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 ……案の定である。


《あれは誰だ!》


 リングサイドに陣取る実況アナウンサーがマイクを握り、観客に注目を促す。

 クラウディアは控室のモニターの前で、突っ伏した。


《本日の前哨戦は、昨日、卑劣な反則攻撃で負傷退場を余儀なくされた、エービルに変わっての代替選手! 『キューティーレインボー』とはいったい誰なんだっ。マクスをかぶり、小柄ながらしなやかな体で観客に愛想よく手をふる快活な姿は、まさに昨夜の嵐の後に生まれた一筋の虹っ! ダニエラ=コートの新パートナー、キューティーレインボーとはいったい誰なんだっ!》


「あのぉ、クラウディアさん……あの選手って」

 と、ガブリエラは画面に映る、ちっこい覆面レスラーを指さす。

「理由は、あとで問い詰めるわ。とりあえずなんか、監督不行き届きでごめんなさい」

「いえ、あの、裏切られた気持ちって私、痛いほどわかりますので責められません」


 これはそういう話なのだろうか。


「あのバカは、試合中にみっちり半殺しにしますので、報酬額のほうはなにとぞ」

「えっとそれは気にしないで。あと反則負けにならない範囲で、おまかせします」

「重ねがさね、さーせん」


 あんのバカタレ……っ! ぜったいに泣かせてやるっ!

 この日の雨雲仮面の入場は、前回のジメッとした陰鬱さに加えて、背後から雷鳴を思わせる、そんな静かな怒りと殺気が漏れ出ていたと、のちに現地の観戦客は語った。


「ふははははっ! ダニエラさんをコソクな反則からまもるため、キューティーレインボー、ただいまサンジョー! ガブちゃんに仕える悪の雨雲仮面よ、とっととおうちにかえんなさいっ!」


 トップコーナーに立ち、こちらに顔を向ける自称正体不明のキューティーレインボー。こちらを指さして決めるそのポーズと口上のラスト部分は、白と黒のカラーリングコスチュームをした、ふたりのヒロインが活躍するオールド魔法少女アニメーションのパクリだった。


 私、それをしょっちゅう宇宙船の中で観てた人物を、ひとりだけ知ってるんだよなぁ……。


 落ち着かない子どものように、キューティーレインボーはいたる方向に顔を向けて、そのつどアピールポーズを取る。その横でダニエラが、いつもの優雅な落ち着きはどこへやら。「キューティレインボーさん、わたくし達のほうが悪役ですから、その口上は!」とか、「最後のフレーズは古いとはいえ、いろいろまずいですわっ」と、振り回されている。


 あの子の身体能力を知って、取り込んでしまおうと考えたのかもしれないけれど。

 ソレの操縦は大変だぞー……。


「そっか、じゃあ悪役っぽくするね」

 と、キューティーレインボーは、ダニエラの制御も効かず、コーナー上からこちらを指差し、首をかっ切るポーズをしてから親指を下向きに振り下ろした。会場からは面白がる観客の歓声があがった。

「……へぇ」

「あ、雨雲仮面。ここは冷静に」とガブリエラ。

「あいさつの返事くらいはしてあげないと」


 クラウディアは一歩前に出て、大きく手のひらを開き、力を込めて彼女の頭部を握りつぶすジェスチャーを見せた。


 レインボーガールの動きがピタリと止まる。

 静かにトップロープからリングの縁におりると、すすっとダニエラの背後、クラウディアの視線から隠れる位置に移動して、頭部を守るようにこめかみに両手を当てた。


「きっちりとこれまでの痛みが刷り込まれているみたいね」

 ただこれで許したと思うなよ。

「クラウディアさん……」

 となりのガブリエラが、えもいわれぬような目をする。

 言いたいことはなんとなくわかるが、これはしつけの範囲だからセーフ。

「あれは他人。私たちの知るガキンチョは、どこかの風になった。オーケィ? そういうことで、あんたもアレに手加減しなくていいから。むしろしちゃダメ」

「はぁ」

 とは言いつつ、あなどってはいけないという警告でもあった。

 そんなキューティーレインボーはめげずに、ダニエラの影に隠れたまま手を伸ばして、クラウディアにむかって親指を下向きにして腕をふっている。


 ……。

 ぜったいに泣かしてやる。


「に、ニジミちゃんにも、なにか理由があるのかもしれませんし……」

「アレがそんなこと考えるもんですか。マスク剥いで直にアイアンクローよ」

「アイアンクローはいいですが、相手のマスクを取るのは反則ですからね?」

「レフェリーが見てるところでは、でしょ? 抜け道はしっかり勉強したわ」

「いや、だから私たち善玉ベビーフェイスでして……」

《ゴング前、赤コーナー陣営が入念な打ち合わせをしていますね》


 と、実況アナウンサーがこちらの様子述べていた。

 実際の会話はこんなだが。

 相手側を見ると、出たがるキューティーレインボーを押さえて、ダニエラが対角線上に立った。


「ダニエラが先発ですか」

「じゃあ、まかせたわ」


 あなたの言うプロレスってのを見て勉強する、そう告げて雨雲仮面ことクラウディアはロープをくぐってリングから出る。そしてほんのすこしの静寂のあと、レフェリーの合図とともに試合開始のゴングが鳴った。



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