第3章~財布の中身を全部出すも(第1部完)
ここで、直之君が晴美さんに言いました。
「何なの、あの翔子って子は!」
「会費も払わないでブチ切れて帰るなんてイカれてるんじゃないの!」
「早く恵美さんから翔子さんの携帯番号を聞いて会費を払うように連絡してよ!」
…と、捲し立てたものの、何度かけても翔子さんは携帯電話に出ません。
それどころか、途中で携帯電話の電源を切られたようでした。
ここで困ったのは、会費をどう払うかでした。
会費については4000円のコースだったので、4000円+電車賃+αの、5500円位持ってくればいいと、秀明君から聞かされていました。
皆さんそれぐらいの金額しか持ってきていないのでは?
と、思いました。
宴会コースの範囲内だったら、4000円×8人=32000円でしたが、1人帰ったから32000円÷7人=約4572円になりますが、払えない金額ではありませんでした。
しかし、今回の飲み代は真っ先に帰った翔子さんが、調子に乗ってコース外の高いお酒をけっこう頼んでいたので、1人5000円弱まで会費が膨れ上がってしまっていたのです…。
1人の持ち金が電車賃を含めて5500円だったとすると、5500円×7人でその全てをはたいても概算で38500円、実際の請求額は40000円弱と若干ですが足りません…。
しかし、その後分かったのですが、女性メンバーの晴美さん、恵美さん、奈江さんは、実際の持ち金が平均5000円しかありませんでした。(合計15000円)
そうなると、男性側のメンバーの持ち金は?という話しになりますが、秀明君、直之君、洋一君、それとぼくは、それぞれ平均5500円しか持っていなかったのです。(合計22000円)
概算の持ち金は38500円でしたが、実際の持ち金は15000円+22000円で、37000円しかありませんでした。
そこで直之君は、
「精算は後で何とかするから、誰かATMに駆け込めないか?」
…という話しになりました。
今の時代であれば、ATMの残高さえあれば時間的には何の問題も無いのですが、その当時はだいたいどこのATMも午後7時には終わってしまっていたので、結局その線も断たれてしまいました…。
すると、店員さんが、
「失礼します」
「会計の時間になりましたのでお願いします」
「料金は39730円です」
と、言って伝票を置いていきました。
そこで、堪り兼ねた直之君が言いました。
「会計で足りない3000円位を、この店で皿洗いでもさせてくれないかな?」
と、言うと、洋一君も、
「それならば俺も付き合うよ」
「ただ、お店の方が何て言うかだけど…」
そこで、今まで黙っていた恵美さんが、
「最悪、食い逃げ扱いで通報されるかも…」
と、言うと、奈江さんが、
「そうなったら、もう私達帰れないんじゃない?」
と、言うなり、肩を落とすと、
張りつめた空気の中で、遂には晴美さんは泣き出してしまいました。
「…うっうっ、…ゴ…ゴメン…ね………」
…と、言いながら、
「…さ…皿洗いなら私がやるから、皆さんは帰って下さい…」
とは、言われたものの、あり金を全部はたいたら電車賃も無いのにこれからどうしたものか…。
何時間も歩いて帰るしかないのかな…。
まあ、もうどのみちダメかぁ…。
と、思っていると、直後に秀明君がガクッと頭を垂れました。
ぼくもそれを見て、前のめりに俯きました。
すると、ぼくの着ていた薄手のジャンパーの胸の辺りで、
「クシャッ」
と、小さな音がしました。
「んんっ?何だろう?」
ジャンパーの胸ポケットを探ると、
何と!ぼくが一昨日に日払いのバイトをした時の封筒が入っていたのです!
ぼくは興奮しながら、
「皆さん!今日はちゃんと帰れますよ!」
と、言って胸ポケットから封筒を出しました。
開けてみると8000円入っていました。
これで持ち金が一気に、37000円+8000円で45000円になりました!
バイトの日当を胸ポケットに入れたままにしていたのが、結果的には本当に助かりました。
45000円から39730円を引いた金額の5270円を、帰りの電車賃に充てました。
片道運賃、1人平均752円以内なら帰れる計算だったので、充分足りました。
しかし、今回の責任を感じた晴美さんは、泣きながら何度も何度も皆に謝罪をしました。
そして、晴美さんが翔子さんの会費を後日秀明君に支払って、それをぼくが秀明君から受け取るという事で決着になりました。
皆さんにとって、かなり後味が悪い合コンでしたが、窮地で支払いを済ませる事が出来たので、最後に皆さんはぼくに深々と頭を下げお礼を言いながら帰って行きました。
昔の合コンで、まだ皆があまりお金を持っていない時に、1人の女性から食い逃げされた時の思い出です。