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第3話 樋口さんを探せ

 教室、ボクの席に薄く広い本が置いてあった。絵本のような紙質。一体これは、誰が置いたのかな。間違えたのかな。

「トラ何やってんの?」

 声だけだと女子か男子か混乱する。ボクの前にやってきたのは二階堂君。細目で、どんな時もまるでサモエドスマイル。

「知らない本が置いてあって、誰か間違えて置いたのかなぁって」

「へー名前書いてないの?」

 二階堂君が真っ白な表紙を捲り、見開きを二人で覗いた。

 英語で『Where's Higuchi?』と書かれている。

 もう一枚捲れば、たくさんの人が町中に入り組む手書きイラストで、なんとなく察してしまう。

 毎度のことながら色々細かく、何故か大がかり。

 教室を見回しても、樋口さんの姿はない。今昼休憩だから購買に行ってるか、謎なことをしているか。実際、手元にあるこの本が謎なんだけど。

「樋口の私物だね、机に返しとく?」

 二階堂君は深く突っ込まずにページを閉ざした。

「その前にちょっと探してみよっかな」

 ボクの席に置いたってことは、そういうことだろう。

「そう? じゃあ暇だし俺も手伝う」

 ボクと二階堂君は机を挟んで対面するように座る。改めて二ページ目を開けた。

 ぎっしりと描かれた人間、本家とよく似たイラスト、無表情の人々が町中を歩いている。これだけ無表情ばかりだと逆に不気味だ。

 ヒントの場所に樋口さんの制服姿が描かれ、何故か焼き鳥を食べ歩き。

「マジで本物みたい、樋口ってやっぱおもしろいね」

 おもしろいって、褒めてるのかな?

「う、うーん」

「それでいて綺麗で、勉強もできる」

 ボクは黙って頷いた。切りっぱなしの黒髪ボブヘアでサイドを耳にかけている樋口さんが思い浮かぶ。

 二階堂君はペンケースから赤ペンを取り出し、

「いいよねトラは、樋口と家が隣で、毎日一緒に登下校して、俺もそういう学校生活してみたいなー」

 徐にページへ小さな円を描いた。

「え……あっ」

 二階堂君が丸をつけた場所に目を凝らすと、町の通りを歩きながら焼き鳥を食べている制服姿の樋口さんがいた。

 細目を少し大きく開眼させて、

「俺の勝ち、俺の方が樋口のこと見てるのかもね。なーんて」

 いつの間にか始まっていた勝負は気付かぬうちに、ボクが負けていた。

 二階堂君が、樋口さんのことを見てる? そんなこと今まで、もしかして二階堂君は……。

「なに本気の目してるの? 冗談だよトラ。人の恋路の邪魔なんてしないさ」

 その言葉にボクの胸はホッと、あれ、どうしてだろう。

「こ、こっ?!」

 遅れて焦りというか、恥ずかしさで顔が熱くなってきた。

「ほらほら、休憩が終わる前に本物の樋口を探しておいで」

 二階堂君は前列の席に戻ってしまう。もしかしてボク、遊ばれてる? ボクは本を持って、教室から出て、樋口さんがいそうな場所を当たる。

 購買にはもう誰もいない。昇降口にもいない。職員室には滅多に立ち寄らないし、屋上は施錠されてるから入れない。

 本の中で樋口さんを見つけられなくて、現実でも狭い校舎で樋口さんを見つけられないなんて、なんだか空しくなってきた。

 教室に戻ろう……。

 猫背になっていく気分、ボクは何気なしに昇降口から正門に顔を向けた。

 悠々とレジ袋を片手に持って歩いている。次第にボクの瞳孔は大きくなる。

 切りっぱなし黒髪ボブヘア、サイドを耳にかけたスタイルで無表情を貫く端正な顔立ち。

 見つけた、見つけたけど、なんで校舎の外に出たの。

 下駄箱で靴を履き替えた後、樋口さんは、

「こんにちは、トラさん」

 お辞儀をしてくれた。ボクはいつものようにつられてお辞儀。

「ど、どこに行ってたの? もしかしてコンビニ?」

 樋口さんは静かにレジ袋から紙で包まれた細長い棒を取り出した。開け口に貼られたテープを外し、現れたのは、塩味の焼き鳥。

 小さな口で焼き鳥を食べ始めた。

「焼き鳥買いに行ってたの!? そんなことまで再現しなくていいよ!」

 さっきまで探していた樋口さんお手製パロディ本が頭に過ぎってしまう。

 ボクが片手に持っている本を漆黒の瞳に映した樋口さんは、もぐもぐ、と、口と顎を動かして飲み込んだ後にボクを吸い込むように見た。

「見つかりましたか?」

 見つけたのは二階堂君だった、ボクは控えめに頷く。

「うん……でも二階堂君が先に見つけちゃって。あと、返そうと思って探してた」

 樋口さんはレジ袋からもう一個、包まれた焼き鳥を取り出し、ボクに差し出す。

「おめでとうございます。これは、賞品です」

「え、あ、ありがとう」

 ボクは焼き鳥を受け取って、代わりに本を返して、樋口さんと並んで教室に戻る。

 前列の席について、スマホを弄っている二階堂君が手を振ってボク達を迎える。

 細目がまた少し開いた。

「ふぅん、絵と一緒じゃん」

「?」

 樋口さんは二階堂君にもお辞儀をして、何も言わずに真ん中の席についてしまう。

 クラスの皆は、樋口さんが焼き鳥を食べていることに突っ込まなければ、気にもしない。

「本当に樋口しか見てないねー」

「え、え、何の話なの? どゆこと? 焼き鳥のこと?」

「ほーら、早くその焼き鳥食べないとチャイム鳴るよ」

 結局二階堂君の言ってることが分からなくて、謎のまま急いで塩味の焼き鳥を食べることに……。

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