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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
四章
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第七十二話


この世界は全能なる神によって創造された。


最初に天と地を作り、次に太陽と月を作った。


最後に世界に住む人間を作り、神は身を隠した。


この世界に存在する全ての存在は神によって生まれた。


故に、全ての人類には神の血が流れており、人類は皆兄弟である。


この世界は、神の愛に満ちている。


「くはっ…子供騙しですねェ」


ケイナン教の教典を眺めながら、ベリアルは吐き捨てる。


「…確かに、この世界は神と呼ぶべき存在に作られたのでしょう。被造物である人間に神の血が流れていることも使徒の存在が証明している」


教典を捨て、嫌悪の表情で踏み締めるベリアル。


「ですが、神は人類を愛してなどいない」


神の存在は認めながらも、神の愛は認めない。


ベリアルの顔には、強い怒りと憎しみが宿っていた。


「神が人を愛していると言うなら、どうしてこの世界は苦痛と絶望に満ちている? 人間の中に悪性と言う欠陥が存在する?」


神の愛が存在するなら、この世界は楽園になる筈だった。


痛みも苦しみも無い、善性だけの世界になる筈だった。


「何故、悪魔は生まれたのか?」


悪魔でありながら、ベリアルは自身の存在を疑問視する。


人類の敵である悪性。


神が善なる者のみを愛すると言うなら、どうしてそんな存在が生まれたのか。


「手違いか? 否、そんな欠陥が無いからこそ神は全能である」


ならば、悪性として生まれ落ちた存在にも意味がある。


『人類の敵であれ』と求められた悪魔にも存在意義がある。


「さあ、始めましょうか。人類の救いであれと望まれた者と、人類の敵であれと望まれた者。神が望むのはどちらの勝利か」








始まりは、小さな地震だった。


軽く窓が揺れる程度の、小さな揺れ。


十秒程でそれが収まると、聖都の中心に見知らぬ女が立っていた。


それは魔性の美しさを持つ女だった。


二メートル近い肉感的な肢体を黒のドレスに包んだ美女。


一見、人間に見えるが背中から生えたカラスを思わせる黒い翼が人外であることを意味している。


手首にも黒い羽毛が生えており、鋭い爪を持つ。


足は比較的人間に近く、靴は履かずにブラブラと揺らしている。


「LA―――Ar―――」


女は歌う。天使のように。


女は嗤う。悪魔のように。


「あ、ああ…」


異様な雰囲気を持つ女に、皆は息を呑む。


その姿に、その正体に、人々が気付いた時には、手遅れだった。


「ぎゃああああああ!」


誰かの悲鳴が上がった。


女はその場から動いていない筈なのに、一人の男が惨殺された。


「に、逃げろ! 逃げろぉ! 奴は、七柱のアンドラスだ!」


大声を上げるのが精一杯だった。


恐怖に震えながら人々は走り出す。


アンドラスから一秒でも早く逃げようと走る。


「顔を見て悲鳴を上げるなんて、少し無礼では無いかしら?」


言葉とは裏腹に嘲笑を浮かべてアンドラスは言った。


男は思わず悲鳴を上げる。


いつの間にか、自身のすぐ後ろにアンドラスが迫っていたのだ。


「う、わああああああ!」


狂乱しながら、男は近くに落ちていた石を投げつける。


こんな物が効くとは思えないが、今は少しでもアンドラスから離れたかった。


ゴスッと嫌な音が響いた。


「え…?」


男の拳程もある石は、予想に反して相手に命中した。


石を頭に受けた女が血を流しながら、倒れている。


アンドラスでは無い、普通の女が。


「何、で…?」


先程まで、ほんの数秒前まではアンドラスだった筈だ。


男には本気で、この女がアンドラスに見えていた。


「くそっ! 死ね、死ねよ悪魔!」


「来るな! 来るなぁ!」


周りにも同じ光景が広がっていた。


迫るアンドラスの幻覚に発狂しながら、互いに殺し合っている。


本物のアンドラスは、最初から一歩も動いていないと言うのに。


「あはは! 本当に人間は愚かねぇ!」


悪魔は嘲笑する。


「鏖殺よ」








「この感覚は…!」


大聖堂にて、ヴェラは聖都の異変を感じ取った。


聖都に張った結界をすり抜けるように、悪魔が現れた。


恐らくは転移を使ったのだろう。


「法王様!」


「…くっ、堂々と正面から来るなんて! 舐めるな!」


上位法術と権能を同時に操りながら、ヴェラは叫ぶ。


転移による結界のすり抜け。


セーレに出会ってから、それを考えない日は無かった。


当然、対抗策も取ってある。


「結界を破って現れたことで居場所は瞬時に特定できる! すぐにその場所に上位法術と権能を打ち込んであげるわ!」


大聖堂からアンドラスのいる位置までは距離があるが、関係無い。


聖都は全てヴェラの庭。


例えどこにいようとも最大出力で法術を叩き込める。


『おお、怖い。そんなことされたら、アンドラス様なんて蒸発しちゃいますねェ』


「ッ! 誰だ!」


その場にいたオズワルドが周囲を見渡すが、姿は無い。


どこか別の場所から声だけを送っているようだ。


『なので、邪魔させて貰いますねェ』


「何を…」


ヴェラの身体が突然、光に包まれた。


何度か見たことあるそれは、転移を使う際の光の陣。


「コレは…!」


『私の転移は少々特殊でして。自分以外の者を転移する際は、少量の血を必要とするのですよ』


その話は以前、聞いていた。


ベリアルはセシールを誘拐する際、その血を利用したと。


「血…………まさか!」


『ええ。あなた、レライハさんの毒矢を受けましたよね? そのあなたの血が付いた矢をこっそり回収させてもらいました』


あの時、毒で倒れたヴェラに注意が集中している隙に、ベリアルはその矢を拾っていた。


ヴェラは毒で死ぬ筈だったが、万が一生き残った場合のことを考えて血を回収していたのだ。


『私は慎重な性格でして。いつも最悪を想定して行動しているのです。備えあれば憂いなしですよ』


「くっ…どこへ転移させる気ですか!」


『それは後のお楽しみ。と言う訳で、あなたには真っ先に舞台から退場してもらいますよ』


その言葉を最後に、光は消えた。


それと共に、ヴェラの姿は聖都から消えたのだった。

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