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誤算。想定外。
このふたつの言葉はクラウディアから、もっともかけ離れたところにある言葉のはずだった。
クラウディア=ティア=アルバ。
エキゾチックな色気の漂う女性。
宇宙用心棒『ハニー・ビー』の創業者であり、実働リーダー兼、相棒の保護者役。
彼女は痛めた首筋をさすりながら、またもカードの残高を見下ろして顔をゆがめていた。
「ほっはほふはう。ほははひはいほ?」
口のなかを宇宙ロブスターでいっぱいにして、のんきな口調で訊ねてくるのは、
ニジミ=サニーライト。
自称一四歳。頭の中身は三歳。
クラウディアの唯一無二のパートナー。
想定外はだいたいコイツのせい。
「お金がね……」
「うん」(もぐもぐ)
「またしてもほとんど無くなってるのよ……」
「え、ドロボーされたの!? ガブちゃん達からもらった報酬はっ?」
訪れた土地を奪おうとしたが、失敗した。
それでも翌朝には報酬金が振り込まれていた。
姉妹で見送りにも来てくれた。
姉妹はもうしばらくだけタッグを組むらしい。
理由を訊ねると「クラウディアさんも、試合中に感じたんじゃないですか?」と。そして、「次は勝ちを譲られないよう精進します」とも。
はてさてなんのことだろう。
「……あんた、なにか知らない?」
「え? ぜんぜんだよ~。だってあたし、じぶんのカードあるもん☆」
惑星を出港する前に、ニジミ専用のカードを作った。
ニジミが欲しいものはここから買う。
わけまえは仕事への貢献度で裁定。
そういう約束にした。
「……あんたのカードって、もう残高ゼロよね?」
「あー、うん。さいごにメリカちゃんのお店でいっぱいたべちゃったから」
「もう買い物はできないはずよね?」
「そだねー」
そのとき通信が入った。
《通販のアマゾネスです──ご注文のダスラ産直送の『宇宙カツオ』一〇〇尾──クラウディア様宛にお届けにあがりましたー》
「あっ! 時間指定するのわすれ……あ」
ニジミがあわてて両手で口を押さえる。
が、時すでに遅し。
「いひゃい、いひゃい、いひゃい!」
クラウディアのアイアンクローがニジミの頭部を掴み、こめかみをギリギリ絞め上げる。
「なんで私に、頼んだ記憶も、食えるはずもない量の、大バカな商品が届いてくるのかしらねぇ?」
「き、きっとどこかのわるい人がクラウのセキュリティをかいくぐって──ぐぎゃあ!」
ニジミの頭蓋骨がミシミシという音を立てる。
「私を誰だと思ってんの? 物理的以外のセキュリティは万全よ?」
「ハイそうです! 全宇宙一ハッカーのクラウディアさまです!」
宙吊りにされたニジミは悲鳴をあげて、クラウディアの腕にぺちぺちとタップする。
「だったら、外部からこんなことはできないわよねぇ?」
クラウディアはさらに握力を強める。
「われるっ、あたまのほね、おれるっ」
「さっき言った『どこかの悪い人』って誰なのかしらねぇ?」
「あがぁぁぁぁーっ! ごめんなさいごめんなさい、あたしが使いました! だからギブアップだよ! あたまわれるっ、つぶれるっ、脳みそ鼻から出ちゃうっ!」
「学習しないあんたに、出るほどの脳みそがあるかぁ!」
「いぎゃああああ! ちゃんと言ったのにーーー!」
「そもそも、言ったら許すなんてひとことでも言ったか!」
「ぐぎゃぁぁぁぁ! クラウの悪魔ぁーーーー!」
べちべちべちべちべちべちべちべちべち!
《──あのー? クラウディア様ー? 応答願いまーす。》
次の星に向かう宇宙船内に、少女の悲鳴と輸送船からの配送クルーの声が響いた。
(リングの女王蜂:おしまい)




