第18話《リモート・ビジネスVR警備業務》
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『マージデー? マージデー?』クルタがご機嫌に、先ほどの優利のすっとんきょうな言葉を繰り返した。
「名前が気に入ったみたいだな。PAIでも、やっぱり嬉しいのか」
ご機嫌のクルタを横目にしながら、VRでカレーを食べる。ちゃんと身体にしみわたって、しかも、辛さがとても心地いい。そこで飲む水はまるで待ち構えていたかのように、喉を潤し、体内に浸み込んで行った。
「水がこんなに美味しいなんて」
聞いていたキャシーがくすっと肩を竦めるように笑う。お嬢様喋りのほうが、ジェミーで、キャシーは少々くだけた話し方や、態度を見せる。
よく視ると、双子でも少しばかり印象が違った。
「このCaféには、自動判別装置がついていて、普通なら、同じ星座の担当が接客するんだ。きみはたまたま双子座だったけど、偶然だ」
また寝息を立てた堂園誠士の上に、クルタが止まった。
『昼休みは終了していますが……門奈主任』
申し訳なさそうに門奈計磨におずおずと告げて、頭をぐるんと回して、きっ、となった。
『怠慢は、本社管理上長に通知されます。PAIとして看過できません』
「それもそうか」
上長の言葉で、門奈はカレー皿を持ち上げ、かかかっと平らげた。
「よし、行くか。今日はおごってやる。あと、今日の料理はおいしかったが、明日も美味しいとは限らない。脳の感じ方の問題だからな。VRはそもそも脳の洗脳と云ってもいい。現実の感覚を繋ぎ直しただろ。少しずつずれることもあるわけさ」
最後の一口を終えて、優利はスプーンを置いた。食べ物を摂れば、疲労が回復する。ゲームで言う疲労回復アンプルのようなものだ。
考えれば、VRMMO然り、RPG然り、HPとライフと、MPは欠かせない。それはそのまま「肉体」と「命」と「心」に繋がる。やはりゲームは人の何たるかを表し、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは最も人の生態に近いゲームな気がした。
『暁月優利の精神疲労値が下がりました。滞在可能時間はあと5時間です』
クルタの言葉に被るように、ジェミーが「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げてくれた。「うん、美味しい料理でした」一言添えて、よく視ると、ピアスが双子座マーク。指輪も、双子座マーク。
『ジェミーの記録が書き換えられました』
――うん? 何が書き替えられたのだろう。疑問に思う前で、門奈が腕輪を翳して天引きアクセスで支払ってくれた。
『また来てくださいね。堂園さまは、どうしましょう』
窓辺で臥せっている堂園を見て「いい、そのうち起きるだろう」と門奈はぼやいた。
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VRオフィスとは言えど、社内ではなく、外のマップに近い。公園では平然と打ち合わせが行われているようだが、声が届かない。
「秘匿回線だ。聞こえるとまずい企画会議の時に、乱数を使い捨てる許可しているよ。VRの中だが、ほとんど現実と変わらない。だから、シーサイトもVRに移ったわけだが」
説明をしながら、門奈計磨は、次なる建物に優利を誘った。ビルのように見える。
「ここは監視センター。サーバと、自宅営業を見ることが出来る。ホールへ行こう。優利ほどの動体視力なら、問題ないだろうが、360度の画面スクリーンだ、少々疲れる」
ふよふよとテントウムシが飛んでいた。しかし、テントウムシはみな背中に小さな記憶端子を背負っている。
「監視システムの末端装置だよ。腕輪に文字が浮かんでいるだろう」
見れば文字が浮かび上がり、コードのマークが点滅していた。
「それが、IDだ。五分毎に変わる。ではその文字を、電子板に向けてみろ」
「こうですか」
言われた通りに翳すと、文字はまるでばらされた古代文字のように暗号化されて、板に貼りついた。
『認証しました。警備フロアへの立ち入りを許可します。キャッスルフロンティアKK』
「ありがとう、クルタ」
クルタは驚いてじーっと優利を見やり、「ん」と翼を出してきた。指先で触れると、握手のように翼をふよふよと動かす。
「おお、PAIが仲良くなりたがるなんて、初めてみた。そうなんだよな、優利はどこか、構ってやりたくなるんだ。ほんの二か月だ、仲良くやるに越したことはない」
なんとなくの和解を済ませると、優利は丸い模様がひたすら書かれている床を進んだ。
そこには、たくさんの社員のデータと、勤務状況が克明に映し出されていた。
「この画面の、緑色のランプが、リモート・ビジネス。つまりは《《自宅勤務中》》だ。赤がVR勤務中。黄色がターゲットなのだが、ARは知っている?」
優利は首を振った。「まあ、見ていて」と門奈計磨はズラリと並んだキーボードに手を置く。
『ARとは、拡張現実です。光学を使っての、実際の映像にデジタルの情報を重ね、表現します。とても複雑化をしていて、一度感動シーンを構築し、情報をしっかりと識別、その上でデータを表示します。まだ開発が終わっていません』
説明の合間に、門奈計磨は両手でキーボードを叩き。3Dの画像シアターの前に優利を呼んだ。それはOHRのような投影型とは違う。
黄色のランプに焦点の十字マークが当てられた。「よし、行け!」と門奈計磨は勢いよくキーボードのエンターを押す。
数台のパトカーが空間を飛び越え、対象のデータに向かって行った。たちまちランプは緑に戻るが、すぐ横の数値は著しく下がって行った。
「なんですか、今の」
「リモートでサボって通販VR中。ここはそういう輩を検挙する部屋でね。自宅での勤務は勤務だ。合間にゲームとかやっていると、ここで感知し次第、減俸になる。自動化の稟議が通らないので、ここで時折みて、黄色のクエスチョンになっていたら、検挙する」
――なるほど、警備業務……。どうやらコツがあるらしく、向かわせた瞬間に緑になり、パトカーはUターンで帰って来た。
ARのパトカーを何台向かわせればいいか、タイミングは、などまだまだ学ぶことがありそうだ。攻略noteを創ろう、と思った――。
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