初めて
結局、何度かの戦闘をこなした後、俺たちは麓の村に戻ってきた。
洞窟の奥に進むほど、魔脈の乱れは激しくなっていったのだが、途中で道が途切れていたのだ。
ルリの魔術なら、邪魔な岩程度簡単にどかせるだろうが、火山をあまり刺激しない方が良いだろうと、今日は引き返してきた。
村に戻ると、同じように立ち往生したらしい冒険者が何人か集まっていた。
用は無かったので、通りすぎようとしたのだが、向こうから声をかけてきたので、会話に加わった。
「んで、あんたらのところはなにか収穫があったのか?」
「いや、無いが」
「岩は持ち帰ってきたんだろう? ここにあるのと比べてくれないか?」
ギアナの冒険者と違って、随分やる気に満ちている。
岩を数人で囲み、あーでもない、こーでもないと、議論を戦わせているようだ。
岩を渡した俺は、それとなく何故やる気が高いのか聞いてみることにした。
「俺の拠点の街、ギアナの冒険者たちは朝から呑んだくれてたんだが・・」
「城塞都市か・・あそこは金持ちだから、そんな暮らしでもなんとかなるんだろうよ」
「俺たちの故郷は貧乏だからよ、依頼の報酬も安いんだよ。かといって俺たちがいなくなると、村の防衛ができなくなるからなぁ・・」
「それでこんなにやる気十分なのか」
今まで道中で見てきた村は、確かに皆豊かではなかった。対してギアナは比較的裕福で、栄えている。
交易拠点であるから、依頼1つあたりの報酬も高く、それ故に必死に働かなくとも、ギアナでは生きていけるのだ。
もちろんそれは、命を懸けて働く冒険者だからこそであり、ギアナ全体としてそういう傾向があるわけではないが。
「そういうお前さんはどうなんだ? ギアナの冒険者なら必死こいて働く必要もないだろうに」
「俺は、強くなりたいからかな? たくさん依頼をこなして、できるだけ強くなりたい」
「若いねぇ。ま、がんばれよ」
先輩冒険者たちとぽつぽつと言葉を交わし、大きな成果を得られぬまま、その日は宿をとった。
いつも通りルリと同室にしたため、事情を知らない人からやっかみを受けたが、説明するのも面倒なので、似ていない兄妹ということで押し通した。
「・・問。常々思うのですが、ご主人様はなんなのですか?」
部屋に入って1番最初の問いかけは、随分とご挨拶なものだった。
「俺はなんなのかってなぁ・・それに簡単に答えられる人間はそういないと思うが。まあ、聞きたいことはわかる。・・俺は自分の体を魔道具にしたんだ。魔術陣を直接体に書き込んで、な」
1度言葉を切り、ルリの反応を見る。
表情の変化は相変わらず見辛いが、若干困惑しているように見える。
「理論魔術をやってる者にとって、その儀式は禁忌らしくてな。それで師匠のもとを追放されたんだ。まあ、後悔は欠片もないがな」
「・・謝罪。ご主人様の体のことも気になっていましたが、そういうことではなく」
「は?」
「訂正。毎日毎日私のような容姿の優れた女性と寝所を共にしていながら、未だに襲う気配も見せないのはどういうことなのでしょうか? ご主人様は人間ではないのですか? ということをお聞きしたかったのですが」
思いっきり脱力した。
真剣にシリアスな雰囲気作った俺はなんだったのか。道化か?
それに人を人外扱いするのも失礼だろ。いや俺は魔道具だが。
「あのな、お前の顔やらスタイルやらが優れているのは認めるが、それとお前に興奮するかどうかは別だろ、別」
「?」
「お前はあまりに出来すぎているんだよ。誰もが認めるであろうその左右対称の綺麗な顔も、どこの過不足もなく、完璧に整ったスタイルも、強力すぎる魔術も、俺に逆らおうともしない性格も。欠点が無さすぎて、普通の感性じゃ気持ち悪く感じるほどなんだよ」
つい、早口で捲し立ててから、少しだけ後悔した。
今俺が挙げた点に、1つでも彼女が望んで得たものがあっただろうか。
彼女は自分の生き方を、今まで選べたことがあったのだろうか。
バツが悪くなった俺は、小声で締めくくった。
「・・容姿は仕方ない。魔術の腕を偽れとも言ってない。だがな、もっと人間らしく生きてみろよ。お前の体は人間よりも人間らしいんだからさ・・」
八つ当たりだったかもしれない。
前の世界の記憶もろくになく、突然知らない世界に放り出されたことへの。
生きる標が明確にある少女への、かすかな嫉妬から来た。
でも、きっと俺は放っておけなかったんだろう。
妹のような存在となりつつある、この瑠璃色の少女を。
「私は・・私は、マギカロイドR003、個体名「ルリ」です。貴方の道具として生まれた私に、人として生きる資格など・・ないのです」
悲しそうに目を伏せ、ルリは先に床についた。
彼女の心を変えるには、きっと時間がかかるだろう。
でも、俺は嬉しかった。
初めて、人間らしい表情を見せてくれたから。
初めて、機械じみていない、自然な口調で話してくれたから。
そして
初めて、俺に伺いをたてることなく、俺の血を吸ってくれたから。
少しずつルリもヒロイン感を出せていければと。