道具となりて
山を、下りる。
ゴブリンの集落を壊滅させた俺は、血の臭いに誘われてやってくる狼たちを狩りながら、町へ向かって山を下りていた。
ユウトの家で読んだ本の中に、冒険者という職業は存在していた。魔族との戦争は終結したが、未だに魔物や害獣の類いは多く、それから町を守る役目らしい。
よく読むライトノベルだと、こういう仕事は騎士がやると相場が決まっていそうなものだが、この世界に騎士は「帝国」にしか存在しないらしい。
「鬱陶しいな、もう」
襲ってくる狼たちは本当にキリがない。
倒した後、お金になるかと思って素材は拾っていたが、拾っている最中に次が来てしまうのだから、それすらも困難だ。
太陽が天頂に差し掛かるくらいになって、やっと平原に出た。こっちに来てから山を下りたことは無かったので、異世界初の平地である。
土地勘は無いので、迷うことを心配していたが、幸い草原の向こうに、城壁に囲まれた町らしきものを発見することができた。
高くそびえる山脈を背景に草原を進んでいく。
さすがに狼が追ってくる事はなかったが、獲物を見つけてしまった。
「集落・・オーク、かな? ゲームと一緒なら」
その小さな集落には、豚に似た頭を持った、2mを越える巨体が住んでいた。彼らもこの世界で言えば、ゴブリンと同じ亜人の一種なのだろう。
さっきの虐殺で量は殺せたが、いかんせんゴブリンは体が小さい。ゆえに、完璧な魔術陣を書ききることができるだけの、血液を確保できなかった。だが、オークほどの巨体であれば、数体殺すだけでも残りが足りるはずだ。
しかも、今は昼時だ。
「オークって、豚の仲間なのかね。旨いといいが」
集落を作っているのだから、数体殺すだけ殺して、見逃してくれるということもないだろう。恨みを買っても面倒だし、手っ取り早く皆殺しにしようか。
ユウトに教わった技を呼び覚ます。
体を低く落とし、納刀したままの剣を腰だめに構える。
数秒間呼吸を整えて、一気に飛び出す。
体全体を捻って、全力で抜刀しつつ、魔力を剣に流す。
「オオオォォォ!!」
風の斬撃が宙を舞い、集落に襲いかかる。
慌てて家の中から出てくる個体もいたが、近づいて切り上げるだけで、大抵は絶命した。あまりにも弱い。ゲームのオークでも、もう少しは強いではないか。
瞬く間に集落を壊滅させ、服を脱ぐ。上半身を露出させ、記憶のなかに完璧に残っている、魔術陣の続きを描いていく。
書いた血液を乾かしながら使ったが、さすがに彼らは体の大きさに見合った血液量で、十分に足りた。
体を真っ赤に染め上げた後、ユウトの家にあった薬草を調合してできた、皮膚の上に塗り込む薬品で、血の色を隠していく。
その日の昼御飯は、固くて不味いオークの焼き肉だった。
ーーーーー
そこには、見上げるほどの城壁があった。
オークを狩ってから数時間歩き、草原から見えていた町に着いた。近くでみると、思っていたより大きい。
「兄ちゃん、この町に何の用だい?」
「冒険者になりに来た」
「冒険者かぁ・・なにもそんなことしなくても、金は稼げるんじゃねぇのか?」
言われてみればその通りだ。ここまで大きな町だ、働き口を探すのにそれほどの苦労はないだろう。実際、それ目当てでここに来る者の方が多いはずだ。
しかし、俺は、冒険者にならなければならないと、思った。
彼らは国に縛られず、戦う力を身に付けられる職業だ。他の仕事の方が俺には向いてるのかもしれないが、やつらを倒すという目的のためには、冒険者になることが一番だ。
彼女もそう言っていた。
「憧れてたんだ、冒険者に」
「まあ、止めやしねぇよ。だが、死ぬ覚悟をしておけよ、兄ちゃん」
「もうできてるさ」
不思議と、使命感が湧いてくる。
憎いあいつらを殺さなければならないと。
彼女の言葉に従うのが一番だと。
カナラズコロセ、ヤツラヲユルスナ。
「忠告は受け取っておくよ」
ああ。分かっているよ。
必ず殺す。
憎き、勇者を。
だって俺は、そのための道具なのだから。
そろそろ導入も終わりかな、と