禁忌の魔導書
導入的な部分なので、説明色が濃いです。
俺が魔術行使に失敗してから、数日がたった。
ユウトの手伝いをこなしつつ、彼の魔術に関する蔵書を読み漁る日々はそれなりに充実していたと思う。
少しずつここでの生活にも慣れるなかで、不思議と元の世界に戻りたい、という欲求はそれほど湧いてこなかった。
これといって事件の無い毎日を過ごし、魔術に関する知識を増やしていく。
この世界の魔道具にもいくつか種類があるらしいのだが、そのなかで攻撃に使えそうなのは、属性を持つ一部の魔道具のみのようだ。
それらは杖や本の形をしていることが多く、魔術陣のほかに「魔石」という石が埋め込まれているらしい。
外界に存在する魔素や、体内の魔素が結晶化した「魔水晶」、その一部が何らかの原因により特定の属性を持ったものが「魔石」と呼ばれるものだ。
外界魔素が結晶化した魔水晶は、その特性上よっぽどのことがなければ魔石化しない。なぜなら、結晶化した後の魔水晶は非常に強固で、属性を持つ魔素が入る隙間が無いからだ。
故に、魔石は自ら属性を持つ魔素を生成する、魔物の体内から産出される場合がほとんどだ。
この世界において、人間を含めた全ての生き物は、体内で魔素を生成することができるのだが、属性を持つ魔素となると生成できる個体は少なくなる。
(といっても、種族単位らしいので、数は多いが)
彼らは凶暴化する傾向にあり、魔物と呼ばれる。
また、人間の突然変異で、体内で属性魔素が生成できるようになった者たちは「魔族」と呼ばれたらしいが、いまは絶滅したのだという。
それは、10年ほど前に魔王が討伐されたからだ。
強力な力を持つ魔族である魔王は、通常種を魔種(魔物と魔族の総称らしい)に変えることができる能力を持っていた。
そのため、絶対数の少なかった魔族も増加することができていた。
しかし、10年ほど前に勇者によって魔王が討伐されたため、魔族は増えにくくなり、士気の上がった人間たちに絶滅させられたのだという。
ざっと分かったのはこのくらいだが、ユウトの蔵書は膨大であるため、まだまだ学べることは多そうだ。
「また読書かい? よっぽど知識に飢えていると見えるね」
「ああ、俺はここについて知らないことが多すぎる。まだまだ知識を増やしていかないと生きていけないからな」
「まあ、根を詰めすぎないようにね」
「そうだ、こんな本があったんだが、理解できないところがあってな、教えてくれないか?」
俺は、こんな風にユウトにわからないところを聞くことが多かった。彼は優しいので、大抵のことは教えてくれた。
だが、このときだけは違った。
「っ! ・・なんで、それが・・」
「ん? どうした?」
「コザト、それはダメだ。それは魔道具職人の禁忌だ。それについて、僕はなにも教えられない。そもそも、なぜここにあるのかもわからないんだ」
「どういうことだ?」
「禁忌、と言っただろう?そんなもの好き好んで僕がここに置くはずか無い」
「そうか・・ユウトがそういうなら諦めよう」
「ああ、頼む」
大いに気になったが、彼には大きな恩がある。従うべきだろう、と思い本を棚に戻そうとすると、
「ん? どういうことだ? 手が離せない」
「まさか・・『ヴィジュアライズ・マナ』・・やはり、呪いみたいだね・・」
「それは、手を離せなくなるとかそういう類いの?」
「ああ、君がその本の中を読まない限り離せないんだろうね。あくまで推測だけれど」
「それは、解けないのか?」
「神官でなければ厳しいと思う」
一旦火のついた知識欲を抑えるのは難しい。俺はすでに、禁忌とまで呼ばれるこの本が気になってしかたがなかった。
ゆえに、呪いにより読まざるを得ない状況となった今、それは絶対に逃したくないチャンスでもあった。
「・・どうしても、読むわけにはいかないのか?」
「・・僕は、町へ行って、神官に解呪してもらうべきだと思う。呪われたアイテムを破壊するのは危険だしね」
「解呪できないかもしれないだろう?」
「確かに、魔素の濃さをみる限り、相当高位の神官の力が必要に見えるけど・・」
「そんなやつ、そこら辺にいるのか?」
「いない、ね」
彼は暫く思案し、
「絶対に実行しないでくれ」
「ん?」
「中身を読んでも、絶対に実行しないと誓ってくれ。実行したなら、僕と君は無関係な人間同士に戻る」
「ずいぶんと深刻だな」
かつて無いほど真剣な顔で彼はうなずく。
「伊達に禁忌じゃない。少なくとも僕はやりたいとは思わないし、やるのを見たくもない」
そこまで言われると、大変興味が湧く。誓いを破る気は無いが、中身ががぜん気になってきた。
「ああ、分かった。絶対に実行しないと誓おう」
「・・仕方がない、読んでもいいよ」
こうして俺は、魔道具職人の禁忌と呼ばれる知識に触れた。