第20話《夜のVR戦闘員 堂園誠士、双子座見参》
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「そろそろ、チャイムが鳴る」門奈計磨が告げた瞬間、待ち構えていたように、終業のチャイムが鳴った。よく視ると、クルタのようなPAIを引き連れた社員がちらほら見える。
『クルタニフレタインダ、ね、クルタニフレタインダ』と何度も声を弾ませて繰り返すPAIにはにかみながら、優利は門奈を見上げた。門奈計磨は騎士のホロアバターを着ており、駆け付けた堂園も黒装束に動きやすそうなアバター……見ていて気が付いた。
この格好は――
「狙撃手ですか」
見れば、堂園誠士の身体にはいたるところに銃を下げたホルスターがついている。
「ああ、夜の警備が俺の仕事……門奈さん、ずぶの新人《若葉マーク》は帰せよ。ぶっ壊れてもしんねーぞ」
クルタがまた優利に視線を向けた。
「あんまり虐めると、PAIのほうが壊れそうだな」
門奈計磨風味の揶揄いに、ほっと気を緩める。門奈計磨は、そういう喋りをする人間だ。決して誰かを責めたりはしない。徹底した潔さで社員を魅了しているのも分かる。
「クルタ、心配しなくていいよ」
大きな眼を向けられて、(本当、胡桃に似てるんだよな)と思いつつ、正面を向いたが、どうも視線が定まらない。
『メディカルエマージェンシーを受信しました。滞在時間は残り二時間です』
いつもなら、半日くらいどうということはないが、やはりVRは感覚に負担を感じるのだろうか。VGOならいくらでも続けられるし、エナジードリンクで回復も出来るが、このめまいはそうもいかなそうだった。
「おい、邪魔してくれるなよ」
堂園はひね曲がった前髪を揺らして、優利を鋭い猟犬の目で睨む。ゲーマー同士が目が合うと、おのずと(こいつ、出来んな……!)という理由のない共鳴を感じることがあるが、堂園誠士はまさに、卓越者の雰囲気を持っていた。
「お手並み拝見しますよ」
「フン」
門奈計磨はやり取りに口は出さず、
「堂園誠士、キャシーにジェミー……大河内李咲はどんな情報を手にしたんだろう」
「大方、hack―βだろ。先日ボコボコにしてやったから、あの鳥たちは使えないだろうが」
「ハック、ベータって……」
「ハッカー集団だ。ここはVRだぞ。敵と言えばハッカーに決まってる。うちの国家機密を狙っての、異国のハッカーがやってくることがあってね。堂園誠士と……」
会話の途中で、ガシャン、と派手な音がして、『キケン』とクルタが舞い上がった。オウムは危機を察すると、空に逃げる。
「おまたせしましたわ。堂園さま」
「火薬を引っ張り出して来たの。任せてもよくってよ」
メイド服に、土管のような大きな銃器。一人では持てないらしく、キャシーが担ぎ上げ、ジェミーが焦点を合わせるスコープを固定している。
「な、なんでそんな物騒なものを! HoroscopeCaféのメイドが!」
「ウフフ、HoroscopeCaféの従業員は、全員戦闘員ですのよ。暁月さ・ま」
ぽよんと揺れるぎりぎりチョップの胸元から目を逸らしながら、優利は頬を熱くした。迫っているのは、キャシーのほうだ。
ジェミーは暁月優利自体に興味はなさそうに見えた。
「堂園様、援護いたします」
「――っしゃ、最強狙撃パーティでぶった切る。おい、新人。そこでPAIとポイント計算でもするか、とっとと感覚ぶった切って帰れ」
堂園誠士は告げた。
「夜のVRは戦争だ。サバゲ―とは違う。モロに感覚に来る。音響系は使わないでやるが、閃光と、爆音、硝煙は勘弁しろ。門奈さん、あんた、責任問題になっても知らねーぞ」
「大河内李咲の命令だからな。この新人に全てを見せろと」
大河内李咲……確か課長だと名乗った、女子プロ顔負けの強そうな女性だった。黒髪で、おっぱいも大きくて、目つきは狐のように鋭い。
「李咲ァ? ……なに、こいつはVRで無双するとかそういうヤツ?」
「感覚超越者だ。何しろ、半日ゲームしていて、神経がぶれない。電磁波は常人の20倍。それでいて、普通に生活している。ブルーライトもお手上げだったし、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインに至っては、運営の警告を無視すること20回。一瞬ツーラーかと思ったが、こいつ一人でコツコツVGOの実装前まで来やがった」
ツーラーとは、ツールを使って、さくさくズルをするゲーマーである。言い返そうとしたところで、堂園誠士がそのものずばり、ぼそりと告げた。
「――ただの真面目なゲーヲタじゃねーか」
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