第3章~もう人は集められない(第3部完)
「仕方がない…とにかく俺らだけでもお店に行くか」
足取りが重くワインが売りの店に行くと、洋一君が店員さんに言いました。
「すいません、昨日8人掛けの席で予約をした者ですが、ついさっき急用で4人来られないって言われちゃったので、4人掛けの席に変更出来ますか?」
すると、さっきまで笑顔だった50才位の店員の方が、
「困るんだよね、もう人数を見越して仕入ちゃったんだよね」
「すいません、急な用事とかで近くまで来ていたのに帰っちゃったんです」
「おたくさんの事は知らないけどこっちだって急に言われたし、8人席のお客さんを1件入れられたし大損なんだよ!」
「本当に申し訳ありません…」
「4人分は当日キャンセルだし、迷惑かけてるのは分かるよね!」
「はい、分かっています」
「今からでも何人か集められないの?」
「出来ればそうしたいのですが…」
洋一君の歯切れの悪い返答に、痺れを切らしてぼくが言いました。
「本当は、さっき女性4人から合コンをすっぽかされたんですよ」
「それも近くまで来ていたのに、遠目でぼく達を偵察した後、合コン相手に値しないと判断したっていうメール一通だけでドタキャンしたんです」
「えっ、そうなの?」
「すいません、来なかった女性の分は多目に注文しますので…」
洋一君がそう言うと、男性メンバー全員が深々と頭を下げました。
すると、店員の方は優しく慰めてくれました。
「そりゃあ大変だったな、わざとじゃないならしょうがないよな」
「あれだったら、8人掛けの席も遠慮なく使ってよ」
と、言ってくれました。
「本当にご迷惑をかけてすいません、キャンセル料はいくらですか?」
「いいって事よ!そんな状態でも店に来てくれただけでも有難いよ」
「まあ、とにかく入って入って」
思ったより広い席に通されると、何か複雑な気持ちでした。
それでも、酒の席が始まると皆で先程の一件をネタに話し出しました。
「それにしても、俺らそんなにダメダメっだったかな」
「あれか?もしかしてこの中の誰かが偵察に気付いて逃げられたとか」
「いやいや、最初は偵察されていたなんて分からなかっただろ」
「偵察が最大で3人いたとして、どこから見ていたんだろう?」
「逆の立場だったら、真正面には行かないだろうな」
「そういえば、案内板に隠れながらずっとこっちを見ていた黒いサファリハットの女の人がいたな」
「サファリハットって何だよ」
「ツバの長い帽子で顔が半分は隠れるやつだよ」
「あれは、どう見ても偵察の人だよ」
「やっぱそう思う?俺も何か怪しいなって思ってたよ」
「だって、白いフワフワのワンピースに黒いサファリハットってかなり浮いていたからね」
それから10分位飲み食いしていると、
「あっ、俺あと1人ならどこにいたか分かったよ」
と、洋一君が言いました。
「マジで!けっこう見回したけど分からなかったけど…」
と、ぼくが言うと、
「どこだと思う?」
と、皆に聞いてきました。
「まさか、正面の立ち食いそば屋から食べながら見ていたとか?」
「はい正解…ってそんな訳あるかよ!」
「じゃあ、どこにいたんだろう?」
「お前ら近過ぎて分かんなかったと思うけど、宏一君のすぐ隣に待ち合わせのふりをして紺色のスーツを着ていた女性がいただろ」
「うん、確かにいたなあ」
「その人が携帯電話をいじりながらこっちをチラチラ見ているんで、声を掛けようと思ったらその直後に顔を前に向けて並んでいて下さいってメールが来たんだよ」
「それで、前の方を向いたら次に見た時にはその人はいなかったんだよ」
「偵察がバレそうになったからだね」
「あの時はおかしいと思ったんだよな…」
この日は男性だけの飲み会になってしまいましたが、相手の女性の態度を考えると寧ろ来ない方が良かったのかもしれません。
ただ、完全にバカにされた感は払拭されませんでした。
今後気を付けるとしたら、よく分からない要求が連続で来たら、あえて従わないといったところでしょうか。
ぼくの元同僚の宏一君が折角来てくれたのに、こんな事になってしまったので皆で謝罪しました。
昔、駅の改札外で女性メンバーの偵察の目に適わず、合コンをすっぽかされた時の思い出です。