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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第八十一話


それは空が落ちてくるような衝撃だった。


余波だけで聖都を襲っていた下級悪魔が消し飛び、跡形も無く消滅した。


しかし、術者の心を反映したかのように人を傷つけることは一切なく、建物を壊すことも無かった。


「…とんでもねえな」


光が収まった時、セーレが冷や汗を流しながら呟いた。


身を護るように突き出した右手が黒く焦げている。


距離を取り、魔性で障壁を張ったセーレでさえ、コレだけのダメージを受けた。


まともに受けていれば、セーレであってもアンドラスであっても一撃で蒸発していただろう。


法王たるヴェラの切り札に相応しい力だった。


「セーレ、大丈夫…?」


「何とかな。コレくらいの傷ならすぐに治せる」


心配そうに呟くマナに、セーレは負傷した手を修復して見せる。


「…終わったの?」


「多分な。どれだけの悪魔を従えても、アイツ自身が死んじまったら終わりだ」


あの聖絶アナテマは、神の威光そのもの。


悪魔である限り、その光からは逃げられない。


「はぁ…はぁ…」


「お疲れのようだな、法王。まあ、アレだけの大技を放てば、流石に法力が尽きたか?」


「そう、ですね。コレほど疲労を感じるのも、久しぶりです」


片手で汗を拭いながら、ヴェラは苦笑を浮かべる。


セーレの言葉に答えつつも、その視線は未だ舞い上がった煙の向こうに向けられていた。


浄化の光を浴びて沈黙したサマエルの方向だ。


「…まだ生きているのか?」


「恐らく。カナン様すら倒せなかった悪魔が、この一撃で死ぬとは思えません」


ヴェラは警戒した様子で言った。


元々この法術はカナンとその弟子が考案した物だ。


当然、カナンにも同じ物は使えた筈。


にも拘わらず、カナンはサマエルと共倒れとなった。


つまり、コレだけではサマエルを滅ぼすことが出来なかったと言うこと。


「それでも、直撃したことで少なからずダメージは受けている筈です。そこを私の権能と、セーレさんの悪法で畳み掛けますよ」


「法王と手を組むのは悪魔的にどうかと思うが………まあ、異論は無い。そこの聖女様は今のところ役に立ちそうに無いしな」


チラリとセーレはマナへ目を向ける。


先程、ベリアルに操られ、権能を暴走させられた反動か、マナは酷く疲弊していた。


特に権能は使用することが出来ない程。


今のマナは戦力として数えない方が良いだろう。


「いざという時は、あなたが護ってあげて下さいね。セーレさん」


「ハッ、当然だ。俺の大事な契約者様だからな」


「ふふふ…」


セーレの横に並び立ち、ヴェラは思わず笑みを零した。


セーレと肩を並べて戦うことが嬉しいかのように、穏やかな笑みだった。


「それでは、まずは私が…!」


煙で遮られた向こう側へと、ヴェラは手を向ける。


囁くように言葉を唱え、権能を放つ。


その時だった。


「…コレは驚いたな」


煙の中からサマエルの声が聞こえた。


やはり、サマエルは未だ生きている。


その事実に動揺することなく、ヴェラはすぐに権能を放った。


「穿て『磔の聖槍』」


『番人』の名の下に放たれるのは、断罪の槍。


貫いた者を塩の塊へと変えて処刑する赤水晶の槍だ。


「ふん…」


煙から伸びた手がその槍を掴み取った。


槍を握り締めたまま、サマエルは煙の中から姿を現す。


「…ッ!」


その姿を見て、ヴェラは言葉を失った。


何故、と言う疑問が頭を支配する。


サマエルは聖絶を受けた筈だ。


避けられる余裕は無く、光がサマエルを呑み込む光景をヴェラは目撃した。


それなのに、


「無傷…? 一体、どうして…」


そう、聖絶を受けたサマエルには傷一つ無かった。


傷を修復した訳では無い。


まるで初めからダメージが無かったかのように、変化が無かった。


「絶望しているのですか?」


サマエルが槍を握り潰しながら、ヴェラを嘲る。


「不思議で仕方がないでしょうね。神敵を滅ぼす筈の神の威光が、私には一切通用しないのですから!」


サマエルは蛇のように囁く。


それは甘く、人の心を侵す毒。


「即ち、私は神の敵では無いと言うこと! 神は! 人類が悪魔に滅ぼされることを是としているのですよ! ギャハハハハ!」


人類は神に見捨てられたのだとサマエルは嗤う。


神の力を武器に戦う人類に、それは無意味だと告げる。


滅ぼされることこそが、道理。


死に絶えることが、真理。


「神に代わって人類を滅ぼすなんて、神の使者にでもなったつもりかよ! サマエル!」


それに反論するように、セーレはサマエルの背後に転移する。


「『空間切断クーペ』」


十字型の青白い光がサマエルの身体を走る。


その刃は油断していたサマエルの首を鮮やかに斬り飛ばした。


「…逆ですよ。私が神に従っているのではありません」


虚空を舞う首が顔色一つ変えずに言葉を続ける。


地上に残った身体が動き、その右手をセーレへと向けた。


「この私に神が屈したのですよ………『聖撃』」


「なっ…!」


セーレは耳を疑った。


サマエルは今、何と口にした?


一瞬、思考が止まったセーレへ向かって光の砲撃が放たれる。


悪魔の身を焼く聖なる光。


それは確かに、法術『聖撃』だった。


「ぐ、あああああ…!」


全身を焼き尽くす光に苦悶の声を上げるセーレ。


何故だ。


何故、悪魔であるサマエルが法術を使うことが出来る。


ベリアルの時とは話が違う。


あの時は人間であるサロメの身体にベリアルが入ると言う奇妙な共存関係故に、法術と魔性を両方使うことが出来たのだ。


誰に取り憑いている訳でも無く、四百年以上生きる生粋の悪魔であるサマエルが法術を使える理由が分からなかった。


「ギヒヒ…ギャハハハハ! 人間は本当に愚かですねェ! その力が誰に与えられたかも知らず、どんな物かも理解せずに使い続ける!」


千切れた首を元に戻しながら、サマエルは嗤う。


悪魔の蛇は、人間の無知を嘲笑う。


「どう言う、意味…?」


「真実を見えてあげましょう。天罰の章(ネメジス)。第十節…」


「…え?」


呆然とヴェラは呟いた。


それは、使徒達にすら赦されない最上位法術。


カナンの弟子しか使えない筈の法術が悪魔サマエルの手で展開される。


「『改悪』展開」


一言、サマエルが付け加えると共に、天に浮かぶ弟子達を模した十の陣が歪む。


赤く濁った陣に浮かぶのは、蝗や虻を模した不気味な模様だ。


「十の使徒。十の災い。ここに神の恐怖を示せ」


放たれるのは、神の恐怖の顕現。


赤く鈍く光る灼熱の雨は、人類を滅ぼす一撃。


サマエルの手によって改悪され、人類を殺傷する力を持った神の力。


「『聖呪アナテマ』」


「ッ…!」


咄嗟に法術を展開したヴェラへと灼熱の雨が降り注ぐ。


大地を焼き、文明を破壊する滅びの雨が今、たった一人の人間に堕ちる。


法術など無意味。


その雨は容易く障壁を溶かし、ヴェラの皮膚を焼いた。


「…クソが! 転移!」


自身の手が焼けることも躊躇わず、その手を掴んだセーレはすぐに転移する。


灼熱の雨から解放されたヴェラは力無く地面に倒れた。


「…う…」


まだ呼吸はしているが、全身に酷い火傷の跡があった。


「マナ=グラース! 急いで治療を!」


「わ、分かった!」


マナに押し付けながら、セーレは怒りの込められた目でサマエルを睨んだ。


「無駄無駄。あの雨を浴びて生きられる者はいません。死ぬのが少し遅くなるだけですよ?」


「うるせえ!」


余裕の無い様子でセーレは叫ぶ。


今まで感じたことの無い感覚だった。


焦燥と憤怒。


それを自分以外の誰かを傷つけられて感じるなど。


「やれやれ、では相手をしてあげましょう」


そう言って、サマエルは笑みを浮かべながら手を翳した。


その手に法術を展開しながら。


「悪魔退治の時間です。ギャハハハハ!」

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