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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第七十六話


「カナンの遺体を私にくれるのなら、この古い肉体はあなた達に返しましょう」


ベリアルは愉悦に顔を歪ませながら自身の願望を語る。


ベリアルの求めている物は、賢者カナンの遺体。


その遺体に取り憑き、新たな肉体とすること。


そうなったら、どうなる。


ベリアルは憑依した者のあらゆる力を支配する。


普通の人間に過ぎなかったサロメですら、上級法術を使用していた。


もし、カナンの肉体を手に入れたなら、カナンの持つ全ての法術を操れるようになる。


カナンが悪魔の手に堕ちると言う最悪の状況だ。


「どうするよ、聖女様」


「…セーレ。お願い」


チラッと目を向けたセーレに、マナは深く頷いた。


嫌な笑みを浮かべるベリアルを睨むように見つめる。


「絶対に、カナンの遺体を渡さないで」


「…ほう」


迷いなく答えたマナに対し、セーレは少し感心したように息を吐く。


恐らく、多少は迷うと思っていたのだろう。


サロメのことは大切だ。


命に代えてでも助けたいと思っている。


しかし、それでカナンの遺体を明け渡してしまったら、全て終わりだ。


サロメもマナも、聖都の全ての人間が死んでしまうかも知れない。


本当にサロメを助ける為、判断を誤る訳にはいかない。


「よく言った! それでこそ、我が契約者だ………ほらよ、ご褒美だ」


セーレは身に纏う青白い粒子に手を突っ込み、取り出した物をマナへと渡した。


それは見覚えのある、光り輝く剣だった。


「コレは聖剣? どうして、セーレが…?」


「有事の際には貴様に渡せと法王に預けられていた。全く、悪魔に聖剣を託すなよな」


マナが手にした途端、輝きを増した聖剣に慌てて距離を取るセーレ。


悪魔であるセーレにとっては、近寄るだけでキツイ代物なのだ。


マナは聖剣を素人臭い動きで構えている。


「酷いですね、姉さんは。たった一人の妹よりも、世界平和を取るのですか…」


サロメの口調を真似ながら、ベリアルは言った。


残念そうな口調の割には、顔は笑みを浮かべたままだ。


本人も、簡単に要求が通るとは思っていなかったようだ。


「まあ、良いですよ。私の計画がすんなり上手く行くとは最初から思っていません」


「そうかい…『空間捕縛アトラペ』」


「!」


瞬間、ベリアルの身体は半透明の箱に閉じ込められた。


拘束用の青白い箱。


会話をしている隙に、ベリアルを包むよう粒子を操っていたのだ。


「捕えたぞ。後は拳を握るだけで、空間ごと貴様を握り潰せる」


「…出来ないことを言っても脅しにはなりませんよ? あなたに私は殺せない」


未だ余裕を保ったまま、ベリアルは言った。


サロメの肉体と言う人質がある限り、セーレは自身に手が出せない。


そう確信しているのだ。


「なので、こんな物は無益。無意味。無価値…」


ベリアルの三つの眼が全て黒く濁る。


普段白い部分が黒く変色し、瞳孔は赤く染まっている。


(…何を)


その眼を見ている内に、セーレは段々と意識が混濁し始めた。


箱に閉じ込めた筈のベリアルの影が伸びてくる。


それは赤黒い巨大な蛇へと変わり、鎌首をもたげる。


何故か身動きが出来ないセーレに向かって大口を開き、そして…


「セーレ!」


「ッ!」


マナの声にセーレの意識が覚醒する。


気が付くと、蛇などどこにもいなかった。


ベリアルはどこか不敵な笑みを浮かべて、セーレを見つめている。


無意識の内に解除してしまったのか、閉じ込めていた箱は消えてしまっていた。


(今のは、魔眼か? この俺が…?)


幻覚を見せられていたと言うことだろうか。


だが、人を欺く能力である魔眼が悪魔に効くなど、聞いたことが無い。


(コイツ、本当にただの下級悪魔か…?)


「仕切り直し、と行きましょうか」


ベリアルは濃い魔性を纏いながら、そう告げた。


薄暗い魔性は、まるで無数の蛇のように蠢いていた。








箱舟の章(アルシュ)。第八節展開!」


光り輝く無数の鎖がモラクスを拘束する。


外見に相応しい怪力を持つモラクスであっても、壊すことの出来ない神の鎖だ。


「加えて、天罰の章(ネメジス)。第七節展開!」


畳み掛けるように、ヴェラは新たな法術を同時展開する。


天罰の章(ネメジス)の七番目は『聖火』


オズワルドも使用した、炎の天使を生み出す法術である。


しかし、使徒の長であるヴェラは桁が違う。


具現化される天使の数は十。


狭い檻の中に展開された天使達は、統率された動きで弓を構える。


「撃て!」


ヴェラの合図と共にオズワルドの十倍の矢が放たれた。


身動きの出来ないモラクスに対し、全ての矢が炎となって降り注ぐ。


モラクスの纏う灼熱の鎧を超える火力。


ドロドロとモラクスの身体が融け出し、小さくなっていく。


「…ゥゥゥ」


苦痛からか、獣染みた呻き声を上げるモラクス。


戦いは一方的だった。


モラクスは反撃一つすることが出来ず、ただヴェラの攻撃を受け続けている。


「…しぶといですね」


ヴェラは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。


戦いは優勢だが、状況はあまり良くなかった。


見た目に違わず、モラクスは七柱の中でもトップクラスの生命力を持つ。


黄金の鎧が溶け落ちる程の熱を放っているにも関わらず、中々死なない。


一刻も早く聖都に戻らなければならないと言うのに…


「…ル」


「…?」


その時、呻き声を上げるだけだったモラクスが言葉を口にした。


鎧の奥から覗く目が、ヴェラを見つめる。


「ラロロ…ルラ…レルルル………ラァ…!」


人語ではない獣に近い声を上げるモラクス。


知性が劣化し、言葉を喋る知能すら失っても、本能だけは忘れていなかった。


即ち、喰らうと言うことを。


「ルァァァァァァァ! 『暴食グルマンディーズ』」


「なっ…!」


モラクスの黄金の鎧が、強い光を放った。


それはかつてゴモラを滅ぼした光。


敵味方問わず破壊し尽すモラクスの持つ悪法。


「しまった…!」


逃げ場などない。


ここは封印された檻の中。


例えモラクス自身もただでは済まないとしても、理性を持たない獣が止まる筈がない。


ベリアルは最初からコレを狙っていたのだ。


ヴェラをモラクスと戦わせるのではなく、モラクスの自爆に巻き込ませることを。








「遅い。遅い遅い遅い! 虫が止まりそうだわ!」


飛び回るアンドラスは、少しも速度を落とすことなく爪を振るう。


人間ならあまりの速度に目が追いつかないが、悪魔であるアンドラスは違う。


風のような速度を維持したまま、敵を切り殺すことが出来る。


「ぐあああ…!」


腹を切り裂かれたオズワルドの悲鳴が上がる。


甚振るように少しずつ切り裂いていたが、今回は重傷だ。


致命傷とまでは言わないが、もう戦いは無理だろう。


(…コレで、終わりね)


バジリオを狙わず、執拗にオズワルドを狙ったのは彼が戦力の要だから。


上級法術を操る彼さえ仕留めれば、もうバジリオは何も出来ない。


何故なら彼は指揮官であって、戦士ではないから。


「ふふ、ふふふ…」


「ッ!」


嘲笑を浮かべながらアンドラスはバジリオへ向かう。


オズワルドに意識を向けていた彼は、あっさりとアンドラスに捕まった。


「捕まえた。随分とコケにしてくれたわね」


「…ッ!」


掴んだバジリオの手を強く握ると、バジリオの顔が苦痛に歪んだ。


骨が折れたのかも知れない。


「このまま握り潰すのは簡単だけど、それでは私の気が晴れない! お前は徹底的に甚振って、殺してくれと懇願してから殺すわ!」


アンドラスはかつてない程の怒りを浮かべて叫ぶ。


ただでは殺さない。


肉体も精神も嬲り殺してやる。


「そうね。肉体を痛めつける前に洗脳して、法王に差し向けるのも良いわね。殺すにしても、殺されるにしても、面白い喜劇になるでしょう!」


「………」


「お前達の口にする絆や信頼など、この程度。私の手に掛かれば、簡単に粉々に出来るのよ!」


叫びながらアンドラスはバジリオを掴んでいない方の爪を振るう。


バジリオの身体に新しい傷が走った。


「ハッ、敵に見つかる指揮官は無能ね。駒がいなければ、自分の身を守ることも出来ない!」


「…違う」


痛みに呻きながら、バジリオは声を上げた。


その白金色の眼が、真っ直ぐアンドラスを射抜く。


「一流の指揮官は、自身さえも駒の一つとして扱うものだ」


ガシッとバジリオはボロボロの両手でアンドラスの身体を掴んだ。


まるで動きを封じるように。


命令コマンド『全力を尽くせ』」


その口から放たれるのは、一つの命令。


その眼が見つめる先にいるのは、最後の弟子。


天罰の章(ネメジス)。第一節展開!」


「ッ! 離しなさい!」


気付いたアンドラスが暴れるが、もう遅い。


アンドラスの死角に立っていたセシールの手から、青白い雷が放たれる。


「『聖光』」


それは、バジリオごとアンドラスの胸を貫いた。

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