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「クラウディアさんっ!」
ガブリエラが店の机を強く叩く。
おいてあったコップがはずみ、わずかに水が波打ってこぼれた。
隣に座るマクベがいつもとは反対に、ガブリエラに落ち着くよう促す。
それに対してクラウディアは憮然とした表情で腕を組む。
「だーかーらー、ちゃんと言っておいたじゃない。『私、プロレスくわしくない』って」
試合後の食事でメリカの店に来ていたが、オーダーをし終えたあとでガブリエラが怒り出した。
「参考になる試合の映像も見せたし、きちんとした技の練習もしたじゃないですか」
「3倍速の解説なし。練習は受け身とチョップとドロップキックだけ。反則に関する説明も、プロレスの暗黙のルールも、そういうことはなんにも聞いてないもの」
仕方ないじゃない。と、クラウディアは小指で耳をほじりながら反論する。
その上で出場を強要したのはガブリエラだ。怒られる理由も文句を言われる理由もない。契約と知識の範囲内でできる、もっともガブリエラにダメージが少ない試合をかんがえた結果だ。
なにが不満なのか。
「だとしても、毒霧に本物の毒を使うのは非常識です! 我々は善玉なんです。反則なんてもってのほか。それは悪役側の仕事です」
「そんなのずるいじゃん」
「ですから、悪役の卑劣な反則に窮地に追い込まれながらも、耐え、はねのけて、ラストはピンチからの大逆転で勝利する。そこに人は感動するし、我々のいちばんの見せ場なんですよっ」
「だーかーらー、それはもう何度も聞いたわよ。そもそも致死量の濃さじゃないし、解毒剤も用意しておいた。詫び状(実は脅し文)も持たせて、あの子を使いに出している。これでこっちもやられっぱなしじゃないと見せられた。つまりいい牽制になったから良かったの。なんで納得しないのよ」
ほじった小指をフッと吹く。
「だとしても、今日の試合はプロレスではありません!」
「そうよぉ、クラウディアちゃん」
メリカがプレートを持ってやってきた。
置かれたのは、皿の上に乗る、まるっとしたレタス玉。
「ちょっとオーナー? 私が頼んだのはサラダだけど」
「たとえばお客さんがサラダを頼んだときに、こんなの出されたらどう思う?」
「……むぅ」
クラウディアはメリカをにらむ。
しかし、にらみはすれど、言いたいことを理解して口をつぐんだ。
「そう、そうです、そういうことなんです」
ガブリエラがうなずく。「プロレスラーは、チケットを買ったり、通信放送に契約して観てくださるファンに『プロレス』を提供する義務があるんです」
「オレもこっそり反則するけどよ、プロレスを見せるってのは大事にしてるぜ」
「……」
現役レスラーに諭され、クラウディアはしばし無言でレタスを見つめていた。
「言ってることは、わかりますよね?」
「……まぁね」
クラウディアはため息とともに、フォークでレタス玉をぶっ刺した。
レタスからザクッと新鮮な音が鳴る。
そのままレタス玉を口に持っていき、豪快にかじった。
水分と緑の香りが口の中に広がる。
「悪かったし、言いたいことは分かった。ごめんなさい。明日はあんたらの言う『プロレス』ってのをやってみるわ」
「クラウディアさん」
「だけど、試合内容は保証できないからね、そこは契約の中にふくまないでよ?」
「はい、大丈夫! クラウディアさんならきっとできます!」
ガブリエラが、くっと両脇の位置でこぶしを握った。
「あら。イヤァンっ!」
と、こんどはサラダを手にしたメリカが体をくねらす。「クラウディアちゃん、それ食べちゃってるのぉっ? 冗談だったのにぃ……」
「別に……。これはこれで食べられるもの」
口の中で噛むたびに、シャリシャリと気持ちの良い音と豊かな水分を出すレタス。
「そりゃウチの食材は一級品を選んでるけれど」
「そうです、クラウディアさんも素材は一級品なんです! そして、明日は最高のサラダになりましょう! サラダ記念日です!」
「どんな味になるかはわかんねぇが、素材って点ならオレも認めてやらァ」
「はいはい。そういうのもういいから。あとでルールを一から教えてよね」
「もちろんです。基本ルールに暗黙のルール、悪役が使う抜け道とその対策もぜんぶ教えます!」
「しゃーねえからオレの技も教えてやるよ。特別に使用を許可してやる」
「それ、品のある技でしょうね?」
と答えて、クラウディアは口に残るレタスを咀嚼する。
シャリシャリという音を重ねていくにつれ、口の中に澄んだ甘みが増していく。




