第3章~あと30分の喜びと悲しみ(第4部完)
諦めかけたその時に、秀明君の携帯電話が鳴りました。
「えっ、うん、うん、マジで!」
「分かった、じゃあ向かうよ」
電話は直之君からで、どうやらお店を見つけたようでした。
「ここから3分位行った所のお店の前に、直之君が待ってるからすぐに来てってさ」
「おおっ!地獄で仏ってこの事だよな~」
「とにかく早く向かおうよ」
「うん!これで加奈恵ちゃんの機嫌も良くなるね」
「すいません…いろいろありがとうございます」
「もうダメだと思っていたのに良かったですね」
少し浮かれ気分で話しながら歩いていると、5メートル位先に直之君が見えました。
「こっちこっち!早く来てよ」
直之君からそう言われ、お店の前に集まりました。
「このお店で30分後に9人席が空くんだって!」
「マジで!ラッキーじゃん」
「それは良かったわ」
「諦めずに探してみるものね」
皆が口々に言うと、
「それで、お店の人が今すぐ予約をすれば19時から入れるって言うんだ」
「17時~2時間コースのお客さんの後が1テーブル空くんだって」
「前のお客さんが実質1時間50分位で終わるから、俺が幹事じゃないけど予約していい?」
「当然!でもそれは俺がやっとくよ」
と、秀明君が言うと、予約を入れにお店の中に入って行きました。
「あの~、あと30分何をして待ちますか?」
「コンビニで立ち読みしていればすぐだよ」
「それもそうね」
「私もそれでいいわ」
「でも、コンビニで8人で立ち読みしていたら迷惑だから、右側のお店と左側のお店に半々で分かれますか」
「OK!軽くだったら何か食べててもいいよ」
当時のコンビニは、雑誌に立ち読み防止シートとかテープが付いていなかったので、立ち読みをしている人がよくいたのです。
男女2人づつ2店舗に分かれ、立ち読みをする為にコンビニに入ろうとしました。
すると、コンビニの前で栞さんが大声で叫びました。
「冗談じゃないわ!30分なんて待てない」
そう言うと、すぐ隣の居酒屋に入りました。
「すいません、今から8人で入れますか?」
「申し訳ございません、今日はずっと満席なんですよ」
それを聞くと栞さんは、
「私、もう帰る!」
と、言って、駅の方に走って行ってしまったのです。
「ちょっと栞!待ちなさいよ!」
加奈恵さんが叫びましたが、無視して行ってしまいました。
「ごめん…私、栞を追いかけないと」
と、言って、加奈恵さんも駅の方に走って行ってしまいました。
葉子さんと愛子さんも申し訳なさそうに、
「私達も帰るね…」
と、言って駅の方に走って行きました。
その間、ほんの数分でした…。
ぼくらが呆気に取られていると、秀明君が戻って来ました。
「あれっ?女性の皆さんはどこに行ったの?」
「それが…栞さんが30分も待てないって叫んでから、駅の方に向かって走って帰っちゃったよ」
「えっ、マジで!」
「それで、栞さんを追うように女性全員走って帰って行ったよ」
「それはマズいよ!お店の人は今必死で準備しているのに…」
「とにかくすぐにキャンセルだ!」
と、叫んで慌ててお店に戻って行きました。
「本当にごめんなさい、連れに急用が出来たんで9人席をキャンセルして下さい」
用件だけを早口で伝えると、秀明君も駅の方に走って行ってしまいました。
「おいおい、今から駅に向かって走ったって絶対会えないだろ!」
「本当だよ、俺ら4人でこの店に入れば良かったのに…」
「完全に取り残されたな…」
「最初からこの合コンは無理だと思ったよ…」
「でも、お店はあっただろ?」
「そこまではいい感じだったけどね」
「結局、30分の待ち時間が苦痛だったって事だろ」
「でも、この期に及んで、すぐにお店に入れなきゃ納得出来ないとか我がまま過ぎるだろ!」
「せっかく信行君が2駅先にある空いているお店を探してくれたのにね」
「その苦労も無駄だったよ…」
「今日は男女共に幹事が総崩れだよ」
愚痴を言い合ったものの、虚しいだけでした。
街並みには、クリスマスの装飾があふれ、キラキラと輝いていましたが、3人の心は暗黒の世界の様でした。
その後、信行君が力なく、
「じゃあ、俺も帰るよ…」
と、言って駅の方に歩いて行きました。
直之君は、やりきれない表情で、
「せっかく何軒もお店を回ったのにな…」
と、呟いた後、
「俺はケーキでも買って家で食べるよ…」
と、言って帰って行きました。
ぼくはこの時かなりお腹が空いていました。
「せっかく横浜に来たんだから何か無いかな?」
「でも、街中のお店はどこも混んでいるしな…」
横浜駅に行くと、崎陽軒のシウマイ弁当のお店が目に付きました。
そこで、シウマイ弁当とお茶を買って、横須賀線の東京方面のホームのベンチで、寒い中黙々と食べたのを覚えています。
「あぁ、ぼくもケーキを買って家で食べれば良かったかな…」
と、思いながら電車に乗って帰りました。
昔、クリスマスイブの日に横浜駅近くの合コンに誘われた時、女性側幹事がお店の予約をしなかった為、当日皆でお店を探してあと30分で入店出来るという時に、女性メンバー全員から走って帰られた時の思い出です。