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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
三章
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第六十八話


「………」


マナは決着が着いても、しばらくその場を動かなかった。


悲哀と安堵が混ざったような顔で、灰の山となったオセを見つめていた。


後悔している訳では無い。


オセは、殺さなければならない相手だった。


倒さなければならない敵だった。


和解する道は初めから無かったのだ。


「いつまでそうしているつもりだ。行くぞ」


「…はい」


暗い表情で頷いてマナはセーレを見る。


いつまでも感傷に浸ってはいられない。


セーレは重傷なのだから。


「動かないで下さい。今、治療しますから」


「ああ、身体の傷より先に、コレ治せるか?」


そう言ってセーレは足下に転がっていた石をマナへ突き出した。


一瞬、訝し気な顔を浮かべた直後、マナの顔が青ざめる。


それは石化したセーレの左腕だった。


「そ、それ。自分で切り落としたの…?」


「いいから、さっさと権能を使って元に戻してくれ」


「わ、分かったよ。権能『神の慈悲』」


マナは冷たい石となった腕の表面を撫でた。


それだけで左腕は段々と色を取り戻し、元の姿に戻っていく。


「よしよし」


元の姿に戻った左腕に満足したように頷き、セーレはそれを左肩に押し付けた。


メキメキ、と異様な音が響き、その傷口が塞がる。


「…まだ少し調子が悪いが、取り合えずくっついたな」


セーレは具合を確かめるように左腕をぶんぶんと振る。


先程まで地面に落ちていたとは思えない程、その動きはスムーズだった。


「腕、くっつくんだ…」


悪魔の生命力の高さに、マナは呆然と呟いた。


以前、セーレは失った腕や足を生やすことは出来ないと言っていたが、部位さえ残っていればこんな簡単に接合することが出来るとは思わなかった。


「俺達は化物だ。人間の価値観で考えるんじゃねえよ」


「………」


どこか突き放すような言葉に、マナはまた暗い表情を浮かべる。


悪魔と人は分かり合えない生き物。


そう言われているような気がしたからだ。


「おい、少し動くな」


「え?」


唐突に言われて止まったマナの足下へセーレは手を伸ばす。


マナから遠ざけるように拾い上げたそれは、黒い毒矢だった。


オセがセーレと交戦した時に放った内の一本だ。


「気を付けろ。悪魔が死んでも悪法は残る。迂闊に踏めば死ぬぞ」


セーレが軽く手を振ると、手の中にあった毒矢が消えていた。


転移能力でどこか別の空間に仕舞ったのだろう。


「大気に満ちている法力もキツイし、長居は無用だな。さっさと行くか」


「…行くって、どこに?」


セーレは急かすようにマナの手を掴んだ。


不思議そうに首を傾げたマナにセーレは笑みを浮かべて答える。


「逃げたネズミを捕まえに行くんだよ」








(彼は、しくじったようですね…)


サロメは聖都を堂々と歩きながら、今回の計画を振り返る。


サロメがアンドラスに提案した法王暗殺計画。


そして、オセの能力を使ったサマエル復活計画。


途中までは上手く行っていたが、結果だけ見れば大失敗だ。


第一目標の聖櫃の確保は失敗し、第二目標である法王暗殺すら失敗した。


今までの暗躍が全て徒労に終わったと言うのに、サロメの機嫌は悪くなかった。


(ま、元から彼には然程期待してませんでしたが。まさか、本気でサマエルに成れるとでも思っていたのですかね?)


オセをその気にさせる為、サロメは彼をそう唆したが、本音を言えば不可能だと思っていた。


幾らオセの悪法が他者への変身に特化しているとは言え、それはあくまでもオセの悪法の範疇だ。


自分より遥かに格上の存在に成り代われる筈も無い。


アンドラスにも、この計画は聖櫃を確保する為の計画であると告げていた。


恐らく、アンドラスはオセとは別のアプローチでサマエルを復活させることが出来るのだろう。


(とは言え、それも失敗に終わった訳ですが)


オセが死んだ今、こちらの戦力はサロメ一人。


じき回復するであろう法王のことを考えても、聖櫃を確保できるとは思えない。


(次の手は既に打ってありますが………全く、シュトリの時と言い、今回と言い、私の計画はいつも失敗してばかりですね)


思わずため息をついた時、視線の先を青白い粒子が横切った。


瞬時にその正体を悟り、サロメは距離を取る。


「…見つけたぞ」


「やれやれ、本当に私は運が悪い…」


粒子の中より現れたセーレとマナを見て、サロメは更に深いため息をついた。


その仕草に、マナはふと首を傾げた。


どこか憂鬱そうに見えるサロメは、以前と少し雰囲気が違ったからだ。


「貴様の計画は全て失敗した。大人しくするなら、殺さずに尋問室にぶち込んでやるぞ?」


「残念ながら、私は失敗することには慣れていましてね。そもそも私の計画は『基本的に上手く行かない』………そんな風になっているんです」


「?」


冷めた表情を浮かべるサロメは、淡々と言った。


悲観的にも自棄になっているようにも聞こえるが、その言葉を吐く本人は、ただ当たり前の事実を口にしただけのように迷いが無かった。


「失敗することは初めから分かっているんですよ。だからほら、一度や二度の失敗なんて、気にしない気にしない」


サロメは薄ら笑みを浮かべて額に巻いた包帯を取った。


その下に隠された第三の眼がマナを見つめ、黒く濁る。


「な、何…?」


サロメの視線を浴びる程に、マナの心を暗い感情が侵食する。


殺人衝動。破壊衝動と言った物が、次々と生まれていく。


魅了チャームか! アイツの眼を見るな!」


セーレはローブを翻して、サロメの邪視からマナを隠す。


視線が途切れたことで、マナの侵食は止まった。


「シュトリさんに教わったのですが。意外と役に立ちますね、魔眼コレ


魅了の魔眼は、シュトリの得意技だった。


視線を合わせた人間の心を支配し、自由自在に操る。


強固な自我を持つ使徒には効果が薄い筈だが、マナは心の隙が大きいようだ。


「…それは魔性を使った技だ。人間が使える技ではない」


サロメは魔性を使用した。


その事実に、セーレは自身の推測が正しかったことを確信する。


「貴様、やはり肉体を悪魔に乗っ取られているな」


「…そう、ですね。もう隠す必要も無いでしょう」


サロメの口元が三日月のように吊り上がる。


黒く濁っていた第三の眼が、血のように赤く染まった。


「大・正・解! キャハハハハ! 私はサロメではありません! 最初ッからねェ!」


顔を醜悪に歪めてサロメは、その身に巣食った悪魔は嗤う。


今までの全て演技だったと。


この身体を使っていたのは、初めからサロメでは無かったと。


「さ、サロメは? 本当のサロメは、どこに…?」


「それも、この身の中です。私は少々、特殊な悪魔でしてねェ! 宿主の魂を喰らわず、同化することで身体を乗っ取るのですよ!」


悪魔は自分の胸に触れながら、そう告げた。


「同化、だと? 魂を喰らって持ち主と同調していたオセのような物か?」


「見境ないオセさんとも少し違いますねェ。私は、たった一人の人間を選び、その人間に宿る悪意と同化することで自我を形成する『形無き悪魔』なのですよ!」


つまり、元々その悪魔に自我は無い。


何の目的も、何の願望も無い、力の塊が人間に取り憑くことで初めて自我を得る。


取り憑いた人物に宿る悪意と同化した姿を取る。


マナに対して執着を見せたのは、それがサロメの悪意だったからだ。


その性質は悪魔と呼ぶよりは、悪霊に近い。


「貴様は、何者だ」


「自我も持たない私に名前などありませんが、敢えて言うなら…」


悪魔は悪童のような笑みを浮かべた。


「『ベリアル』と。無益のベリアルとでもお呼び下さい」


そう言ってベリアルは、指を鳴らした。


それを合図に、あちこちから緑衣を纏った男達が現れる。


「コイツらは…!」


緑衣の兵士達に纏わり付かれながら、セーレは叫ぶ。


ヴェラを襲撃した際にも使っていたペラギアの部下達。


ベリアルの魅了で洗脳された、忠実な下僕だ。


「では、さようなら」


「逃がすか…!」


転移しようと光に包まれたベリアルを見て、セーレは腕を振り上げる。


絡みつく邪魔者達を切り裂こうと、腕を振り下ろす。


「セーレ! 駄目!」


「…チッ!」


マナの制止の声が上がり、セーレは舌打ちと共に腕を止めた。


今は洗脳されているだけであって彼らには何の悪意も無いのだ。


それを殺すことにマナが反対するのは分かり切っていた。


「キャハハハハハ…!」


勝ち誇るような高笑いだけを残し、ベリアルの姿は消えた。


セーレ達はそれをただ、見ていることしか出来なかった。


「………」


その姿が完全に消えると同時に、洗脳されていた男達は意識を失う。


苛立ちながらそれを蹴り飛ばし、セーレはマナを見る。


「ご、ごめんなさい。でも…」


「違う、俺のことはどうでもいい。コレは貴様の問題だろうが」


「え?」


邪魔をしたことを怒っていると思っていたマナは、その言葉に首を傾げる。


「貴様の妹は、俺の推測通り悪魔に取り憑かれていた。今までの行為は全て悪魔の仕業だ。それが分かっただけでも前進したんじゃねえのか?」


機嫌悪そうにしながらも、セーレはそう告げた。


サロメと和解することこそがマナの望み。


欲の無いマナが初めて口にした純粋な欲望。


「コレで話は簡単になった。アイツを説得する必要も無い。ベリアルとか言う下級悪魔を引き摺り出して始末すれば、貴様の妹は元通りになる」


「…あ」


「貴様の願いは、それで叶う」


サロメが悪魔に取り憑かれていた事実は、むしろ朗報だ。


悪魔さえ何とかすれば、元に戻ることが分かった。


「協力、してくれるの…?」


「ハッ、今更何を言っているんだ?」


可笑しそうにセーレは笑った。


「俺は貴様の願いを叶える為に存在しているのだぞ?」








「はぁ…はぁ…流石に、魔性と法術を同時に使うのは、肉体の負担が大きかったですね…」


聖都より離れた荒野を歩きながら、ベリアルは苦し気に息を吐く。


剥き出しの肌には痣が浮かび、巻いた包帯には血が滲んでいた。


魂と同化すると言うベリアルの性質故に、法力と魔性の両立に成功しているが、肉体サロメの法力は常人の域を出ず、転移も一度が限界。


代わりに魔性を使えば、サロメの肉体の方にダメージが出てしまう。


(…あの時、マナの方に取り憑けたなら、こんな苦労はしなかったでしょうに)


三年前、あの姉妹に出会った頃のことを思い出す。


マナの権能を受けて焦り、咄嗟にサロメの方に憑依したのが間違いだった。


「大丈夫かい? 随分とお疲れのようだけど?」


その時、ベリアルの前に待ち人が現れた。


シュトリはどこか胡散臭い笑みを浮かべて、心配そうに言う。


「問題ありません。それよりも…」


「うん。どうやら君達は失敗したようだね」


「…見ていたのですか?」


「法王が倒れて結界が弱まったからね。数匹のバフォメットが我輩の眼の代わりになってくれた」


へらへらと笑いながらシュトリは言う。


今回の任務にシュトリは不参加だった筈なのに、聖都の付近で様子を見ていたのだ。


「ところで一つ聞いても良いかな? ベリアルちゃん」


「…どうぞ」


ベリアルは少し警戒した様子で言う。


何をどこまで見られていたか知らないが、どうやら自分の正体には気付いているようだ。


一体、何を聞かれるのか。


「君って、女の子? それとも男の子?」


「………は?」


「いや、サロメちゃんの身体に男の子の魂が入っているのも、それはそれで興奮するんだけど、一応聞いておこうと思ってさ」


「………」


ベリアルの顔が引き攣った。


そこなのか。


そこしか気にならないのか。


やっぱり、コイツとは相性が悪いとベリアルは顔を顰めた。


「…ご想像にお任せしますよ」


「おっと、予想外の返答だな」


朗らかに笑うシュトリは何を考えているか分からない。


本当に何も考えていないのだろうか?


「あ、そう言えばベリアルちゃん。ドラスちゃんに対する言い訳はもう考えているの?」


「…それも問題ありません。次の手は既に打っています」


そう言ってベリアルは懐から、ある物を取り出した。


「レライハさんが暴れている間に、コレを手に入れました。コレを使えば、法王を殺すことは容易い」


「…ふーん。あのさ、ベリアルちゃん」


シュトリは笑いながら、その顔をベリアルに近付ける。


ゆっくりとした動きでベリアルの手を掴んだ。


「まさかとは思うけど、それを手に入れる為だけに、レライハを犠牲にした訳では無いよね?」


「ッ…!」


シュトリに至近距離から見つめられ、ベリアルの背筋が凍り付く。


言葉こそ穏やかなままだが、その眼には明確な怒りと殺意が宿っていた。


友人であったレライハ(オセ)が死んだことに、何も感じないシュトリでは無い。


計画が失敗した結果、死んだのならまだ許せるが、最初から彼の犠牲までが計画に組み込まれていたのなら流石に許せそうにない。


「…そんな訳、無いじゃないですか」


「そう。それなら良いんだ。君の失敗を責めるつもりは無いよ」


あっさりと殺意を捨て、シュトリは笑った。


それを見ても、ベリアルは少しも安心出来なかった。


(…やはり、この男は)


ベリアルは警戒を強めた目で、シュトリのことを睨んでいた。

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