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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第七十八話


「法王、様…」


「オズワルド…皆、無事で良かった」


アンドラスから目を離さないまま、ヴェラは安堵したように息を吐く。


皆を庇う様に前に出たヴェラの足下に、数滴の血が垂れた。


「お怪我を…!」


「はい。私も、もう若くないですね。少し苦戦してしまいました」


ヴェラは苦笑を浮かべて、左肩を撫でた。


その肩から先が、存在しなかった。


モラクスを退けて聖都に帰還したヴェラだったが、無傷とはいかなかったのだ。


「まさか、モラクスを倒したの…?」


「彼の悪法で結界が壊されてすぐに転移したので、それは分かりません」


ヴェラが軽く傷口を撫でると、傷が塞がり、流れていた血が止まった。


そのまま右腕を真っ直ぐアンドラスへと向ける。


片腕を失う重傷を負っても、ヴェラの法力は少しも乱れていない。


負傷など関係無い。


法王は未だ健在だった。


「権能『神の番人』」


ヴェラがその異名を口にする。


神より与えられた番人の称号。


番人とは護る者。


神に祝福されたこの土地を。その地に住む全ての人間を。


そして、それを害そうとする侵略者を滅ぼす者。


「ぐ…あ…ああ!」


聖都の護りは、人間に祝福を。悪魔に天罰を与える。


その理からは、七柱であっても逃れられない。


「これで、終わりです」








「ッ! この感覚は、法王か?」


ビリビリと電気が走るような感覚に、セーレは呟く。


手足が麻痺し、力が弱まるのを感じた。


悪魔であるセーレは、聖都の護りに敵対者と見なされているようだ。


だが、それはセーレだけでは無い。


『ギィ…ギャアアアアア!』


セーレの追う先で、悲鳴が上がる。


血の池に浸った蛇のような外見の悪魔、ベリアルだ。


数百年を生きた七柱であるセーレさえ多少ダメージを受ける程の権能だ。


たった数年しか生きていない下級悪魔には致命傷だろう。


「剥き出しの身体には堪えるか? 寄生虫」


『ギギギ…!』


動きが鈍った隙をついて、セーレはその尾を掴んだ。


誰か別の人間に取り憑く前にさっさと殺そうと、片腕を振り上げる。


「遺言があれば、勝手に言いな」


『………』


ベリアルは何も答えなかった。


今まで饒舌だった割に、妙に無口だ。


そのことに違和感を覚えながらも、セーレはその手を振り降ろす。


『…ギヒッ』


全身を切り裂かれ、その命を絶つ瞬間、ベリアルが笑ったように見えた。








「…サロメ」


マナはサロメの身体を床に寝かせ、その頭を撫でていた。


額にはもう第三の眼は無いが、身体は未だにボロボロのままだ。


包帯だらけの身体は痛々しく、マナは顔を歪ませる。


サロメは三年の間、ベリアルを体内に宿していた。


ベリアルはサロメの魂には手を出さなかった筈だが、影響を受けない筈はない。


今まで身体を無理やり動かしていたベリアルが消え、サロメは目を覚ますことが出来るのか。


それは一体、どれだけ先のことなのか。


不安からマナはサロメの小さな手を強く握り締めた。


「…う…」


その時、サロメが小さく呻いた。


ゆっくりと、閉じた瞼が開いていく。


「姉さん…?」


「サロメ!」


「私、何で…?」


強く呼びかけるマナの前で、サロメは思案するように呟く。


周囲を見渡し、次に自分の身体を見下ろす。


やがて、状況を薄々理解したのか、顔を悲し気に歪めた。


「そう、か。姉さん、私は…」


「…何も言わなくていいよ。全部、悪い夢は終わったから」


マナは目に涙を浮かべて、サロメを抱き締めた。


サロメがどこまで自分に起こったことを理解しているかは分からない。


だが、それはサロメの罪ではない筈だ。


サロメ自身が罪悪感を感じる必要は何も無いのだ。


「姉さん、ありがとう…」


サロメは抱き締められたまま、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「本当に……………扱い易くて助かります」


「……………え?」


ドクン、とマナの心臓が跳ねた。


そんな筈はない、と思わずマナはサロメの顔を見る。


その眼が、再び黒く濁っていた。


「一度も考えなかったのですか? ベリアルはサロメの悪意を元に作られた人格」


「あ、ああ…そんな、何で…」


「だとするなら…」


サロメは笑みを浮かべた。


悪魔を思わせる醜悪な笑みを。


「私自身があなたを憎んでいないと、どうして思ったのですか?」


「――――――――」


その言葉を聞いた瞬間、マナの中で何かが壊れた。


ベリアルを倒せば、元のサロメに戻ると思っていた。


昔のように、全て元通りになると思っていた。


そう思って、戦っていたのに。


ベリアルはきっかけでしかなく、サロメの悪意は元々サロメの中にあったのだとしたら、


元からサロメはマナのことを憎んでいたのだとしたら、


「さて、ここまでは全て計画通りです。最後の仕上げは姉さんに任せますよ」


サロメの声が遠い。


しかし、その眼から視線を逸らすことが出来ない。


ベリアルの影響で僅かに残った魔性。


それを使って放たれるサロメの魔眼。


「権能を使って下さい。全力でね」


「あ、ああああああああああああああああ!」


黄金の光が全てを包み込んだ。








「アレは…?」


突然、大聖堂から天に向かって巨大な光の柱が出現した。


それが現れた途端、聖都の護りが全て解除された。


法術も、権能も、悪法も、


聖都に存在するあらゆる力が壊されていく。


「この力は………アイツ、一体何を…!」


ヴェラの眼前で、アンドラスが取り乱す。


どうやら、コレはアンドラスにとっても想定外の出来事のようだ。


当然だろう。


法術や権能を封じるだけならともかく、この光の中では悪法も魔性も使えない。


コレではどちらの優位にも働かない。


恐らく、マナの権能を利用して行ったのだろうが、一体何の為に。


(こんなことをしても、出来るのは一時的に聖都全ての法術を壊すくらいで…)


「………全ての法術?」


バッとヴェラは大聖堂の方角を向いた。


正確には、その地下に安置された聖櫃の場所を。


「…まさか、彼女の狙いは!」








「チッ、何だこの光は! おい、聖女様!」


異変を感じ取って戻ったセーレは、マナ達に近付くことが出来なかった。


マナの放つ光の柱が、法王並の法力を放っていたからだ。


迂闊近付けば、セーレであってもただでは済まない。


「キキ…キャハハハハハ! そう、その調子ですよ! 姉さん!」


「貴様、何をしやがった!」


「始まるのはこれからですよ。人類と悪魔の戦いは、今日終わりを告げる!」


人間の身で魔性を使った影響か、暴走したマナの近くにいる影響か、グズグズと崩れていく身体を気にも留めずにサロメは笑い続ける。


「『神の慈悲』は、あらゆる楔を解き放つ! 例え賢者カナンであっても、それは止められない!」


笑うサロメの背後で、聖櫃が軋む。


約四百年、傷一つ負うことの無かった棺が壊れていく。


「これで、これで!」


聖櫃と共に、サロメの身体も崩壊する。


()が復活する!」


遂に限界を迎えた身体に亀裂が走り、サロメはガラス細工のように砕け散った。


その瞬間、サロメの洗脳が解けたのか、マナから放たれていた光の柱が完全に消える。


「チッ! 何がどうなってやがる」


力無く倒れたマナを抱き留めながら、セーレは吐き捨てる。


訳が分からなかった。


サロメは一体何がしたかったのか。


ただ自身の死期を早めたようにしか、セーレには見えなかった。


「せ、セーレ?」


「正気に戻ったか。悪いが、貴様の妹は…」


言いかけて、セーレは咄嗟に前を向いた。


誰か、いる。


壊された聖櫃のすぐ傍に、何者かが立っている。


「…誰だ?」


(何だ、この感覚は…? 悪魔では無い。人間でも無い。生き物では、無い…?)


例えるなら、千や万の悪意が形を持って立っているような違和感。


生き物では有り得ない筈なのに、その気配は人間らしい感情に満ちている。


「………………」


それは、二十を超えたばかりと言った容姿の青年だった。


髪は暗闇の金色(ダークブロンド)だが、真っ赤に変色した髪が何本か見える。


びっしりと目の模様がある赤いローブを纏っており、地面を引き摺っている。


顔立ち自体は落ち着いた顔をしているが、額には第三の眼があり、全て黒く濁っていた。


ローブから露出した両腕には蛇の鱗のような痣が浮かび、手の平にも眼球があるなど、人間に不快感を与えるような悍ましい姿をしている。


「……賢者カナン、なの?」


思わずマナはそう口にした。


この人物は、聖櫃の中から現れた筈だ。


聖櫃はカナンの棺。


だとすれば、彼は蘇ったカナンと言うことに…


「違う…!」


マナの言葉を聞き、セーレが叫んだ。


その声は、何故か震えていた。


「コイツは、コイツは…!」


セーレの頬に冷や汗が流れる。


どうして気付かなかった。


こんなに、近くにいたと言うのに…


「…サマエル、だ!」


「………………ギヒッ」


セーレがその名を呼んだ瞬間、男の口から声が漏れた。


その顔が、悪辣に醜悪に歪む。


「ギャハハハハハハハ! 成功した! 遂に成功したぞ!」


悪意に満ちた声が響き渡る。


愉悦に歪んだ眼が、空を見上げる。


「長かった! 永かった! 空に浮かぶ無数の星々から、たった一つの自分の星を探し続けるような地獄を経て! 私は、私は!」


「ッ…!」


「この世界に帰還したぞ!」


憤怒のサマエル。


七柱の真のリーダーにして、全ての悪魔を生み出した元凶。


史上最悪の悪魔が、帰還した。

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