管轄ね、はい、預かっていたもの。あたしは帰るわよ」


 さばさばとした課長はカバンを振り回して部屋を出て行き、白衣を着こんだ門奈計磨と二人きりになった。


「……ほら、腕出して」


 カプセルに寝ころんだまま、右腕にチクりとした痛み。「心配すんな。俺は医者なの」と手早く注射を済ませると、門奈は白衣を揺らして立ち上がった。


「さすがに危険だと、李咲がヒロの神経を繋ぎ直してこっちに戻したんだ。だから言っただろ、うちはブラック企業だぜって」


 門奈計磨は告げると、「それでも、きみの能力は欲しいところだよ」とぼやく。


感覚超越者ヴァーチュアス・ゴドレスは、五万人に一人と言われている。訓練で身につくものではない。記憶、痛みの記憶、忘れたい胸の痛み、そういうものを的確に憶え、綺麗に脳に仕舞っている。だから、VRの情報で、きみはおそらく正確に視えていたのだろう。脳は大領域に繋がっている。《《全ての脳は宇宙のどこかの意識の海に繋がっていて、本来は誰もがアクセスできる》》はずが、キャップをつけられた」


「ああ、レベルアップするときのあのレベルキャップですか」

「我らの脳の進化を阻んだものがいるということが分かったからな。VRで知っただろう。感覚こそが全てなんだ。肉体がなければ神にもなれるさ」


 ――正直、門奈計磨の話は、突拍子もないし、聞いただけでは納得も理解も出来ないだろう。


 

でも、俺は視たんだ。たしかに、感覚を繋ぎ直し、脳ごと飛び込むVRの世界を。それはゲームでも、仮想でもない、現実であったヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインであったことを――……。




どうでしたでしょうか?まだまだ彼らのVRMMOは始まったばかりです。

引き続き第二部に入ります。


お読み頂き、ありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などもよろしくお願いいたします。

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