昔の彼女の最高に可愛いアレ[3分で読めるインスタント恋愛小説]
彼女は確かに問題児だった。
でもそれは、人を信じられないけれど信じたくて様子を窺ってる猫みたいな問題で、優しく甘えさせてあげるとすぐに懐いた。
すごく、可愛く懐いたんだ。
「あれ? 春田」
今の彼の趣味だろうか、随分女の子っぽい恰好をして、彼女はきょとんとした顔をした。
「あれって、それ俺のセリフだなぁ」
咄嗟に彼女の口から洩れるのは、人前で呼んでいた俺の名前。
すっかり過去のものになったようで、面白い気はしない。俺も奥さんいるけど。
「こんなとこでなにしてんだよ、かな」
「研修会に来たのよ。春田にも会えるなんて思わなかったけど」
かなは頬を紅潮させて、歓迎するように笑った。
待ち合わせのときによく見た顔だ。
「他にも誰かに会ったの?」
「ゆうきに会ったよ。東病院に行った」
「会えたの? よかったじゃん」
「待ち合わせたもん」
廊下での立ち話を、回診集団が一瞥していく。
「友達と待ち合わせといて元彼には挨拶なしか?」
頭をぐりぐりすると、昔と同じ反応をした。
やめてやめて、と笑っている。
俺たちの恋愛はそんなに、ここまでって決めて終わったわけじゃない。自然消滅だ。
かながこの病院を出て行ったとき、俺も引きとめなかったし、それからも連絡も取らなかった。
「だってはーくんとはさ」
囁くように、俺のプライベート用の名前を使う。
「そんなガキくさい呼び方で、また」
懐かしい呼び名にからかうと、困った顔をする。
かなは変わらないけど、なんか、未練ってないものだなと思う。
愛着とかはあるんだけど、……いや、俺がかなの今彼を知らないからかも。
「でさ、珍しいな、ここに戻ってくるなんて」
「わかって言ってるんでしょ」
かながちょっと怒って言う。
こいつは結構怒りっぽい。怒り方より、かなの許し方が可愛くて俺は好きだ。
十分に色々含んでから、笑って聞いた。
「誰の研修会に来たの?」
「春田一昌先生がとんでもない論文出したから批判しに来たのよ」
「まあまあ。俺って結構役に立つでしょ?」
ウインクすると、ほら。彼女は笑う。
「春田は本物だから、どの現場行っても大活躍だもんね」
……あれ?
思った反応と違う。
なんだろう、ここで最高に可愛いアレが見られると思ったのに、このがっかり感。
「冗談。教授にがっぽり絞られて俺の活躍なんてこんなもんよ?」
母指と示指の間をすり減らして見せると、
「相変わらずだね」
とかなが言った。
「かなは、論文とか減ったな」
「馬鹿な同僚が一抜けしていったから忙しくて」
「またまた。忙しいのはプライベートだろ?」
からかうと、
「それもある」
はにかんで可愛いかながいた。
ああ、なんか俺わかってきた。
「彼、どんな人?」
「可愛いよ。一生懸命でいい人」
困り顔で頬を上げて笑う。そうか。
「なに、かなみたいなの?」
「うーん、ゆうきと春田の中間みたいな人」
「なんか碌な男に聞こえない」
「そんなことないよ」
俺って、俺のこと好きなかなが好きだったんだな。
っていうか、俺がかなのこと好きな部分って、かなが好きな人に見せる部分だったんだ。
甘えるとことか、「うん」って最高に可愛く笑って俺のこと許すとことか、困った顔で笑いながら惚気るとことか、全部。
あと、本命以外にそういう面見せないとこも、いいな。
「春田こそ、結婚、したって?」
「うん、したよ。妬ける?」
ちょっとした負け惜しみで言ってみた。
いや、自分で傷口に塩塗っただけかも。でも、
「うん、妬ける」
そのときだけ俺の好きなかなの顔をしていて、本当にいい女だな、と思った。