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「なんてことを……」

 ガブリエラの肩が小さく震えている。


 ──外でマクベの麻袋を外し、これはいけないとまた麻袋をかぶせてジムまで運んだ。


「マクちゃん……なんだよね?」

 いつもノーテンキなニジミは、口を真一文字に結んで、目をおおきく見開いている。


 ──拘束衣を外したときに、体への外傷は見当たらなかった。

 ──しかしその顔は、三人が知っている彼女のものから、大きく変形していた。


「体つきは、ね。だけどこれは……」

 クラウディアも声を震わせる。


「「「……ぷっw」」」

 同時に三人は吹き出し、それをきっかけにそれぞれのダムが決壊した。

「ちょwww マクベさん、冗談は顔だけにって、本当に顔だけwww」

「あはははははははははははははっ。うひ~っ!wwww」

「こwれwはwひwどwいwわwww」

「てめえら、笑うんじゃねえ!」


 ひたいに深く刻まれていたシワがなくなっていた。

 浅黒く焼いたガサガサ肌は、くすみなく透き通ったもちもち美白になっていた。

 人を刺すような険しい目つきが、大きくうるうるなぱっちり二重に。

 たわしのごとく太かった眉毛がシャープでスッキリしたアーチを作り、くちびるはグロスたっぷりのうるつやリップで、チークはほんのり春の桜色。

 豪快な鷲鼻はどこへやら、ツンとした鼻筋の通った小鼻になっていた。

 しかも角張っていたエラもアゴ下のたるみも消えて、ほっそり小顔な輪郭。

 まるで、王子のキッスで呪いが解けたかのような。

 というかアレにキスする男がいたらいたでそりゃすごいのだが、とにかくまったくの別人な美人になっていた。以前の金色くるくるパーマも一転、どこにそんな長さがあったのか、サラサラキューティクルのふんわりエアリーボブになっていた。あのゴリラがみごとな美女へ大変身!


 ──が、あくまで顔だけ。


「これは『丁寧に作られた悪質なコラ』ですねwww」とはガブリエラ。

「『ひとり美女と野獣』www」と、ニジミ。

「『スタイリストの気まぐれキメラ』www」は、クラウディア。

「おめえら笑いすぎだっ! チクショウ、なんだよこの顔はっ」

「ま、マクベさん、落ち着いて。問題はw顔じゃなくてwバランス……ぷひょwww」

「あはははははははははっ!wwwww」

「が、ガブリエラはともかく、お前らは笑うなっ、マジでぶっ殺すぞ!」

「こwっwちw見wんwなwしwww」


 三人がさんざんマクベを笑っていると、拘束衣の中から電子音がした。

 探してみるとタブレットが見つかり、背面には『堕天使隊ラス・エンヘル・カイド』のステッカーが張ってあり、ディスプレイとスピーカーから通信があることを伝えていた。通話を許可すると、ディスプレイに表れたのは椅子に座るダニエラの姿だった。


「ほほほほほ。こんばんは(ブエナス ノーチェス)、ガブリエラお姉さま」

「ダニエラ……」

 彼女を見て、ガブリエラの顔に緊張感が戻る。「あなた、マクベさんになにをしたの? …………ぷふっw」


 ……ダメだった。


「やいダニエラっ! テメエなんてことしやがる!」

「ちょ、マクベさん、近寄らないで……ぷぷっ……ダニエラ、マクベさんを……ぷくくっ……もとに戻し……ぶひょっ」


 まあこんなのがセコンドやらタッグパートナーだったら試合にも集中できんわな。

 一方のダニエラは極めて冷静に髪をかきあげながら──


「ふっ、お断りしますわ…………ぶっふぉ!w」


 お前もアカンやんけ。


「と、とにかく……ぷふふっ……マクベさんも元に……くくくっ」

「だからお断りだとぶひょっ……」


 緊張感もくそもねーな。

 そういえば、いつもうるさいニジミはどこに──。

 探したら部屋の隅で笑いすぎて酸欠になっていた。

 腹を抱えて楽しそうな顔で過呼吸に陥っている。

 ……まあ、お前はそれでいいや。


「ああもう、話が進まない」クラウディアが二人の会話に加わり、話の舵を取る。「つまりあんたは、いまならこのゴリラパワーくらいこうやって抑えられるんだ、というデモンストレーションを見せてきたってことね」


 クラウディアの推察に、ガブリエラが咳払いをひとつ。

 気持ちを切り替えて訊ねる。


「そういうことなのね、ダニエラ」

「まあそういうことですわね。お食事に眠くなるお薬を入れて、その間に施術させていただきましたわ。とはいえ、ご安心を。あくまで施術ですから、一週間もしたらもとに戻りますわ」

「「一週間も!?」」

「たった一週間だと!?」


 ニュアンス違ったやつがいたぞ。


「しかし、これで明日の前哨戦タッグマッチもいただきですわね。マクベさんのそのお顔では笑って、タッグが成立しなさそうですものねえ」

「ざけんな、オレぁやるぞ!」

「マクベさん、私からのお願いですから近寄らないで……ぷぷぷっ」

「おほほほほほっ。もしも聖鬼軍に変わりの選手がいらっしゃらないのなら、急いでカード変更を申請なさってはいかがですか? わたくしは受け入れますわよ、一対二なら、ね。 おほほほほっ。それでは今夜、リングの上でお会いしましょう。アディオス♪」

 そう言うと通話が切れて、タブレットの画面が暗転した。


「……まいったわね」

「マクベさんは大丈夫だと思ってたのに……」

「いや、とにかくオレぁ出るぞ。マクスかぶってなら大丈夫だろ」

「しかし、それでも……」

「なんだよ」

「だって、一週間で戻るって聞いた時、マクベさんショック受けてたじゃないですか」

「うっ」

「味方の寝返りはもう私がこりごりですし、お客さんも食傷気味でしょうから」


 マクベを見るガブリエラの目から、信用の大暴落が見て取れる。

 裏切られると思われても、それは仕方ないだろう。


「ななな、なにいってんだよ。オレは身も心も聖鬼軍だぜ?」

「マスク被ったら汗でメイクも美容液の成分も落ちるだろうけどいいの?」

 と、クラウディアが問うてみた。

「……ま、まじか?」

 期待を裏切らず、動揺するマクベ。

 これは裏切る可能性がありまくる。

「あんたこの前、『女子プロレスラーに見た目のキレイさなんていらねー』って言ってなかったっけ?」

「まあ……多少はあっても……悪くはねえんじゃねえかなぁ……オレだって女の子だし」

「私の目を見て言え。あと小声でさりげなく女の子枠に入ろうとすんな。あつかましい」


 まったく。

 しかしこれで聖鬼軍の選手がまたひとり、間接的に無力化されたわけだ。

 なにも言わなくなったガブリエラはなにを思うか……。彼女を見やると、ひとり頭を抱えていた。……まあ、そうなるわな。


「あのぉ、クラウディアさん」

 頭を抱えたままのガブリエラが声をかけてくる。


「いやよ」

 即答する。


「たしか私たちの契約って、『最終戦に集中できる環境にする』というものでしたよね?」


 ……オイオイオイ。

 ガブリエラの目にあった、明るい光が消えていた。

 これはアカンやつや。

 もう手段は選んでいられないと、冷たく鋭い刃のような仄暗い闇が生まれている。

 危険を察知して逃げようとしたが、目から赤黒いオーラが滲み出るガブリエラに、ガッと両肩をつかまれる。

 この前戦った以上に速いだとっ!?


「あなた、かわり、しゅつじょう……」


 あかん! 目が据わっとる!

 っていうか、言語能力!


「わ、私、プロレス詳しくないしぃ」

「わたし、わざ、おしえる……」

「素人をリングに上げるのは、いささかどうかと」

「わたし、そのぶん、がんばる……」

「いや、だからね」

「わたしたち、けいやく。ことわる、ほうしゅう、なし……」


 つかまれた肩に指がめり込み、ガブリエラは口からも赤黒いオーラを出しはじめる。もはや人間をやめかけている。ここはもう折れるしかないと、クラウディアは観念する。


「……あくまで、数合わせだからね」

 クラウディアはそう答えて、大きくうなだれた。

 すると、ガブリエラから黒いなにかが霧散していき、


「えっ、本当ですかっ!」

 と、一転して輝いた瞳で見つめてきた。


 紙一重で、ガブリエラは人間のエリアに踏みとどまった。



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