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第16話《脳同期・人々は脳と脳で繋がれる?》

***脳同期……ブレイン・シンクロニティ。



 すっかりオウムのクルミを怒らせたところで、優利は、門奈計磨と少々会話をしたくなった。だんだんと視界も慣れて来て、風景がよく視えるようになってきた。


綺麗な世界(エリュシオン)ですね」

「人の感覚ナーヴの世界の具現化だからな。クルミって誰」


 一番聞かれたくない部分を遠慮なく聞き返されて、優利はむっつりと黙り込んだ後、青色のなったオウムのクルミをちらりと見た。


「性別、間違えたんですが、一応彼女の白幡胡桃です」

「え? きみ、重度のゲーム依存症(ゲーヲタ)なのに、彼女とコミュニケーション取れるの?それはあまりにもずるくないか?」

「ねこやしきを通してですが」


 門奈計磨は「そうか」と一言告げると、「よろしくな、クルミ」とオウムの頭を突いた。次いで優利が触れようとしたら、『接触は癒着です。これから僕は厳しく査定をすることにします』と冷たく返された。


「このオウム、依怙贔屓えこひいきしてきます」

「撃つからだろ」


 呆れた門奈計磨に言い返す。優利には、兄がいたらしいが、幼少に死んだ。まるで門奈計磨は兄貴のように思えて、懐きたくなる。


「でも、そういう時ありませんか? チュートリアルで喋っている動物にまず切りかかってみたりとか」

「ああ、ある。ちなみに俺のMONAは巧く撃つと、スカートがめくれ上がる。その後強烈な廻し蹴りのプログラム入りだ。運営に逆らうと、怖いよ?」


 笑えない脅しの揶揄いの合間に、また光り輝く人が通った。


「この世界には病気も、争いもないんですね。肉体がないから、脳だけで楽しんでいる。でも、このひとたち、全員あっちの世界で生活しているのに、ストップしてここに来ているわけですよね。それが不思議です」


 普通、人間は朝起きて、活動し、食事を摂り、身体を洗って、やがては寝る。大変にシンプルだ。しかし、VRオフィスの人たちは活動時間を費やして、VR世界にいる理由になる。


「――リモート・ビジネスだからな。当初は自宅ビジネスと云って、自宅でアバターをPC内に出勤させるところから、始まったんだ。しかし、脳同期ブレイン・シンクロニティの技術が開発されて、人々は脳と脳で繋がれるようになった。よくいう虫の勘、直観、悪い虫の知らせ、ふとした時の既視感デジャヴ。そういった脳現象も全て明るみになり、脳内のMDI再生機能が発見された。人が脳の能力を最大限使うには、肉体は不要。それが我が社の結論だったな」


 ――ただのゲーム会社の域を超えている。クルミはうんうんと頷き、「おめーとはレベル違うんだよ」とでも言いたそうに優利をじろっと睨んでいた。


「そうか、それでVRMMOは進化したんですね。古来の研究者は「死ぬ必要がある」と言っていたけど、この人たちは外で生きているんですよね。俺もそうですが」

「――疲れないか」


 勤務時計を見ると、滞在可能時間と、脳の疲労値がくっきりと浮かび上がっていた。滞在可能時間十時間が7時間になってしまっている。疲れていないと言えば、疲れていないが、疲れた、という感覚とは別の感覚が優利を襲った。


「エナジードリンク切れたっぽいです」

「単純に空腹だからだ。脳のきみが「食事」を摂ろうとしないと、あっちの暁月優利も食事をしないから、疲労ストレスがたまる。脳内と外は繋がっているんだ。ちょうどいい。そろそろ昼休み休憩だから、とっておきの店へ行こう」

「VRですよ、ここは」


 しかし、門奈計磨の言う通り、だんだん空腹を憶えて来た。空腹になると身体に力が入らなくて、脳に糖分も行きわたらない。胃が痛くなったり、頭痛が酷くなったりする。


「だーから、あっちの暁月優利に栄養注入するには、脳内のきみが食事をしないと。ちょうどいい。面白い場所があるから、とりあえず休憩にするか。午後から勤務についてもらいたいし」


 連れられてやって来たのは大きな噴水公園を横切って、西区と呼ばれる場所のカフェだった。やたらに乙女チックで、白いトラットリアの風体をしている。胡桃が好きそうな英国風のスコーンや、紅茶、それに美味しそうなサンドイッチにサバサンドというオープンカフェならではのメニューが勢ぞろいしている。


『Horoscope Café』


 歩いていても、違和感がない。この上、珈琲やサンドイッチも食べられるVRMMOなんて聞いたこともない。


「ここも社員だ。おーい、シーサイトの見回りだぞ」


「あ、門奈ちゃんだ――」

「門奈ちゃん!」


 カウンターでおしゃべりをしていた、ボブ・カットの少女と、トレイを両手で抱えて談笑をしていた二人が優利と計磨に気が付いた。


「え? その子、見たことなぁい――」

「うちの新人、有望だぜ。窓際開いてる? 俺、カレーライス。ヒロは?」

 いきなりファーストネームで呼ばれて、優利は慌てて向き直った。


「あ、俺も同じでいいです」


 VRでカレーライス。

 違和感しかない。


 ――ここで、食事をしたとして、その後は……考えていたら、トイレに行きたくなった。VRなのに!


「すいません、門奈さん。俺、ちゃんとトイレに行きたくなるんですが」

「カプセルに入って三時間だろ。不思議はないし、ああ、双子ちゃん、ちょうどいいから、こいつにDT値の測定協力して貰って」


「はーい」


 メイド姿で、猫耳のカチューシャをかぶっているほうは『双子』黒髪のボブカットは『獅子』それにカウンターの中で物静かにテーブルを拭いているが、『蠍』。そのカウンターの端っこで寝ている男……。

 現実で窓際で寝ていた男とよく似ていた。


「あのひと、VRでも寝てるんですが。どれだけ眠りが深いんですか」

「堂園誠士。夜勤だから、気にしないでいい」


 会話の途中で、『双子』ちゃんが呼びに来た。



「トイレにご案内しまーす」



 変哲もないトイレだった。ほっとして「ありがとう」と不思議な心地で、準備をしていた途端、四面の壁が消えて、宇宙空間になった。一瞬足を離してしまうほどの銀河系の真ん中に、暁月優利は立っている。


 安らかな音楽、静かなる宇宙空間。ああ、俺は宇宙の一握りの塵芥だ。ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインで人を押しのけていても、それはとても悲しいこと。


 世界はひとつ、みんな、同じ。

 世界はみんなで愛して行こう。

 Die Welt ist eine, alle sind gleich.Lasst uns alle die Welt lieben.


『暁月優利のデトックス安定値は通常よりも下回っています。ストレスはありませんか? 会社は楽しいですか。DT値が安定しました』


「門奈さんっ!!!!」


 優利が大慌てでトイレを飛び出したは言うまでもない。『器物破損レベル2。HoroscopeCaféのトイレのドア、二ミリほど軋み。給与ポイントに影響します』


うるさいオウムだ。

お読み頂き、ありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などもよろしくお願いいたします。

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