その4 ズル
「...」
変わり果てた姿。では無く、最後に見た時の姿のままであった。
「おかげさまで助かったぜ、と言いたい所だが...」
「早速、あの時の事を説明してもらおうか」
「...そこまでして聞きたいようだから話してやらないとね。黙って『転移』で街まで送り返してごめん」
思いの外あっさりと承諾してくれた。もしかしたら後ろめたい事ではないかもしれないという期待を胸に、耳を傾けた。
「率直に言うと...」
「ゴクリ....」
さぁ来い、疑いはするが三年間、一緒に冒険した大親友だ。何を言われてもこの俺が受け止め...
「ぼくは魔王に乗っ取られたみたいなんだ」
「え...」
「「なんじゃあそりゃぁぁぁぁ〜〜ッ⁉︎」」
とんでもない事を言い始めたタロー。これには二人も開いた口を閉じられなかった。
しかし、それにしては何事も無い様子だ。疑問に思い、彼は尋ねた。
「...ゴホン、にしては普通そうにしているじゃ無いか」
「どうやら徐々にこちらを侵食していく部類でね...時々意識が急に消える事があるんだ...」
そう言ったタローはぐらっ、と傾き始めた。
「おいタロー!」
「大丈夫ですか⁉︎」
倒れそうになった彼を支えてやると、様子は急変。弱々しい顔立ちになっていった。
旅の間、どのような事でも終始ケロッとしていたタローの事だけあって、事態の重さを実感させられた。
「まぁ...こんな感じにね...」
「すぐに支配される、と思ってアルス達を手にかけそうになるからと咄嗟に『避難』させたんだ。取り越し苦労だったけどね...」
「...そういう訳だったんだな」
だが、腑に落ちない事がある。この手の支配には、人の強くなりたいだとか、上に立ちたいだとかの『欲望』を媒介として成立する、と聞いた事がある。
何故魔王はこの欲の無さそうな彼を乗っ取る事が出来たのか、俺には彼に対する劣等感が無い訳でもない。シオンだってそうだ。タローは彼女よりも優れた魔道士でもある。
「やだなぁ、ぼくにだって欲望の一つや二つくらいあるさ」
「意外だな...じゃあ折角だから言ってみるか?女の子の一人二人抱きたーい!とか」
「アルス」
彼女は冷やかな目付きでこちらを見ている。
「じょ、冗談だよ...」
「はは...でもこの際だから言っておこうかな」
「...今更こんな事を言うのはなんだけど...」
〜〜〜
「んな...⁉︎」
「確かにあの強さならそうあっても可笑しくはありませんね...」
タローが告げた事は、アルス達にとっては衝撃的な内容だった。
・彼が女神の加護を受けた勇者である事
・それは異世界からやってきた人間である事。
・魔王を討伐したら元の世界に帰らなくてはならない事
「ぼくのいた世界は、モンスターや魔法の存在しない、アルス達とは違う環境で人が暮らしているんだ」
それ故に危険に身を置く仕事というものは滅多に無くて、運動の出来る奴こそいるけど、人外と戦える人なんてまずいない。
「元々ぼくは力の弱い方で、この世界に来るまでは碌に動く事は出来なかった」
「しかし、どういう訳かこの世界に転移させられ、身に余る力を与えられると一変、周りの人は皆ぼくを良く言ってくれたよ」
「ズルをしたおかげでね」
「...」
「つまり、こちらの世界の方が居心地が良かったと思ったから、魔王に付け入る隙を与えたという訳ですか」
「そういう事だ...ぼくが不甲斐ないばっかりに...」
...話は分かったが、次は対処法を考えなければならない。内にいる魔王をなんとかして外に追い出さなくては...
「手立てはあるのか?」
「無いよ」
こればっかりはと言わんばかりの超即答だった。聞き間違いかと疑い、もう一度聞いてみた。
「無い」
覆る事は無かった。
え...?