挫折と執着
ユウト・・師匠のもとでお世話になり始めてから1ヶ月が経った。
魔力操作はだいぶうまくできるようになったし、練習の一環として行っている林間走のお陰で、基礎体力も元の世界にいた頃よりついていると思う。家事の手伝いなども危なげなくこなせるようになってきて、目標があればいろいろできるようになるもんだな、と思った。
「魔力操作はほぼ完璧だね。じゃあそろそろ、魔術陣を使ってみようか」
「ようやくか・・」
「十分早いと思うよ。それじゃあ、そうだね、クリエイト・ウォーターからやってみようか」
この世界の魔術には、『火』『水』『風』『土』の四つの属性があり、中級くらいまでの術式は体系化され、魔術陣もみんな同じものを使っている。それより難易度が上がると、術者のアレンジが多く入ってくるため、体系化は事実上不可能らしい。
クリエイト・ウォーターは水属性で1番簡単な術式で、魔力を水に変え、球体状にするというものだ。今回は詠唱ではなく、既存の魔術陣に魔力を通すことで発動させる。
「なんだか緊張する」
「はじめはそんなものだよ。君の魔力操作はかなり上手いし、初級程度の魔法なら、簡単に発動できると思うけどね」
「ふぅ・・いきます! 『クリエイト・ウォーター』!」
圧縮して固めた魔力を、魔術陣の幾何学模様を管に見立てて通していく。この方法では詠唱はいらず、ましてや術式名を言う必要などないが、気分だ。
魔術陣を通った俺の魔力は、空中の1点にとどまり、水へと姿を変えた。ついに魔術の発動に成功したのだ。しかし、そこにあったのは達成感などではなく、喪失感と不快感だった・・
「大丈夫? 発動には成功したよ?」
「あ、ああ。成功・・したのか・・そうか・・」
「本当に大丈夫? 顔色が・・もしかして魔力枯渇!?」
師匠のそんな言葉を聞いたのを最後に、俺の意識は暗転した。
ーーーーー
タオセ・・ヤツラヲ・・セカイヲハメツヘトミチビク・・ヤツラヲ・・
ふ、と目が覚めた時には、すでに外は夕焼けに染まっていた。今聞こえた声はいったい何だったのだろうか。それよりも、俺はどうなったんだろうか。
「気が付いたかい? いやーびっくりしたよ」
「ユウト? 俺は一体・・」
「軽度の魔力枯渇で倒れたんだよ」
「魔力枯渇?」
「体内の魔力を使い切っちゃうことだね。魔力は生命力に直結するから、無くなると一時的に意識が飛ぶんだよ」
「クリエイト・ウォーターで魔力を使い切ったってことか?」
「まあ・・残念だけど、そういうことだね」
「残念?」
「うん。初級魔法の魔力消費量なんてたかが知れてるんだ。そんな程度の魔力消費で、軽度とはいえ魔力枯渇を起こしちゃうんだから・・」
「高度な魔術は使えない・・か」
「そういうことだね・・」
早くも強力な魔術を使うという夢は潰えかけてしまったみたいだ。
これだけ期待して、努力してきただけに、多少の絶望もある。
「・・魔道具の起動に使う魔力は、魔力操作と大して変わらないくらいだ。連続使用はできなくても、魔術が全く使えないと決まったわけじゃないんだ。だから、あまり悲観しないで」
「ああ。ありがとう」
俺は、諦められなかった。
発動直後に感じた喪失感と、不快感。まるでどこかに魔力を持っていかれるようだった。
さらに、目覚める前に聞いた錆びついたあの声。
何か、原因があるはずだ。
子どもっぽい夢だが、ここまで努力したのに諦めたくない。
何としても原因を見つけ出し、取り除く。
そしてこの手で、魔術を振るうのだ。
このときから、俺は魔術に執着し始めた。