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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
最終章
97/108

第九十七話


「本当に、何も覚えていないの?」


セーレと思われる青年の事情を聞いた後、マナは訝し気な顔で言った。


その指摘にセーレ(?)は困ったように微笑を浮かべる。


「ええ、我ながら情けないことだけど………自分のことを何も覚えていなんだよ」


申し訳なさそうに頬を掻く姿を見たセシールは気味の悪い物を見たかのように、顔を顰めた。


「…この人、本当にセーレですか?」


顔も背格好も同じであり、服装も少しボロボロだが、セーレが纏っていたローブと同じだ。


なのに、どうしても目の前の好青年とセーレが重ならない。


「…? 僕に何か言いたいことでもあるのかな、可愛いお嬢さん?」


「んな…!?」


ぞわっと鳥肌が立ち、セシールは自身の身体を抱き締める。


「ぜ、絶対違う!? あの悪魔は死んでもこんな気持ち悪いこと言わないですよ! マナ様!」


「…申し訳ありません。気を悪くさせてしまったようですね」


「ううう…!」


そんな風に素直に謝罪する姿も、セーレとは思えない。


と言うか、セーレと同じ顔でそんなことをされたら気持ち悪い。


セシールは苦い表情で、セーレ(?)から距離を取った。


「でも、記憶喪失なんだよね?」


「そうだよ。自分のことも、何故この村にいたのかも、何も思い出せないんだ」


「………」


マナは冷静な目で青年の顔を見る。


外見もそうだが、状況的にも無関係とは思えない。


恐らく、彼はセーレ本人だろう。


サマエルの攻撃から直前に転移することは成功したが、無傷とはいかなかった。


記憶を失ったのは、その後遺症か。


「セシールの能力で記憶を失う前に戻せないかな…?」


「…多分、出来ないと思います。もし、コレが本当にセーレなら記憶を失ったのは昨日。私の能力で戻せる時間は数分が限界ですので」


セーレを指差しながら、セシールはそう断言する。


セシールの能力では、記憶を取り戻すことは不可能。


残る手段はマナの治癒だが、法術によって焼かれた悪魔の傷を治すことが出来るのだろうか?


「事情は分からないけど、僕のことで頭を悩ませているようだね。申し訳ない」


「い、いえいえ、あなたが気にすることでは…」


セシールは未だに今のセーレが苦手なのか、恐縮したように手を振る。


「…とにかく、無事で良かったよ。セーレがもう死んじゃったかと思ったから」


安堵の息を吐きながら、マナはセーレの手を握る。


それにやや驚きながらセーレは、マナの顔を見つめた。


「…なるほど。記憶を失う前の僕も、それほど捨てた物では無かったようだね。こんなに心から心配してくれる人がいたのだから」


「あはは…いつも私は、迷惑ばかりかけているけどね」


「それでも、自分のことを心から思ってくれる人は貴重だよ」


少しだけ憂いを含んだ表情で、セーレはマナに言った。


「他人の心なんて分からない。そんな中で、互いを信じ合えることがどれだけ大切なことか」


「セーレ…?」


少し雰囲気の変わったセーレに、マナは首を傾げる。


しかし、セーレはそれには答えずに誤魔化すように笑みを浮かべた。


「君が信じてくれるなら、きっと僕の記憶もすぐに元通りになるさ。献身な娘の願いが叶わないほど、この世界は冷たくないからね」








同じ頃、魔都ソドムにて。


廃城は所有者の心を表すように怒りに震えていた。


シュトリに掛けられた悪法を解く為、サマエルが城の奥へ再び入ってから、丸一日が経過する。


奥より聞こえる怒号と、震える大地から、それが上手く行ってないことをアンドラスは理解した。


悪法とは、基本的に掛けた本人にしか解くことが出来ない。


サマエルがセシールに掛けた悪法をシュトリが上書きしたように、上から塗り潰すことは出来ても、全てを解除するのは不可能だ。


それは悪魔の父であるサマエルでも同じこと。


「…シュトリ」


アンドラスは反逆者の名前を呼ぶ。


敬愛するサマエルを裏切った存在だが、意外にもその表情は普段通りだった。


子でありながら、サマエルを裏切った事実はアンドラスにとって憎むべきことだったが、何故か心のどこかで納得していた部分もあったのだ。


「………」


あの時、シュトリはセシールを護る為に戦った。


実の子を護る為に、サマエルへ立ち向かった。


サマエルへ反逆したことは今でも許せないが、子を護ろうとする行為自体は親として当然のことでは無いだろうか?


あの姿こそ、本来の親子として正しい姿では無いだろうか?


「…私は」


考えてはいけないことを考えてしまいそうになる。


もし、立場が違ったら…


もし、アンドラスが殺されそうになったら、


その時はサマエルは助けてくれるだろうか?


命を賭けて、アンドラスを護ってくれるだろうか?


(…馬鹿馬鹿しい。そんなこと、考えても意味のないことね)


そう、意味のないことだ。


例え、見殺しにされるとしても、


例え、サマエルにとってアンドラスは道具に過ぎないとしても、


それでアンドラスがサマエルを裏切る理由にはならないのだ。


(私は、サマエル様の…)


「アンドラス」


思考するアンドラスの前へ、焦燥した様子のサマエルが現れた。


「状況は最悪です。シュトリが掛けた悪法は、私でも解けないようです」


「そう、ですか…」


不機嫌そうなサマエルへと、アンドラスは口を開く。


「ですが、それでもサマエル様が負けるなどありえません。人類を滅ぼすのに全力を出す必要も無いのではないですか?」


「………」


「そもそも、どうして昨日は撤退したのですか? 例え、万全では無いとしても、あんなゴミ共を恐れる必要など…」


「…誰が、恐れたと?」


恐ろしく低い声で、サマエルは呟いた。


ギロリ、とサマエルの眼がアンドラスを射抜く。


「あんなゴミ共を誰が恐れるか。恐れる物か! あの男、カナンはもう死んだ! 私に人類を恐れる理由など何一つ無い!」


逆鱗に触れたかのようにサマエルは激怒した。


誰かの影に怯えているようにも見えた。


「…アンドラス。もう七柱もお前と私だけですが、私を裏切る気はありませんよね?」


「ッ! 当然です! 私がサマエル様を裏切るなど、ありえません!」


「なら、一つ仕事を任せたいのですが」


サマエルはアンドラスの眼を見つめながら、それを口にした。


「私に掛けられた悪法を解ける人物………マナ=グラースをここへ連れてきて下さい」

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