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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第七十三話


「…ここは」


ヴェラは周囲を見渡す。


ベリアルによって転移された場所は、薄暗く冷たい空気が漂う空間だった。


すぐに聖都に戻るべく転移しようとするが、失敗に終わった。


どうやら、入る者を受け入れ、出る者を拒むような特殊な結界が張られているようだ。


「コレが、原因でしょうか」


法術に似た力を放っているのは、古ぼけた石の柱だ。


神殿を支える柱にも、檻の格子にも見える建造物。


コレを壊せば、転移出来るだろうか。


「………」


「ッ!」


その時、ヴェラは咄嗟に檻の奥へ目を向けた。


息遣いが聞こえたのだ。


獣のように荒い息遣い。


それと共に漂ってくる、血の臭い。


「…誰ですか」


それはゆっくりと、ヴェラの前に姿を現した。


初めに見えたのは、赤く燃え滾る黄金の甲冑。


猛牛の頭部を持つ半人半獣の姿をしており、身の丈は三メートルを超える怪物。


黄金の鎧は周囲の風景を歪める程の高熱を放ち、融けた黄金が涙のように隙間から流れている。


足先から頭まで完全に鎧で覆われ、生身の部分は一切露出していない。


「………まさか、暴食のモラクス?」


「…ゥゥゥゥ」


「聖戦以降、一度も姿を見せなかった悪魔が、どうして…?」


モラクスは両腕を持ち上げた。


その腕に繋がれた鎖が、ジャラジャラと音を発てる。


歩く度に、足からも同じ音が響いた。


「…なるほど。七柱側も、あなたを持て余していたようですね」


「ルォォォォォ…!」


檻に入れられ、鎖で拘束された黄金の獣が吠える。


甲冑に包まれた顔から覗く目が、ヴェラを見ていた。


理性も知性も無い、食欲に歪んだ獣の眼だ。


「どうやら、お腹が空いているようですが、私は一刻も早く聖都に戻らないといけません」


バチバチとヴェラの周囲に火花が散る。


土地や民衆を守護することに特化している『神の番人』は使えないが、法術は使える。


「聖都の外に出るのは百年ぶりですが、それだけで私を無力化出来たと思わないことです…!」








「コレで良い。あの腹ペコの獣では法王は殺せないでしょうが、時間稼ぎにはなる」


ベリアルは聖都を歩きながら、そう呟く。


ヴェラが居なくなったことで、聖都の護りは消えた。


万全となったアンドラスは無差別に人を殺し続けている。


それだけではない。


無防備な聖都には次々と下級悪魔が送り込まれることになっている。


ベリアルの提案を受けてアンドラスは遂に決定を下した。


七柱側の全戦力を以て、聖都を攻め滅ぼすと。


「善が勝つか。悪が勝つか。キャハハハハ………ゲホッ!」


嘲笑を浮かべていたベリアルは大きく咳き込んだ。


口を覆った手から血が垂れている。


「チッ、やはり転移は日に一度が限界でしたか。この身体もそろそろ限界ですね」


包帯と薬で誤魔化したボロボロの身体を見下ろし、他人事のようにベリアルは言う。


「ですが、今日を生き残ればそれで構わない。私は、その為だけに…」


「サロメ!」


聞こえた声に、ベリアルは足を止めた。


まるでその相手を待っていたかのように、笑みを浮かべる。


「私はサロメではありませんよ。ベリアルです」


訂正するベリアルの前に、待ち人であるマナが立っていた。


「…そうだったね。ベリアル、サロメの身体を返して」


「はて。返せと言われても、具体的にどうすれば?」


「貴様をその身体から引き摺り出してやる、と言っているんだよ」


マナの隣に立つセーレが言った。


青白い粒子を纏っており、ベリアルの顔を睨んでいる。


「確かに。あなたの能力ならそれも可能かも知れませんね。ですが、それをあなたがする理由は?」


「…?」


「人類の敵であれ。それが七柱の存在意義。なのに、あなたは人類の味方になるつもりですか?」


「ハッ、何を言うかと思えば…」


創造主サマエルが人類の敵であれと望んで悪魔を作ったことは知っている。


アンドラスなど、多くの悪魔がそれに従っていることも理解している。


「俺はな。俺を作った存在だからと言って、誰かに支配されるのは御免だ。全て決め付けられて生きることに何の意味がある?」


サマエルの意思に従っているアンドラスもそうだが、神を崇めるケイナン教徒もそうだ。


自分では何一つ選ばず、考えず、創造主に言われるままに生きることに何の価値がある。


「神やサマエルに何か思惑があってとしても関係無い。俺は俺のやりたいようにやる。それが生きるってことだろうが!」


「………」


セーレの言葉に、ベリアルは少し驚いたような顔をした。


人類の敵であれ、と言う願いに愚直に従う悪魔として、その考えは理解できなかったのだろう。


「…ふ」


ベリアルの口元に笑みが浮かぶ。


「キキ…キャハハハハ! 誰にも支配されない? そんな戯言、世界が終わっても言えますかね!」


「何…?」


ベリアルの額に第三の眼が浮かび、身体を赤黒い魔性が包み込む。


「聖都が堕ちれば、人類は終わりです! 悪魔の勝利だ! それは神が! 世界が! 悪魔を選んだことに他ならない!」


魔性に混ざり、光の陣が浮かび上がる。


転移の前兆を見て、セーレは走り出した。


「私は聖都の全てを破壊します。町も、人も、大聖堂も、当然、聖櫃もね!」


「逃がすか!」


その身体が消える前、セーレの手がベリアルの手を掴む。


「お触り禁止、だよ」


瞬間、セーレの手は飛んできた魔弾によって弾かれた。


それに驚き、意識を向けている隙にベリアルは完全に消える。


「チッ! 貴様は…!」


「あなたは…」


マナとセーレが、魔弾を撃った者の方を見る。


「や。久しぶりだね、二人共」


そこには、笑みを浮かべたシュトリが立っていた。








「…こうも弱いと、退屈ね」


聖都で惨殺を続けながら、アンドラスは呟いた。


現れてから約一時間。


出会う者全てを殺し続けているが、誰一人直接手を下してはいない。


その爪を使えば、一撃で命を絶てると言うのにそうしないのは、アンドラスの悪辣さ故に。


一思いに命を絶つなど、勿体無い。


人間を罠に嵌め、心を操り、自滅させるからこそ、愉しい。


親兄弟を、友人恋人を、その仲を引き裂き、皆殺しにすることが何よりも愉しい。


アンドラスは、人間で遊んでいるのだ。


上位種である悪魔によって、人間は玩具に過ぎない。


アンドラスはサマエルに最初に作られた悪魔だ。


彼と過ごした時間は、最も長い。


「………」


アンドラスは彼に教えられた。


悪魔とは何か。人間とは何か。神とは何か。


そして、人類を滅ぼすことこそが悪魔の存在意義だと教えられたのだ。


創造主に従うのは、被造物として当然の行動。


そう言う意味では、アンドラスはサマエルを信じる狂信者とも言える。


「悪法『色欲アンピュルテ』」


「ん…?」


物思いに耽るアンドラスの視界の端に、見覚えのある黒い霧が見えた。


既に惨殺された死体の身体が、時を戻すように修復していく。


しかし、それだけだ。


身体の傷は戻っても、失われた命は戻らない。


あの悪法は時を戻すだけで、命を戻すのでは無いのだから。


そんなことは、あの男も知っていた筈だが…


「…ああ、娘の方か」


ぴくりとも動かない死体に向かって懸命に悪法を使っているのは、シュトリでは無くセシールだった。


人間クズの血が半分混ざった半端者。


正直、アンドラスとしてはどうでもいい存在だが…


(まあ、あまり可愛くないとは言え弟は弟。意を汲んであげましょう)


「LA―――Ar―――」


アンドラスの口から魔性の歌声が響き渡る。


その声を聞き、セシールも気付いたようだ。


「ッ! アンドラス…」


ナイフを構えながら、セシールはアンドラスを睨む。


アンドラスは失笑を浮かべた。


「そんな武器で私に傷を負わせられるとでも?」


「それでも、私は…!」


先手必勝とばかりに、セシールはナイフを投擲する。


効果が無いのは理解している。


それでも眼前にナイフを投擲されれば、少しは隙が出来る筈。


そこを突くべく、バジリオと特訓した法術を発動させる。


「どこを見ているの?」


「なっ…!」


突然、背後から声が聞こえた。


いつの間に移動したのか、手が触れそうなほど近くにアンドラスがいた。


天罰の章(ネメジス)。第一節展開!」


青白い火花が、セシールの手から放たれる。


それはアンドラスの胸を貫き、その身を焼き焦がした。


「第一節か。まさか、それが切り札なの?」


アンドラスは無傷のまま、平然とそう言った。


確かに、アンドラスが致命傷を負った姿を見た筈なのに。


姿だけではない。


声だって聞こえた筈なのに。


「私が操るのは幻覚ではなく『認識』能力。ここに何もいなくても、あなたの脳は幻影がそこにいると認識してしまう。理屈ではないのよ」


仮に目を閉じて、耳を塞いでも、認識してしまう。


単なる幻覚能力を超えた、悪魔の法。


それが、アンドラスの悪法『嫉妬アンヴィ』だ。


「もうあなたの脳は私の物。あなたの見ている者、聞こえている物は、何一つ信用ならなくなった」


「くっ…」


「安心しなさい。私はあなたを殺さないわ。生意気とは言え、シュトリはサマエル様の教えを守っている。なら私も約束を守らなければね」


同胞である悪魔は、彼らがサマエルを裏切らない限りは寛容に接するつもりだった。


なので、アンドラスは半魔であるセシールに温情をかける。


「そうね。あなたを使って、聖都の人間を殺し尽すと言うのはどうかしら?」


何でもないことのように、アンドラスは言った。


「私も退屈していた所だし、そうすればあなたも悪魔としての自覚が出るでしょう?」


「やめろ…! そんなこと、私は…!」


「気にしなくていいわ。私はあなたの脳を操る。あなたは今まで通り、悪魔を手にかける気分で人間を手にかけることが出来る。何も、恐れることは無い」


アンドラスはセシールへと近付いていく。


セシールは逃げられない。


既にアンドラスの手は、セシールの脳に届いている。


あとは改竄されてしまえば、人の心を失った悪魔の誕生だ。


「やめ…!」


命令コマンド『来い』」


瞬間、弾けるようにセシールの身体が飛び上がった。


重力に引かれるようにセシールは浮かび上がり、アンドラスの手を逃れる。


「久しぶりだな」


セシールの身体を抱き留めながら、男は言う。


「僕の顔を覚えているか? アンドラス」


使徒バジリオ=コマンダンはそう告げた。

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