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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第八十話


「チッ、一足遅かったか…!」


地上へと転移したセーレは目の前の光景に舌打ちをした。


大地に倒れ伏す人々。


周囲に漂う息が詰まるような魔性。


そして、


「ヴェラさん…!」


サマエルと対峙するヴェラの姿。


天罰の章(ネメジス)。第五節展開!」


片腕を振るいながら、ヴェラが叫んだ。


向けられた右手から、光の砲撃が放たれる。


「『聖撃』」


「『魔弾バール』」


それに合わせるように、サマエルの手からも黒い魔弾が放たれた。


先程とは違い、一点に集中させた魔性による魔弾。


それは最早、弾丸と言うよりも砲弾だった。


黒と白の砲撃は互いに打ち消し合い、相殺される。


天罰の章(ネメジス)。第七節展開!」


ヴェラは攻撃の手を休めない。


次に現れるのは、青い炎より生まれた天使。


十を超える天使達が、その手に持った弓を構える。


「『聖火』か。十の天使を同時展開とはやりますね………では、こちらも」


僅かに感心したように笑いながら、サマエルは両手をヴェラへと向ける。


その手の平で開く眼球が、赤く光った。


「出ろ『ハルファス』『マルファス』」


瞬間、赤い光の中から二つの影が飛び出した。


片方はコウノトリのような純白の翼を持つ少女。


片方はカラスのような漆黒の翼を持つ老人。


女と男。子供と老人。白と黒。


あらゆる意味で対照的な二つの存在はまるで合わせ鏡のように跪いている。


外見は殆ど人間と変わらないが、顔には生気が無く、人形のように無表情だ。


「悪魔を、創造した…!」


「その通り。それが出来るから、私は悪魔の王(サマエル)なんですよ」


悪魔の創造。


それこそが伝承に語られるサマエルの能力。


この能力故に、人類はサマエルたった一人に滅ぼされかけたのだ。


「行け」


「「――――ッ」」


人外の声を上げて、二つの悪魔が天使へと襲い掛かる。


それを迎え撃つのは、十の天使による百を超える矢の雨。


燃え盛る矢を浴びながらも、悪魔達は何ら怯むことが無かった。


「生まれたての悪魔の知性は獣並ですからねェ。自我も無く、保身も無く、ただ私の命令にだけ従ってくれる駒ですよ」


手足が捥げても痛みなど感じていないかのように止まらない。


矢を放ち続ける天使達すら気にも留めず、悪魔達はヴェラの身体にしがみ付いた。


「何を…!」


それを振り払おうとした時、悪魔達の身体が光を放った。


雷鳴のような轟音が響き渡る。


悪魔達が爆発したのだ。


「ぐ…うう…!」


「…思ったよりダメージが少ないですね。ギリギリで障壁を展開しましたか」


傷口を抑えながら治療をするヴェラに、サマエルは舌打ちをした。


致命傷を負って消えていく悪魔達には眼も向けていない。


「まあいいでしょう。このまま止めを…」


「させると思うか?」


瞬間、サマエルの右腕が宙を舞った。


然程驚いた様子も無く振り返ったサマエルの眼にセーレの姿が映る。


「想像していた数十倍クズだな、サマエル。まさか、生み出した悪魔を爆弾に変えるとは思わなかったぞ」


「悪魔が何を情の深いことを。彼らは私から生まれた私の一部。どう扱おうと、私の勝手でしょう」


ため息をつきながらサマエルは切り落とされた右腕に、目を向けた。


すると、地面に転がっていた右腕が独りでに動き出し、飛び上がる。


それは一つの生き物のように傷口と癒着し、すぐに元通りになった。


「この腕と同じです。あの悪魔達も、お前達七柱も、全て私の駒に過ぎない。被造物が造物主に逆らうんじゃない」


「生憎だが、俺は恩知らずでな。生んでくれた恩は、仇で返させて貰うぜ!」


「…はぁ。やはり、無駄に知性など付けさせるべきでは無かったか。放任主義の弊害ですねェ」


面倒臭そうに息を吐き、サマエルは周囲を見渡した。


ヴェラの尽力故か、負傷者は多いが死者は殆どいない。


こちらの様子を窺っているマナも含め、大勢の人間がサマエルを見ていた。


「…一人一人相手をするのも面倒ですねェ。纏めて相手をしてあげますよ」


「すぐに他の使徒も駆け付ける。貴様一人で勝てるつもりか?」


「逆に聞きましょう。たったそれだけの戦力でこの私に勝つつもりか?」


ボコボコとサマエルの纏うローブが不気味に波打つ。


地面に引き摺りそうなローブの下から漏れる魔性が、空へと立ち上っていく。


「私は無尽蔵に悪魔を創造できる。だと言うのに…」


サマエルの口が三日月のように吊り上がる。


「どうして、たった七柱しか生み出していないと勘違いしていたのか?」


「何…?」


サマエルの言葉の真意が分からず、セーレは首を傾げる。


その答えはすぐに分かった。


「『魔導書グリモア』起動。第百六十より百九十まで展開」


天空に文字が浮かぶ。


次々と浮かび上がる赤い文字から滲み出るように影が現れる。


刻まれた番号は百六十から百九十までの三十。


それと同数の悪魔が出現した。


「なっ…!」


「教えてあげましょう。私は体内に四百の悪魔を飼っています。一匹一匹の力は七柱に劣りますが、人間を殺すにはそれで十分」


セーレは言葉を失う。


生み出された悪魔は自我が薄いようだが、それでも力は下級悪魔を遥かに超えている。


人間にとっては十分脅威足り得るし、三十も集まれば七柱でも苦戦するかも知れない。


そんな悪魔が、四百も存在すると言うのだ。


「――――ッ」


「チッ…!」


狼に似た姿をした悪魔が黒い炎を吐き、鳥のような顔をした悪魔が雷を纏う。


自分に向けて放たれた攻撃をセーレは咄嗟に転移して躱した。


悪法は持たないようだが、決して弱くは無い。


何より、数が多過ぎる。


「半分でも解放すれば、人類を滅ぼすのに三日と要らないでしょう! だから言ったのですよ! たったそれだけの戦力でこの私に勝つつもりか、とね。ギヒヒ………ギャハハハハハハハハハ!」


三十の悪魔を従えながら、サマエルは嘲笑の声を上げる。


人々の顔が絶望に染まるのを見届け、愉悦に浸っている。


「悲観することはありませんよ! この世界を作ったのが神ならば、この地獄を作ったのもまた神! あなた方が感じている絶望も苦悶も不安も! そして、この私を作ったのも神ならば…!」


サマエルは神父のように天を仰ぐ。


「今、ここで死ぬことこそが神の望み! 人の滅びこそが神の願い! 神は善よりも悪を望んでいたことに他なら…」


「…権能『神の番人』」


サマエルの言葉を遮るように、ヴェラの声が響いた。


「………あ?」


水を差されたサマエルが訝し気な顔を浮かべた瞬間、大地より赤水晶の槍が突き出す。


その数は三十。


それは全ての悪魔を貫き、大地へ縫い留めた。


「神は人に試練を与えるけれど、それは決して乗り越えられぬ物では無い…」


水晶の槍に触れている部分から、悪魔の身体が塩の塊へと変わっていく。


「悪とは、善を試す為に存在するのです」


ほんの十秒程で、全ての悪魔は塩の塊へと完全に変わり、砕け散った。


「…ああ、苛々しますね。実に不愉快です。その言葉、その顔、カナンを思い出す」


殺意と怒りを滲ませてサマエルは呟く。


ヴェラをかつての宿敵に重ねて、憎悪する。


「…セーレさん。少し、離れていて下さい」


サマエルから目を離さないまま、ヴェラはセーレに言った。


思わず振り返すセーレに僅かに意識を向ける。


「近くにいると、巻き込んでしまいますので」


「…分かった。気を付けろよ」


何か策があるのだと理解し、サマエルはマナの傍まで転移した。


それを見届けてから、ヴェラは片手を天へ向ける。


天罰の章(ネメジス)。第十節展開」


唱えるのは、天罰の章(ネメジス)の最終節。


上級法術の更に上。


カナンの弟子にだけ赦された法術。


「十の使徒。十の戒め。ここに神の威光を示せ」


天に浮かぶのは、弟子達を模した十の陣。


ステンドグラスのように展開された陣の中心に、光が収束していく。


「…コレは」


「『聖絶アナテマ』」


一切の慈悲無く、最後の術が完成する。


それは神罰の力。


神の敵を葬る裁きの光。


逃れることなど出来はせず、


その光は、サマエルへと降り注いだ。

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