初恋 男
いつからか俺は、金がつきまとう男になった。単純で裏切らない紙切れを、俺は可愛がるようになっていた。
人脈、タイミング、世の中より少し「ズレ」ることは、金を生き生きさせる。俺はそれを忠実に捉え、息をふきこんできた。
金以外を失うのは一瞬だ。今の俺には金だけが残り、あとは全て、消え去っていった。
むしろ一瞬じゃなくじわじわと、俺が気づかないうちに、去っていったのかもしれない。
彼女のことは、失うどころか、一度でも手に入れただろうか?受け止めただろうか?
彼女の心を、俺の心で。
今、俺のそばで、行き場を失った紙切れが、俺を負け犬のように眺めている。
10年前
雨の夜に彼女に傘を貸して、そのままあげた。後で、その日は彼女の誕生日だったと知った。次の誕生日は祝いたいと思った。
9年前
仲間と一緒に誕生日おめでとうと言った。彼女は嬉しそうだった。
8年前
覚えていたけど、直接言いたくて、誕生日の数日後におめでとうと言った。彼女は嬉しそうだった。俺も嬉しかった。
7年前
誕生日がだいぶ過ぎて気がついた。今更言いづらく、何も言わなかった。
6年前
誕生日なんか、すっかり忘れていた。俺は毎日楽しく、好き勝手に生きてた。彼女のことを思い出さない日々を過ごしていた。
5年前
仲間と一緒におめでとうと言った。仲間に誘われるまで誕生日は忘れていた。彼女は嬉しそうだった。
4年前
この年も仲間と祝った。来年も祝うよと、俺は彼女に言った。彼女は嬉しそうだった。だけど少し、寂しそうに見えた。
3年前
誕生日だと思い出し、思いつきで花を買った。彼女の家の前で知らない男と一緒にいる彼女を見た。彼女は嬉しそうだった。
2年前
覚えてたけど、言わなかった。
1年前
覚えてたけど、言えなかった。
今日は彼女の誕生日。
10年間、俺は俺ばかり。今夜初めて、俺は彼女の誕生日に、彼女の事を想いながらおめでとうと言える。10年前に感じた気持ちで、今やっと言えるんだ。
家のベルを押す指が震えた。
これが最後だから、俺を見つめてくれないか。そして、俺のこと、冷たく突き放してくれ。顔も見たくないって、殴ってくれてもいい。
そしたら俺も忘れるから。10年前の、忘れたくない初恋を。