かいぶつカメラ
1
おかしいな。
今日、高校には津村実里は来ていない。実里は女優で、清楚系を売りに人気を博している。だからこそ、僕が彼女と恋人どうしであることは、誰にも言わずに隠しているのだ。別に彼女の事務所は恋愛禁止ではないらしいけど、彼女の「僕を巻き添えにしたくない」という思いと、僕の「余計なことで彼女の仕事に穴を開けたくない」という思いがシンクロし、結局僕らは学校でさえもただの知り合い程度の雰囲気で通しているのだ。
それで、今日彼女は来ていない。仕事の時は連絡をくれる筈だし、熱があっても学校に来るくそ真面目なやつだ。普通にすっぽぬかすなんてことはないと思うけれど………。
そんなことを思いながら、僕は昼休みの誰もいない屋上に腰を降ろして空を見上げる。それは明らかに青空であったのだが、僕にはすごく不吉なものに見えた。
そこに突然、「ワッ」という聞き覚えのある声がした。僕はその声のする方を見たら、案の定、高橋だった。
「何回もされたから、もう驚かないよ」僕はそう答える。
「どうしたんだ、久藤。一人でボーッとしてよお」
「いや、まあ考え事をしてたんだ」そういうなり僕は立ち上がり、柵に寄りかかる。
「そういやよ、今日のニュースみたか?」高橋が言う。
「ああ、見たよ。唯幸実の彼氏のやつ」
「そうだ。唯幸実の元カレが殺されたってやつ。唯っちゃあ彼氏の存在がバレて人気ががた落ちしたから彼氏を逆恨みしてるって話題だったよな?」
「でもさ、唯が犯人じゃないんだろ?アリバイがあるとかって」
「いや、誰かに命令させて結果唯が殺ったんじゃねえかとか噂もあるぜ。ともかく、久しぶりに闇の深い事件だよなあ」
そういうなり、僕は考える。もし実里と僕の関係が世間にバレてしまったら、実里の人気は堕ちていくのだろうか?そして、その場合、彼女は僕を憎むのだろうか?そんなのことをボーッと考える。
「………もしもーし、久藤、生きてるか?」
しばらくボーッとしていたらしく、高橋は僕に向かって手を振っていた。
「あ、ああすまん。全くもって物騒な事件だよなあ」とそんな返し方をした。
「なんだそれ」高橋は言った。
それから、結局彼女は学校にやってこなかった。家に帰り、僕は心配で仕方なく、急な用事以外では掛けないよう約束した『偽名登録』した実里の電話番号に連絡を入れた。
しかし返信は無かった。
くそ、どうなっているんだ?
そんなことを思っていると、部屋に突然、光が差し出した。何事だか分からず、僕はともかく目を瞑ったのだ。
それから暫くして、僕はもう一度目を開ける。するとそこには、カメラに口がついていて、肌色の足が伸びている小さな怪物を発見する。その怪物は高さ30センチ位で、カメラが大体20センチ位であった。僕はその怪物を視野に初めて入れた際、強烈な恐怖に襲われた。当たり前だ、こんなに奇妙な生き物など、いるとは思わないのだから、僕はともかく「うわあ!」と叫んだ。
「フフフ、人間にしてはまだ心が強いですねえ」その怪物はそう喋り始めた。「さすが、あの気強い女の恋人なだけあります」
それを聞いた途端、僕は一時的に恐怖を忘れる。「気強い彼女だと?」僕はそう、威圧的に問いかけた。
「フフフ、人間は未知のものに怯えると、自分を過保護する傾向にあるのですが、やはり君たちのカップルは違う。面白い」
そんなことを淡々としゃべるカメラに、僕はなんの返事もせず、ともかく自分が一番知りたいことを聞く。
「実里はどこにいる?」
「………フフフ、知ってどうするのでしょうか?」
僕は声を荒げる。
「連れて帰るに決まっている」
そう言うなり、その怪物は不敵に笑う。そのあと、突然口をガバッと開いた。その口の中には場面がついていた。
そこには、部屋が映っていた。その部屋には、ついさっき話題に上がってた唯幸実がいて、それはベットの上で誰かにちょっかいかけてた。人差し指で頬をつついたり、胸を揉んでいたり。そして、その誰かは手を紐で縛られていた。
その誰かが、実は実里だと気付くのに、そう時間はかからなかった。気がつくと僕は心の底より怒りが込み上げてきた。不意に僕は怪物の画面を鷲掴みにし、そのまま空中へと持ち上げる。
「おいお前、唯は何をしているんだ」震えた怒りの声で訪ねてみた。
「………さあ、何でしょうねえ?私はちょっと理解不能の心情でしょうか?」
「何が言いたい」
「まあ、ともかく、グッチャグチャにしたいのでしょう。フフフ」
僕は更に怪物への握力を強める。
「ともかくこれだけを言え。唯はいまどこにいる?」
そう言うと、怪物は口を閉じて、レンズの部分で僕を睨んできた。
「面白いですねえ。君は。良いでしょう、唯は東京世田谷区の〇〇にいる」
僕はそれを聞くなり、怪物を放り投げて走り出す。怪物は幸いにも追っては来なかった。屋上の扉から校内に入り、廊下を駆ける。するとさっきまで話していた高橋に出会った。
「おい高橋。今日バイク乗ってきたか?」そう言うと高橋は少しキョトンとした顔で「うん?乗ってきたけどどうした?」と返してきた。
だから僕は続けざまに「一生のお願いだ。貸してくれよ」と頼んだ。だがまだ高橋はキョトンとした顔を続ける。そんなもんだから僕は自然に顔を崩してしまい、泣き顔になってしまった。それを見てか高橋は困惑したような顔をして「お前、まだ昼休みだぜ?」と訊いてきた。
「良いんだ!まじで大変なことが起きているから。怪物がそう言ってる!急がないといけない。頼む!お願いだ!」そう言うなり俺は手を合わせて彼にアタマを下げる。すると彼は静かに僕のズボンのポッケに鍵を突っ込んできた。
「コンビニの裏の空き地に隠してある。先生には高熱で帰ったってことにしといてやるから、バレるなよ」そう言うなり僕の背中をグッと押して、僕は本能的に廊下を走り出した。
サンキュー、高橋。
僕は心の中で、感謝しきれないほど彼に感謝した。
僕はバイクの免許を持っていなかった。ただ普通自動車免許についてくる原付の免許で数回スクーターを乗ってみた位であった。だがこの緊急時というせいもあってか、彼のバイクが乗りやすかったのか、僕は以外にすんなりとバイクを始動させ、走り出す。世田谷区○○は自動車でも20分ほどかかる。スピードは捕まらない程度の速度オーバーで進み、僕はただひたすらに実里の元へバイクを進める。
幸いにも信号は大して引っ掛からなかった。スムーズに進むバイクとは裏腹に、僕の心にはとてつもない焦りが湧いていた。それが吹き出てしまえば、思わずクラッシュしそうでもあったので、僕はひたすらに唇を噛み締める。そして、あの唯の顔を思い出しては、不安になるのだ。朝の事件が、もしそっくりそのまま実里が被害者となって再来してしまうことを、不安になっているのかもしれない。
2
「良いからだつきねえ。全く、分かるわ。あなたが世間で受けていることが」唯幸実はそう言いながら、手足を縛られベットに転がされた実里の胸を手で撫でた。
「それはあなたが人気になった理由でしょうね。少なくとも、私にはそう色気使いだけのファンばっかりじゃありません」実里はそう言うと唯の顔を睨み付ける。
「ハハハ。そのファンってさあ、あなたの彼氏さんのことじゃないかしら?」そう言うと唯は実里を見下したように見つめる。それに少し実里は笑みを浮かべる。
「だとしたら?」それは挑発的な視線であった。実里は自信が襲われている立場であるのに関わらず、まるで今にも逆襲を始めそうな剣幕であった。だがそれは叶わない。彼女の手は紐で縛られているのだから。だが、唯は本当に逆襲されたように怖じ気つく。
「実里ちゃん。良い?ばらすわよ?あなたに実は恋人がいたってこと。あーあ、ばらしたらどうなるだろうか?きっと、みんな残念がるだろうな」
「さっきもいいましたが、色目使いだけのファンばっかじゃないんですよ。それは彼に関わらず、です。だからバレたって私はどうでも良いです」
実里がそう言うと、唯は不服そうな笑みを浮かべる。
「そうかしら?きっとあなたはね、憎くわよ。彼のことを」そう言うなり、唯は実里の胸から手を離して、後ろを向いて部屋の隅へと歩いていく。
「バカですね。私はあなたとは違うんです。本当に私はばれても良いと思っています。だけど、彼が隠しておいた方が良いって言うものですから、彼に甘えているという点では、私が彼を憎む理由なんてなにもありません」
すると唯は隅の壁に背中をもたれると、深くため息をついてみせた。
「うざいなあ。そうやって良い人ぶるなんて。女優なんて要は世間の理想であることにつきるんだよねえ。それが一気に崩れたとき、女優自身の心も崩れていくんだ……。私みたいにね」
唯はそう言いきると、壁に飾られてあったハサミを取った。そしてその刃先を実里に向ける。
「だから死ねよ。そうやって崩れていく前に」そう言うなり唯はにんまりと笑う。勿論、これは逆恨み以外の何物でもない。
「………バカですね」実里は呟いた。
3
僕は乱暴にバイクを車道隅に止めると、鍵をかけて走り出す。心から沸く怒りと恐怖心が胸を支配するが、その苦しい胸のつっかえより、ともかく無事な実里が見たかった。体力の限界さえ越えていきそうなほど速い速度で走ると、いつの間にか唯の標識を越えて、広い原っぱにでていた。それは有名人と言うだけあって広大な庭であった。その庭の向こうには綺麗な洋式の家が構えていた。僕はその建物に近づくなり、窓を探す。窓は腰辺りの部分にいくつもついていた。そのどれもがカーテンが閉まっていたので、僕は怪しいと確信し、覚悟して体を1つの窓に突っ込ました。
ガシャン!
そこは丁度唯の寝室であった。そこにはさっき怪物の見せた景色に、刃物が加わっていた。僕は今どれだけ恐ろしいことが起きようとしていたのかを察知し、だからこそ刃物の恐怖なども忘れて唯の体を押し倒し、刃物を引っこ抜くと窓の外へ放り投げた。
僕は実里を縛るため使ったであろう紐を床から拾い上げ、それを唯の体に巻き付ける。そしてその工程が終わると、僕は実里の縛られたベットに行き、紐をほどいてやる。実里は平気な振りをしていたが、紐をほどくため彼女の体に触れると、それは細かく震えていた。どれだけ恐怖したのか、僕はそれだけで悟ってしまう。だから僕は紐をほどき終わると、静かに片方の手で彼女の手を握って、そしてもう片方の手で背中を抱いて起き上がらせた。
「遅くなってごめん。怖かっただろ?」僕はそう訊ねる。すると彼女は首をブンブン横に振ると「きっと来ると思ってたから、怖かった」と言った。僕には正直その意味が分からなかったから不思議な顔をしてみせたが、彼女が泣くもんだから、静かに首の辺りを抱いた。後ろでは唯が「意味が分からない」と叫んでいた。それから間もなくして、民間警備員の人が窓からやって来た。きっと僕がセンサーに引っ掛かったからだろう。当たり前のように僕と実里が唯を襲ったと思われて、僕ら二人はそのまま警察に引き渡された。だがだがその際やって来た刑事が、偶然なのか必然なのか警察犬を連れてきていて、犬を便乗して庭で散策させていた。そこには前の殺人事件のアリバイが崩れる重大な秘密が眠ってたそうだが、それはどうだっていい。
ともかく、様々な出来事が暴かれていくうちに、僕は「不法侵入罪」が適応されるだけで終わった。そして、唯は芸能界でも稀に見ない凶悪犯として名が残ることになった。
4
「おいお前、実里さんとカップルだったんだって ?そう言うのは早く教えてくれりゃあ良いのによ」高橋はそういって笑っていた。またいつかのように、昼休みの屋上で、二人きりで。
「もしばらされたらやだったから」そう僕は申し訳無さそうに言うと、彼は笑いながら「俺が信用できなかったのかよ」とあからさま怒りもせず、人差し指で僕の腹をつついてきた。
「全く、お前は僕にとって一番の親友だ」そう静かに呟くと「おいおい、久藤さんよ、実里さんに嫉妬されるかもわからめえな」と、ふざけた口調で言ってきた。
「バカ、一番好きなのは親と実里だ」
「ショック!」
僕は空を見上げる。バカみたいに晴れていた。結局、僕と実里が付き合っているのは学校でしれわたってしまい、ネットでも実里に彼氏がいることが暴かれた。だが、だからと言って彼女の人気がさがったわけではなく、この出来事を乗り越えて、一層人気がでた気もする。そして僕にとったら、前よりも変な目で見られることが多くなったけど、前よりも彼女を愛せるようにもなった気がした。だから、あの出来事は結局のところ僕らにとってプラスの効果を現したのだった。だがひとつだけ、自分でも納得の出来ないことがあった。
「何故僕は唯が犯人だと知ったんだろう」僕はその謎を思わず口に出していた。
「は?」高橋は不思議そうにそう言うと、僕をバカにしたような顔で見てきた。
「お前、俺にバイク借りた時、言ってたじゃん。大変なことが起きてる。怪物がそう言うんだーって」
僕は頭を抱える。怪物?なんのことだ?
僕は自分自身の言葉を理解出来なかったが、あの日僕はこの場所で強く思ったんだ。
「実里を守る」と。
正直、それだけで十分だったのだ。だから怪物なんてもうどうでもいい。決心を着けたあの日に、怪物なんて意味をなさないのだから。
5
「面白い、面白い」怪物は上空にいた。一体この怪物は何を楽しんだと言うのだろうか?それは誰にも分からない。だがしかし、唯が刑務所で「怪物に騙された」とわめいていたことから、きっと最初は唯の味方をやってたのだろう。だけどいつしか、怪物は久藤の行動に動かされた。
だから久藤にとって怪物は乗り越えてしまった「何か」であって、唯にとっての怪物は「恐怖」であったのだ。
要するに、結局世界とは、怪物を乗り越えた先に待ち受けるものなのかもしれない。