第7話 樋口さんとお寿司1
もうすぐ夏休み、その前に期末テスト。夏祭りとかどうしようかな、樋口さんを誘ってみる? 汗ばむ制服のシャツにパタパタと空気を入れながら、ぼんやり悩む。
付き合ってないのに誘うっておかしいのかな、順番って分からないし、そもそも樋口さんとは隣同士なだけ、ボクってどう思われてるのだろう。ボクも樋口さんをどう思ってるのかな。
切りっぱなし黒髪ボブヘアでサイドを耳にかけた樋口さんは無表情のままボクを黙って待っている。
大人も惹かれる、謎の綺麗と思わせる雰囲気。なんにでも興味を惹く彼女が、笑っているところを見たことがない。
当の本人は楽しいと言う。なんとなく程度に感じるけど、笑わないから、分かりにくい。
「トラさん?」
「なんでもない。帰ろっか」
ボクと樋口さんは帰ろうと、教室から廊下に出た。
「ねぇねぇ日向さん、バレーに興味ない? よかったら見学においでよ」
すると長い茶髪を二つ結びした背の高い日向さんが、バレー部の子達に声をかけられている。
「あ……あの、えっと、考えて、みます」
自信なさげに呟いた日向さん。バレー部の女達が立ち去った後、眉を下げて小さく息を吐く。
「あーいたいた日向さん、バスケ部の見学なんだけどー」
今度は女子バスケの皆にも声をかけられているが、日向さんは同じ言葉を呟く。
「明日には返事きかせて」
急がすような口調に、日向さんは控えめに頷いた。
この高校はこれといった強豪の部活はなく、みんな平均程度。日向さんは身長が高いせいか、よく運動部に勧誘されているのを見かける。
大人しいし、声小さいし、あまり社交的じゃない日向さんは俯いてしまう。
樋口さんは切りっぱなし黒髪ボブヘアを揺らし、前に進み、ゆっくりと顔を上げた。
「日向さん」
「……あ、樋口さん」
「運動部に興味がありますか?」
「い、いえ、あまり、そのぉ、運動は苦手です」
日向さんは真下に目を向けて、小さく本音を零した。
「断わりましょう、日向さん。入りません、ごめんなさいって言うだけです」
「でも、言えなくて……わたし、みんなの目が怖くて」
ボクもあんなに迫られたら断りにくいかも。
「そうですか、それなら私が一緒に断りましょう。トラさんも二階堂さんも日向さんの味方です」
「ひ、樋口さん……ありがとうございます」
日向さんは柔らかい太陽のような笑顔を浮かべて、樋口さんに感謝をする。
ちゃっかり二階堂君も巻き込まれてるけど、味方になってくれるはず。
「では、お寿司を食べに行きましょう」
「ん?」
この流れで寿司を食べようとはならない気がするよ、樋口さん。
「え、お寿司、ですか?」
戸惑う日向さん。そりゃそうだ。慣れてるはずのボクも未だに戸惑う。
「早速、樋口家に来てください。トラさんも」
「え、えっ?!」
樋口さんの家に? ボクも入っていいの?
「この前のお礼も兼ねて……握ります」
ぐっと握りこぶしを作る樋口さん。やる気を感じたけど、そこに笑顔が生まれる要素はなかった。