忍者とクノイチのショートコント
草木も眠る丑三つ時。新月の闇はただひたすら静かに菊一の都を包んでいた。その都の外れ、畑も絶え絶えな真っ暗な中に、ポツリと灯の付いた屋敷があった。十年前に打ちすれられたはずの屋敷だ。
その朽ちかけた塀の上に、ぎょろりと動く目が二つ。濃紺の忍び装束で全身を覆ったその者が伏せり、屋敷内部の様子を探っていた。
この忍び、猿渡勝平は幕府からの命を受け、都で暗躍している盗賊の足取りを追っていた。押し入った家の住人を皆殺しにするというタチの悪い輩である。
そうして盗賊の足どりを調べていくうち、どうやらこの屋敷が根城になっているらしいという情報を掴んだのだった。後は、証拠を掴んで持ち帰れば任務は終了するはずである。
スミレ
「兄様、戻りました」
勝平
「スミレか。蔵の様子はどうだった? 盗品は見つかったか?」
スミレ
「ええ。襲われた商人の家から無くなったのと同じものが多数」
――長い髪を後ろで一つに結った少女はスミレという名のクノイチであった。今回の密命を勝平と共に引き受けていた。
スミレ
「これで任務達成ですね、兄様」
勝平
「おいスミレ、俺のことを兄様と呼ぶのはやめてくれないか」
――苦笑する勝平の顔を見てスミレは首をかしげた。
スミレ
「何故」
勝平
「俺とお前は血の繋がりが無いだろう。何かその、違和感を感じるんだが」
スミレ
「ではあだ名で呼ぶのはどうでしょう」
勝平
「あだ名?」
スミレ
「ポチとかベスみたいな」
勝平
「犬かよ。もっと人間らしい名前にしてくれ」
スミレ
「ではチンパンジー」
勝平
「誰が人間と塩基配列の近い動物にしろと言った」
スミレ
「ところで兄様。私、金平糖を持ってきました」
勝平
「本当か。俺にも一つくれよ」
スミレ
「もう全部食べてしまいました」
勝平
「俺の期待を返せ馬鹿野郎」
スミレ
「それから兄様、私、ユリちゃんから兄様宛に手紙を預かって来ました」
勝平
「ユリちゃん? あの忍び仲間の中でダントツで可愛いという噂のくノ一ユリちゃんか? 早速見せてくれ!」
スミレ
「燃やしました」
勝平
「なんで燃やすんだよ。さっきから俺の心を弄びやがって」
スミレ
「ところで兄様、私、総隊長から兄様宛に依頼書を預かって来ました」
勝平
「そうか。見せてくれ」
スミレ
「燃やしました」
勝平
「だからなんで燃やすんだよ! 俺が総隊長に怒られるじゃねえか!」
スミレ
「問題ありません。私が内容を記憶していますから」
勝平
「それで、どんな内容だったんだ?」
スミレ
「『スミレと結婚して幸せをな家庭を築きなさい』って」
勝平
「嘘をつくな、ばかたれ」
スミレ
「ところで兄様、私、ここに来る途中おじさんとすれ違ったんですよ」
勝平
「それで?」
スミレ
「燃やしました」
勝平
「オッサン何かしたの!?」
スミレ
「冗談に決まってるじゃないですか」
勝平
「残念だがお前が言うと冗談に聞こえない」
スミレ
「ところで兄様、私、アサガオを育て始めたんですよ」
勝平
「そうなのか。時期的にもう大分大きくなった頃だろう?」
スミレ
「燃やしました」
勝平
「いや何がしたかったんだお前は!」
スミレ
「喋り始めて気持ち悪かったからしょうがないじゃないですか」
勝平
「いや待て色々おかしいだろ! 喋ったって何が!?」
スミレ
「ところで兄様」
勝平
「なんだよ!」
スミレ
「私、お兄様のために呪っ、いや魔除けの人形を作って来たんですよ」
勝平
「今完全に呪いって言いかけたろ」
スミレ
「私以外の人間と喋ったら死ぬ呪いだから大したことありません」
勝平
「そんな物いらんわ!」
スミレ
「じゃあ燃やしますね」
人形
「ぐおおおおおおおお!!!」
勝平
「おい何か聞こえるぞ!!」
スミレ
「ところでチンパンジー」
勝平
「誰がチンパンジーだ!!」
スミレ
「私ばかり話して疲れました。たまには兄様が話を振ってくださいよ」
勝平
「……。そういえば、昨晩寝ようと思ったら俺の布団が無くなっていてな」
スミレ
「私が燃やしました」
勝平
「やっぱお前だと思ったわ!! 何で燃やしやがった!」
スミレ
「兄様を温めるのは私だけで良いのです」
勝平
「(こいつの発想が謎すぎる)」
スミレ
「ところで兄様」
勝平
「なんだよ!」
スミレ
「右の鼻から鼻毛が出ていますよ」
勝平
「え? あらやだ、本当だ」
スミレ
「マッチで燃やしますねー」
勝平
「アチャチャチャチャー!!!」
スミレ
「しっ! 盗賊どもに気づかれますよ!」
勝平
「お前のせいだよ! リザー〇ンかお前は!!」
――その時、盗賊たちが屋敷から飛び出して来た!
スミレ
「兄様が叫ぶから気づかれちゃったじゃないですか」
勝平
「俺のせいかよ!!」
スミレ
「ところで兄様」
勝平
「何だようるせえな!」
スミレ
「今日私、トンカツを食べながら兄様のことを考えていたんです」
勝平
「今それ言う!?」
スミレ
「そしたらとっても胸が苦しくなって」
勝平
「それ胸焼けだよ!! そんな事より戦うぞ!」
スミレ
「この屋敷も燃やしますねー」
勝平
「え?」
――こうして二人は無事に盗賊たちを退けた。しかし屋敷を全焼させて盗品の回収が出来なかったため、忍び集の総隊長からこっぴどく怒られることになるのだった。
おわり
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