その1-1 プロローグ 上
誠に勝手ながら、この小説は、
「打ちっ切り」と言う訳ではありませんが、
「その4」以降の部分を削って、
「その3」からまた新しい投稿を続けさせて頂きます。削った部分は、「NG集」として残しております。
また、その際にプロローグを二つに分け、先日投稿させて頂きました「プロローグ」の前にあたる、無駄に長めのお話が次にございますので、ご一読くださいませ。
「こいつで最後だな...」
締めの一振りを命中させ、一匹の大鴉を切り落とした。良い手応えだ。
落とした奴が動かない事を確認すると、男は溜息をつきながら武器をしまった。
「ふう...」
キリの良い所で自己紹介をしておこう、俺の名前はアルス。職業は『冒険者』。
ちなみにこれは何をするかと一言でいえば『自ら危険に突っ込む事』である。
それのどこにビジネスポイントがあるか?そんなもの掃いて捨てる程ある。
「町や集落地の問題解決」、
「モンスター素材の提供」
はたまた「傭兵稼業」などと多岐に渡る。ほとんどのカテゴリの仕事は冒険者が行う事の出来るし、登録自体もかなり手軽な上、なるにあたって大した制限は無い。そのせいか、この世界の半分は冒険者で出来ているといっても過言ではない、『大冒険者社会』だ。
・
俺達の場合は一つ目に該当する「町からの依頼」をついさっきこなしていた所だ。内容は「村周辺のモンスター駆除」であ...
「..ス...」
そんな時に誰かが俺の頬をつまむと共にこちらへと呼び戻す声が一つ。
「..アルス、聞いてますか?」
つまむ手が逆方向に力が加えられていく...
「*おおっと!*聞いてる!聞いてますー!」
「...ふん」
傍らの彼女の名前はシオンだ。俺が剣を使っている一方、コイツは魔道を操る。冒険者稼業を始めて以来組んでいる、所謂相棒ってヤツだ。
あと、カワイイって所までは良いんだが、みょーにハツイクが足りない部分もあるから俺の希望から外れーー
なんて考えていたら見透かしたように彼女は笑顔で引っ張る力を強くした。
「あだだだだ!」
「何だか邪な考えをしてる気がして」
畜生、コイツはエスパーかよ。取り敢えず慌てて「痛い」の代わりに「ごめんごめん」と連呼したらようやく手を離してくれた。
「もっと優しくしてくれよ...」
「態度を改める事ですね」
こんな冷たーい奴だが、本当は互いに信頼し合っている仲なんだぞ.....多分。
「...依頼達成の報告をしに町へ戻りましょうか」
「そうだな、ひとまず今日のお仕事は終わりだ」
帰路につこうとする二人。この素材を何個集めるとかあのモンスターを何匹倒すなどの用件を達成したら町へ戻り、冒険者ギルドへ報告したら報奨金を貰う。というのがこの職業の一連の流れだ。
「ーー...」
「む」
そんな時違和感が二人の足を止めた。誰かの声が聞こえた気がしたが、どことなく弱々しい。
「人がいるのか?」
「...少し探してみましょう。もし瀕死であれば見過ごす事は出来ません」
「しゃーねー」
先程の声のようなものを頼りに路の脇なども見渡して探索した。そして、それは思いの外すぐに見つかった。
「うう...」
「やっぱし...じゃねーや、おい大丈夫か⁉︎」
人が倒れているのを見ると、急いでアルスは駆け寄って呼び掛けた。シオンもそれに続く。
意識はあるようなので、備え付けのポーションを飲ませておいた。
「立てるか?」
「うーん...」
効果は徐々にあらわれ始め、やがて彼に動けるだけの力を戻した。
「...ありがとう。君達は...?」
起き上がった男はかなりげっそりとしていた。見ただけで、長い間録に飲み食いしていないと見える。
「ここで冒険者をやってるもんだ。他の質問は後で聞くぜ」
「同じくです」
男は差し伸べた手を取り、立ち上がろうとするも、フラフラしていて覚束ない様子だった。そこで倒れた訳はモンスターから受けた傷では無く、恐らく空腹度不足であろうと推測した。
「あまり無理しないでくださいね、一息つける所まで運びますから」
「う...うん」
魔法やポーションでこれは回復できない。ならば飲み食いできる酒場へ彼に肩を貸して連れて行く事にした。『飲ませる』訳ではないが、ギルドへの報告はそこで行うのでどちらにせよルートは同じだ。
ーーーー
「ここって...」
「酒場だ、腹減ってると思ってな」
そう言うと、男は遠慮するように言葉を返した。
「そ、そこまでして頂かなくても...」
「旅は道連れ世はなんとやらだ。お返しなんてまたいつかでいいから甘えとけ」
冒険者達の中では、困っている奴は『取り敢えず助けろ』と言われている。明日にはそいつの立場になるかもしれないし、そうしなければその時に見殺しにされても文句は言えないからだ。
「うぅ、生き返るような気分だよ...」
「そいつは良かった」
皿一杯の料理を平らげるとへこんだ男は元の顔立ちを取り戻していった。その代わりなのか嬉しさのあまり涙でボロボロになっている。
「よっぽどの反応ですね...何日間食べていなかったんですか?」
彼は片手の親指のみを閉じた。「四」を示している。
「...その間はずっと彷徨っていたよ」
「武器も持たずにか?」
「うん、望んでそうなった訳じゃないけど...」
すると、彼は何かを思い出したようにこう続けた。
「そうだ、こんな事を聞くのも何だけど、『魔王』について何か知ってる事ってあるかな?」
「魔王だと?そんな事知ってどうするつもりなんだよ?」
「...やっつける」
「はい?」
何を言い出すかと思えば面白くない冗談が聞こえてしまった。もし本気ならば、命知らずな真似を辞めさせなければならない。俺もタマ張ってるがな。
「...冗談で言っているのかどうかは知らんが、それは女神様のご加護を授かった『勇者』の仕事だ。お前がやる事じゃない」
「それに貴方、そのような大言を吐くならば余程の冒険者レベルを持っているのでしょうね」
彼女はそう言うと彼は「冒険者?」と首を傾げた。
「まさか...」
「おい、まさか知らないなんて言うんじゃねーだろうな!」
「し、知らない...」
またまたご冗談を、この世界の半分は冒険者と呼ばれる程の超社会だぞ。それを知らないなんて、別の世界からやってきたのか?
「貴方、魔王以前にそんなんで、どうやって生き抜くつもり何ですか?」
「それは...」
「いいですか、冒険者というのはですね...」
シオンは彼に冒険者について、概要や、登録及び受注の手順など、受付さんがやってくれる範囲までも説明した。
「つまりぼくでもお金を稼げるのかい?」
「ええ」
「一応、この酒場はギルドの施設も兼ねてるからな。登録はここで出来る。やるか?」
「勿論だ」
「俺も窓口に用があるからな。ついていくぜ」
皿も既に空っぽになっていたので、テーブルに代金を置いて席を後にした。
酒場の奥の方に窓口に着くと、いつもの受付嬢さんが営業スマイルで出迎えてくれた。
「ん、アルスさんじゃないですか、依頼の報告ですか?あと、そちらの方は...」
「それもあるんだが、ついでにコイツが冒険者登録をしたいと言ってな、連れてきた」
「本当ですか⁉︎」
「お、お願いします」
彼にはその場で登録シートを書かせた。その隙に俺は報酬の受け取りも済ませた。
「えっと、『タロー』様で宜しいでしょうか?」
「は、はい」
「それでは、ライセンスを発行致しますので少々お待ちください」
と言って受付さんはしばらく席をはずした。
「ライセンスって...」
「ああ、冒険者ですって示すものだから大事にしとけよ。あと、どれだけ沢山、難しい依頼をこなしたかによってライセンスのレベルも上がってくるかんな」
「という事でおめでとう。これでお前は念願の就職完了という訳だ。本当に念願かは知らんが」
「あっ、そうだ(唐突)」
そういえば自己紹介をしていなかったな。彼の名前が割れたタイミングなので、こちらも名乗っておこう。
「名乗るのを忘れていたな。俺はアルスってもんだ」
「ボクは魔道士のシオンです。こいつと組んで冒険者をやってます」
「ええっと、ぼくは太郎っていいます。ここまでしてくれて、どんなお礼をしたらいいか...」
「まあ、放っておいてのたれ死んでもらっては後味悪いからな。よろしくな、『タロー』」
「あ...うん!」
呼ばれ方に若干違和感を覚えながらも、タローは彼と握手を交わした。
「じゃあボクも、友情の証として」
続いて彼女も手を差し出した。するとタローはぽかんとした顔で少し固まっていた。
「?」
空白に耐え兼ねたのか彼はもじもじとしながらも手を伸ばして、
「よ、よろしくお願いします...」
と手をとった。
「ええ、こちらこそ。」
笑顔で返してくれた彼女を見ると、何故か視線を外してしまった。
シオンは、様子の少し変なタローを案じた。
「どこか具合が悪いんですか?」
「だだっ..大丈夫だから!」
すると彼は尻尾をつつかれたように、慌てて否定した。
そんなやりとりをしていた所で、受付のお嬢さんが帰ってきた。
「ふふっ、随分と仲良くなりましたね」
「おう、そう見えるか?」
「ええ勿論。あと、タロー様にライセンスをお持ちいたしましたよ」
そう言うと受付はタローに自身の名前とナンバーを刻んだカードを差し出した。これがライセンスだろう。
「ありがとうございます...」
タローはライセンスを受け取ると、受付は機能的にこう続けた。
「一応。ライセンスにも格付けがございまして、ギルドへの貢献度に対して13段階のレベルが設定され.始めての方はレベル1からとなっております」
「どちらの方でも取得頂けますので1段階目時点では無職と同等の扱いではございますが、上位のレベルになれば、王族がこぞって貴方の為に様々な職を用意するでしょう」
その後も、受付は、依頼の受注する手順や、その他の決まり事などを淡々と告げ、最後にこう締めくくった。
「とにかく、無限の可能性を持っている職なので、目指せ、『レベル13』!って所ですかね」
「以上ですが、何かわからない事はございませんか?」
「大体わかったよ。ありがとう」
「では、依頼を受注なさる場合はあちらの掲示板へどうぞ〜」
そう言って受付は掲示板の位置を手の平で指し示した。板上は張り紙で埋め尽くされており、今日も民の嘆きがこだましている。
「タローはどうするつもりですか?」
「おかげさまで体力が戻ってきたからね、早速受けてみるつもりだよ」
タローに続き、二人も張り紙を眺めると、アンデット退治やお尋ね者処理から、街路の清掃などの雑用など、依頼はよりどりみどりだ。
「討伐系は、最初は難しいと思うからそれ以外のやつもお勧めするぜ」
「わかった」
張り紙の内容を順に読んでいく...その中から特に簡単そうに”見える”依頼を見つけた。
「たった”一個”運ぶくらいならいけるかな?...」
とタローはその依頼を受ける旨を伝えようと再び受付の方まで歩いた。
「タロー、この『薬草摘み取り』クエストとかど
...」
「あれ、いない」
いつの間にかいなくなったタローを探そうと辺りを見渡したが、既に彼は受付と向かい合っていた。
「げっ、もうかよ」
「いやーな予感が...」
急いで駆け寄ると、時既に時間切れ、受注し終えた後なのか、彼は振り返っていた。
「はぁ..一言言ってくれればよかったのに...」
「えっ、もしかして欲しい依頼取っちゃったかな?こんな感じだけど...」
「どれどれ...」
アルスはカウンター上の用紙に目を通し、内容を確認した。タイトルは以下の通りだった。
【『ドレイクの卵』一個の運搬】
これあかん奴や...とシオンは片手で頭を抑え、アルスははち切れる勢いだった。
「バカ....」
「アホかお前ぇぇぇーッ!!」
「ごご、ごめんっ!」
俺は頭を抱えそうになった。どうしてよりによってこんなのを取ってくるんだ....
「いいかタロー、その依頼はな、滅茶苦茶危ない仕事なんだ」
「『ドレイク』の住処に立ち寄って、クッソ重たい卵を持って帰ってこなくちゃなんないんだよ」
「その最中、卵の主であるドレイクと相対する可能性があるんです。レベル7相当の冒険者を用意しないとまず勝てません」
「命を落とした人もいますし、報酬も割に合わないので本来は避けるべき依頼なんです」
『ドレイク』は非常に獰猛な性格で、特に領域を侵す者には容赦が無い。強靭な体躯で執拗に追い回し、噴き出す火炎で焼き尽くすだろう。
「そんな難しいものだとは思わなかった...。じゃあ、依頼を取り消しにしな...」
『受注した依頼を取り消す場合、報酬に応じた違約金を支払って頂きます』
そう考えた時、先程説明を聞く際に受付さんより告げられた注意事項を思い出した。
一文無しのタローでは、受注した依頼を取り消す事が出来ない。従って彼はこれを遂行しなければならない。
「受付さんも鬼だぜ...何で新人にこんな依頼を通すんだよ」
「タロー様の『レベル』に見合った依頼でしたので」
「だからそれがレベル詐欺なんーー」
「ご心配でしたら折角なので付いてあげたら如何でしょうか。また、この時間帯のドレイクは狩りで巣を離れている場合が多いので、案外楽に済ませられるかもしれませんよ?」
淡々と突っぱねられた。どうやら一度押した判を真っ白に戻す気は無さそうだ。
「...ああ、そうするよ」
「頑張って下さいね」
「ごめん、こんな事だとは知らなくて」
「...お前の事だから許すもクソも無いが、この世の中で『無知』は重罪なんだ。下手したらブタ箱行きより高いツケを払わされる場合だってあるんだぜ」
「うん、気をつけるよ...」
「反省したらそれで良しだ。お前の事は心配だから、俺とこいつも連れて行ってくれ。依頼は達成できなくても、ツケを払う事は出来るかもしれねえ」
「ほ、本当かい⁉︎」
落胆していたタローの顔に光が戻る。しかし、彼らにまた迷惑をかける事になると考えると気分の良い表情は出来なかった。
「でも、これ以上手をかけさせるわけには...」
「言っただろ、冒険者は助け合いだって。今度俺らが困った時に何かしてくれりゃいいんだ」
「それにお前、狩場の構造とか知らないだろうからな、また行き倒れるぜ」
「うっ...」
「おまけに武器も無い、道具も無い...しかも一人で無謀な運搬作業は危険過ぎます」
「ううっ...」
彼らの言う通り、この状態で一人で行く事は自ら死にに行くようなものだ。タローは改めて二人に頭を下げた。
「よろしく頼む」
ーーー
そんな訳でその後三人は街の外に赴き、『カーム森林』へとやってきたのだ。
「それじゃあお前は討ち漏らしを頼むぜ」
「うん」
武器に関してはアルスがスペアの剣を貸してくれた。下手に扱わないようにしないと。
「本当にありがとう、何から何まで...」
「そういうのは終わった後までとっておくもんだぜ」
彼らには言い尽くせないほどの借りを作ってしまった。それに報いる為にも、しっかりした冒険者にならなくては。魔王討伐を志す以前の問題だ。
そこでぴたっ、と二人の足が止まった。
「剣を構えて下さい、タロー」
「早速お出ましだ」
すると物陰から、わらわらと液状の物質が這いずるように湧いてきた。
コポコポと沸騰したように気泡が湧いたり消えたりしているが、熱を帯びているわけではない。
「『バブリースライム』が三匹か」
「こいつは中核があるので、そこを斬れば倒せます。初めは苦労すると思いますが...」
「こんな感じにな!」
アルスは飛びかかってきた一匹のスライムを軽く避け、脇から剣で叩いた。するとモンスターは塊を維持出来ないのか、より細かく霧散した。
「成る程..」
わからん。ていうか中核がどこか見えづらい。恐らくはあの妙に濃い部分だと思うけれど、それを捉えられるだけの精度がぼくにあるのだろうか。
しかし、彼女はどのように処理をするのだろうか。魔道を使うらしいが...
「もしくは焼いてしまうか、ですね」
彼女の手のひらから小さな火の玉が生成されていく。
そして、地を這う物質に向けて手を突き出し、射出する。
「⁉︎」
ちっぽけな質量だが、火炎はしっかりとスライムを気化させていった。
「これが魔法かぁ...すっごい」
「...てそんな事を考えている場合じゃないや。ぼくも戦わないと」
タローは心を鬼にしたつもりで最後のスライムに近寄らんとした。
「おい、あんまし距離つめると...」
タローを認識したバブリースライムはすぐさまタローに飛びかかってき...
「ッ⁉︎」
「あれ⁉︎」
ておらず、驚いたようにスライムは逃げ出してしまった。
「....」
「逃げられちゃった...」
剣を構えたまま半ば呆然としているタロー。それは傍らの二人も同じようであった。
「おいおい、モンスターが逃げるなんて事あったっけな?」
「珍しいですね...今までなかったのに」
「単に残り一匹になったからじゃないの?」
「うーん、多分そうかもしれないんだけどな...」
「そういう事にしましょう」
こんな事で議論するのもアレなので、早々にそう決めつけた。アルスはそれで納得したようだが、シオンは少し腑に落ちない、といった風にタローを見た。
もう一つ、モンスターは明らかな脅威を察知した場合、鈍った生存本能が再活性化するという。アルスはこれまでここ周辺の多数のモンスターを葬ってきたが、それでもそのような事は見られなかった。
「(まさかね...)」
ーー
森林を駆け抜け、ドレイクの巣窟を前にする一行。幸い、あのスライム以降のエンカウントは見られなかった。
「ここがあのトカゲのハウスだな?」
「そのはずですがね...」
「何もなかったらいいんだけど...」
出来るならばそうありたい。自らのドジで命を落とすなんて笑い話にもならない。
「行くぞタロー、シオン」
彼に率いられ、なるべく音を立てないようにと窟内へと足を踏み入れた。
洞窟内部はさほど広くはなく、ここからすぐに目的地があるとアルスは言った。一本道の切れ目が見えているので、恐らくそこが住処だろう。
「...」
「....居る居ないの中間だなこりゃあ」
広場に出ると、その中心に居座るように、巨大なトカゲがグルルルといびきをかいていた。ちょうど目的の卵を覆いかぶせている
「これがドレイク...」
寝顔を見ればその凶暴性を潜ませるが、瞼がピクリとも動けば、三人まとめて喰い殺される。という事を考えると、言いようも無い恐怖に包まれた。これなら最初から起きていた方がマシ、とも言えるくらいに。
しかし、自分の依頼なのだからこれくらいはやらなければならない。
「ぼくが卵を取りに行くよ...二人はここで待っててくれないか」
「...良く言った、と言いたい所だが、汗ダラッダラでブルブル震えてる奴が碌に『卵』を持てるとは思えねーな」
「...!」
そう言われてタローは自身の状態に気付いた。汗水が眼に染み、手足の震えは今立っている事を疑わせる程だった。
「でも...」
「せめて落ちついて持てる状態にするんだな。という訳で俺が行くぜっ」
「あっ...」
アルスは卵の方へと駆けて行ってしまった。もう手も届かないし、声もかけられない。
「ごめんなさい、ぼくが行くべき場面なのに...」
「それはボクに言う事じゃないです。アルスか気を強く持てない貴方自身に言ってくださいね」
「..そうだね」
しかし、これ以上やりようが無い。アルスの周囲を見張りながら彼の無事をただ祈るしかなかった。
「さて、と」
ドレイクの卵を眼前にするアルス。鶏卵とはずっと違い、その大きさはこちらの脛より少し大きく、運搬には両の腕が必須であるし、満足に走れないだろう。
おまけに親のふところで温まってあるときたもんだ。ドレイクのいびきもより鮮明になり、恐怖を更に煽る。
「(だがなァ...)」
更に卵に近付き、その殻に手を触れた。そして...
「(俺がしんのゆうしゃだクソッタレーーーッ!!)」
力を入れ、卵を親から切り離すように動かす!
でも怖くなったので、おそるおそるドレイクの方を見る。
「(暴れるなよ...動くなよ...)」
特に変化は無かった。内心ガッツポーズをしつつ、音を立てず、且つ急ぎ足でそそくさと二人の元へと戻って行く。
合流すると、今まで抑えられたものが一気に現れた。疲れと恐怖感、そして、一時の安堵だ。
「(あっっっっっっっっっっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」
「(お疲れ様。でも油断しないでくださいね)」
「(よくやったよ...辛いだろうからあとはぼくが持つよ...)」
「(そう言って手柄を横取りするつもりだろ?帰りくらいシオンの前に出て戦ってみろ。俺はこのままがいいの!)」
「(そんなつもりは無いけど...でも頼むよ)」
そんな話をしながら、洞窟を後にしようとする一行だが、
タローは後ろめたさと不安から、巣穴の方を振り返ってみた。
「....」
やはりドレイクに動きは無い。
「(気のせいか)」
向き直すと、二人はこちらを見て静止しており、急かしているようだった。
「(ごめんごめん)」
急いで並ぼうとするタローだが、広場はだんだんと遠ざかり、やがてドレイクの様子は見えなくなると同時に寝息も聞こえなくなっていった。
しかし、それは不自然な途切れ方であった。
ウオォォォォォォォォォォォム!!
「⁉︎」
一行は巨大な反響音に驚かされるまでそれに気付けなかった。
「マジかよ...⁉︎」
これは間違いなくブチギレている奴の声だ。恐ろしい足音が聞こえて来る。
「全力で走りましょう!」
「言われなくても、スタコラサッサだぜぇぇぇぇ!!」
しかし、いくらペースを上げようとも、地を踏み砕く音はどんどん大きくなっていく。そして、暗闇から大きな顎が覗かせようとしていた。
「げっ...」
「来ましたか...」
このままでは追い付かれてしまう。一行は奴の突進をやり過ごそうと通路の脇に逸れた。
「ていうかこれって...」
ドレイクは一行を追い抜くと、こちらの方へと旋回し、
ちょうど洞窟外に立ち塞がる形となった。
「お、終わったぁぁぁぁぁぁ!」
「もう戦うしかありませんね...」
ここまで来れば最早逃走不可。考えうる限りの最悪の状況に達しようとしていた。
「ぼくがあの時強く断っていれば、こんな事にはならなかったのに...いくら謝っても足りないよ...」
「何処に行く?」
タローはたどたどしい足つきで、洞窟の奥の方でなく、ドレイクの元へと歩み寄って行く。奴の視線が彼に注目する。
「シオン、これ持ってろ」
「えっ、ちょっとアルス...重っ...!」
そう言ってアルスは半ば押し付けるように、彼女に卵を持たせ、タローの後を追った。
「てめえの相手はこの俺だ!」
「アルス⁉︎」
スローなタローと違い、一気にドレイクへと詰め寄るアルス。
視線を彼に定めたドレイクは、彼を抑えつけようと、前脚をストンプさせた!
「危ねえ!だが...」
前脚はギリギリアルスの身体を掠めたが、彼の動きを止めるには至らなかった。
更に距離を縮め、剣の射程に入るーー
「いただきィッ!」
ズドンッ...!
脇に回り込んだアルスはドレイクの首筋に剣を突き立てた。
「やった!」
急所への一撃。
しかし、鱗と肉の締まりが非常に厳しく、めり込んだのは半身のみ。致命には至らなかった。
「やべ...」
ギエェェェェェ!
だがダメージはあったようで、けたたましい叫び声が洞窟の奥底まで反響した。
そして、我を忘れたかの様に暴れ始め、その勢いで、鞭のような尻尾がアルスの腹部に命中。吹っ飛ばされた。
「ぬがッ...!」
吹き飛ばされたアルスはそのまま洞窟脇の岩壁に叩きつけられた。
「「アルス⁉︎」」
タローは力無いアルスへと駆け寄る。シオンも遅れてやってくるがぜーぜー言っていて、彼女の方は話すまで少し間を置くだろう。
アルスにまだ息があり、話せは出来そうだが、動く事がままならない状態であった。
「...奴のヘイトはばっちり稼がせて...もらったから、お前らはさっさと...逃げろ」
「そんな事言わないでくれ。今手当てするから」
「?、クスリも無いお前がどうやって...」
すると、彼はアルスに向け、両手をかざした。何の意味が、と疑いを募らせたが、直後に暖かな光がアルスを包んだ。
「な、何の光ぃ...⁉︎」
「どうしてそれを...」
「う...動けるぞ⁉︎」
二人はその光に対して明らかな疑問を持ち始めた。一人はドレイクの一撃がまるで無かった事のように完治させられた事について、もう一人は、何故彼がその『呪文』を駆使出来るのかであった。
「(貴方は一体...?)」
「良かった...とは言っても、状況は変わった訳じゃないけど...」
その時、洞窟が揺れ始めた。侵入者を八つ裂きにする死神の足音、ドレイクはすぐそこまで来ていた。
「うっ...」
アルスは再びドレイクに対抗する意志を見せたが、そこで自身の武器が無い事に気付いた。
「畜生、あいつに刺したまんまで抜いてないんだった...」
「実質戦闘不能って事じゃないですか...」
という事はタローしか今動けるメンバーがいないのだ。しかも彼は初陣の最下級である。
そして、ドレイクの口元が熱気と共に紅く光った。竜族お得意の火炎のブレス。この理不尽クエストは一つの結末へと向かおうとしていた。
「終わりですか...」
「うわぁぁぁ!詰んだあぁーッ!」
「もうどうにでもなれっ!」
しかし、タローがやけくそで振るった剣は、
ドレイクのクビを綺麗に刎ねた。
「「...は⁉︎」」
「あれ?」
想定外の出来事に目が点になった一行。攻撃をした本人でさえも状況が掴めないようだった。
「...」
その後、分かれた胴体手足は力を失って倒れ、もう一方の頭部からは黒煙がぷすぷすと天井に触れた。
「お前...」
アルスはタローを見ている。この後、タローはどんな事を言われるのか、内心ビクビクしていた。
「お前メチャクチャ強いじゃねぇか⁉︎こんな奴やっつけちゃうなんてッ!」
彼は羨望の眼差しでタローを見ていた。半ば興奮しているのか、タローの肩をゆっさゆっさしている。
「死ぬかと思いましたよ...」
「ごめん、ぼくがちゃんとしてれば二人に心配かけさせずに済んだのに...」
「...別に貴方が負い目に感じる事ではないです。ボクとアルスが勝手についていった結果ですからね」
「そういう事だ」
二人は彼が最善を尽くさなかった事を咎めはしなかった。そして、行き倒れた自身をここまで導いてくれたなどについて最大限の感謝を込めた。
「二人共本当にありがとう。この後は卵を持って街まで戻って...」
「待ちな」
先行しようとするタローをアルスが制止した。タローには何の事かは分からなかったが、アルスにとっては、最も肝心な事である。彼は親指で二つに分けられたドレイクの死体を差した。
ーーー
「お疲れ様です。まず依頼の成功報酬に1400Gになります」
銀貨銅貨数枚の隣には...
「そして、ドレイクの外殻、角、爪などが合わせて....」
「90600Gで買い取らせて頂きます!」
「うおおおおおおおぉぉぉぉおッ!」
大金が受付の手から積まれていく。二人が数ヶ月仕事をこなしてようやく手にする金である。
「タロー、いいんですか?ボクとアルスなんかにも分けちゃって。ドレイクだって貴方の手柄ですのに」
「恩人だからね。それに、アルスとシオンが居なかったらぼく、あのまま帰っちゃうよ」
「『情けは人のなんとやら』とはよく言ったもんだ。これじゃ俺がお前に借りを作っちまったな...ハハ...」
何はともあれ、タローの活躍により、皆が満足する最上の結果がもたらされた。
「タローはこの後どうするつもりなんですか?魔王を倒しに行くと言ってましたが」
「...うん、そうするつもりだよ。訳あって、魔王はやっつけなければならない奴なんだ。だから、この街も離れなきゃいけない」
「ほーん、一人でやる気なのかお前?」
「...仲間くらい集めるさ。単身で悪の親玉倒すなんて話、今時ないしね」
それを聞くと、アルスは良い事を聞いたと、ニヤリとした。
「だったら俺達もその魔王退治に連れてってくれよ。邪魔にはならないからさ」
「はい?」
「ほ、本当かい⁉︎」
「なななに勝手な事言ってるんですか⁉︎」
「別にいいだろ、冒険者なんてどこ言っても活動出来るんだ。拠点がコロコロ変わった所で大差ねえよ」
「(それに、純粋そうな奴だからさ、邪な奴に利用されないようしてやらないとなぁ)」
「(不純なのは貴方じゃないですか!)」
とは言っても、自身も反対という訳ではない。ただ、実力差故に彼がこちらを厄介者扱いするかもしれないのだ。
「大丈夫?」
しかしタローはこちらに遠慮しているようだ。一つ返事をすれば彼は喜んで歓迎してくれるだろう。
「(...もしかしたら、更に強力な冒険者より、結束を好む性質なのかもしれませんね)」
そう考えると、だんだんと遠慮が無くなっていく。彼女もアルスに沿う意を告げる事にした。
「はい、ボクも邪魔にならなければお願いします」
こうしてマヌケな戦士タローが、剣士アルス、魔道士シオンの二人を巻き込んでの大冒険が始まった。
それから三年後ーーー