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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
幕間
46/108

第四十六話


『待って! 姉さん、行かないで…!』


泣きながらサロメはマナの手を掴んだ。


まだ十歳になったばかりの幼い顔が悲し気に歪み、ボロボロと涙が零れ落ちる。


『サロメ、泣かないで。良い子だから…」


泣き喚くサロメの頭を優しく撫でながら、マナは笑みを浮かべる。


サロメを置いていくのは心苦しいが、これが正しいのだ。


マナは無理やり連れていかれる訳ではない。


使徒として覚醒し、その力を人々の役に立てる為に、自分で選んだのだ。


『ひっく…ぐす…』


泣き止まないサロメを見る度に、罪悪感が湧くがコレはサロメの為でもある。


ケイナン教会では、使徒に報奨金が与えられると聞く。


日々の食べ物にすら困っている父や妹に豊かな暮らしをさせてあげられるかもしれない。


『サロメ、マナだって寂しいんだよ。泣かないで、笑って送ってあげよう』


サロメの肩に手を当てながら、父が朗らかな笑みを浮かべた。


マナが使徒になると告げた時、僅かに悲しみながらも、笑顔で応援してくれた優しい父。


『…行って、らっしゃい』


『うん。行ってきます!』


笑顔でマナはそう告げた。


優しい父親と、可愛い妹。


この二人が幸せに暮らす為に、自分は正しい選択をしたのだ。


そう、この時は確信していた。








「やあ、こんにちはマナちゃん! 今日は知らない子を連れているね?」


エノクを訪れたマナ達が真っ先に訪れたのは、村長の家だった。


以前会った時と何ら変わらない様子の村長は、笑顔でマナを出迎えた。


「はじめまして、セシール=トリステスと申します。マナ様の従士をしています」


初対面の男性相手だからか、やや固い表情でセシールが挨拶する。


「こちらこそ、はじめまして。従士と言うと、あのセーレさんと同じ?」


「はい? どうしてセーレが…と言うか、何で知っているんです?」


不思議そうに首を傾げたセシールは、すぐに何かに気付いたようにハッとなる。


「え、えーとね。セシール…」


「まさか既にマナ様と来たことが? ちょっとセーレ、どういう事か…っていないし!?」


怒ったように後ろを振り返ったセシールは思わず叫んだ。


つい先程、村長の家を訪れるまでは後ろからついてきていたセーレの姿がどこにもなかった。


「お面の人ー! お面! お面をちょうだーい!」


何やら庭から子供の騒ぐ声が聞こえる。


気になって村長含む三人が見に行くと、村長の娘であるリタがセーレと共に向き合っていた。


「よく見ろ、次期村長よ。俺の右手には俺の物と同じ仮面がある。そして、左手には土産に買ってきた菓子がある。片方だけやろう、どちらが良い?」


「両方ー!」


「くはは! 一切迷わず両方欲しがるか! 何と見所のある娘だ。その強欲さ、気に入った! 褒美に全部持っていくが良い!」


「わーい!」


受け取ったセーレとお揃いの仮面を被り、菓子の箱を受け取るリタ。


それを機嫌良さそうに眺めているセーレ。


セーレが悪魔であることを忘れそうな平穏な光景だった。


「…アンドラスにやられた後遺症ですか?」


「いや、セーレは前から子供には妙に優しいよ」


不気味な物を見る様な目でセーレを見ているセシールに、マナが苦笑した。


確かに普段からは考えられないが、セーレは親切な時は本当に親切だ。


本人に言えば、また欲の為だとか堕落させる為だと言うのだろうが…


「ところでマナちゃんは何の用で来たんだい?」


すっかり安心した目で娘と遊ぶセーレを見た後、村長は尋ねた。


「はい。実は、一年前の事件について詳しく聞きたくて…」


マナの言葉に、笑みを浮かべていた村長の顔が曇った。


「一年前と言うと、マナちゃんのお父さん達の?」


「そうです。お父さんとサロメが悪魔に襲われた事件」


「………」


村長は曇った表情のまま、マナの顔を見た。


話すべきかどうか、と迷った後に深いため息をつく。


「…一年前、聖都から駆け付けたマナちゃんにお父さん達の遺体すら見せなかったのは、別に意地悪をした訳じゃないんだ」


「はい」


「先に言っておくと、私は悪魔を見た訳じゃない。でも、アレを見た村人は皆、お父さん達を殺した者は絶対に悪魔だと確信したよ」


「…どうして?」


「…首が、無かったんだよ」


その光景を思い出したように、村長の身体が震えた。


「手も足も数が足りなかった。例えるなら、巨大な獣に喰い散らかされたような酷い光景だった」


それこそ飢えた悪魔が魂のみならず、血肉まで食い荒らしたかのように。


衣服や装飾品が無ければ、その肉塊が誰であったかも分からなかっただろう。


明らかに人間の所業ではなかった。


「…それって、判別出来ない程に酷かったってことですか?」


「ああ、だから君にはとても見せられなかった。すぐに埋葬したよ」


同情するように村長は言った。


知らなかった家族の末路に、マナがショックを受けていると思ったのだろう。


だが、マナが聞き返したのはそれが理由では無かった。


「判別できないってことは、それが『何人分』だったかも分からないってことですよね?」


「君は、何を言っているんだ?」


「もしかしたらサロメはそこで死んでいなかったのかもしれないと思って…」


性別すら判別出来ない肉塊。


その血溜まりが、何人の血によって作られた物かなど村人に分かるだろうか。


「残念だけどサロメちゃんもその時に………いや、そう言えばあの子の遺品は何も見つかっていないな」


不思議そうに村長は首を傾げた。


「しかし、それが本当だとしてらおかしいだろう。なら、どうしてその日からサロメちゃんは行方不明になったんだい?」


「………」


そう、その日からサロメは行方不明になった。


父親の死によって自身の死も偽装し、一年間行方をくらませていた。


何らかの理由でマナを憎み、復讐する為に悪魔と手を組んだ。


「…そう言えば、マナ様が使徒に覚醒した時もこの村に悪魔が出たんですよね?」


その時、思い出したようにセシールが呟いた。


「三年前の時だね。悪魔と言うよりは、魔物に近かったけど…」


マナは頬を掻きながら言う。


今思えば、そこまで強い悪魔では無かったのかもしれない。


覚醒したマナの権能に驚いて、逃げてしまう程度の悪魔だった。


「一年前の事件も、その悪魔が関わっていると言うことは考えられませんか?」


「それも、そうだね」


「なら、今度はその悪魔が出た場所を調べましょう」


そう言うと、キョトンとしている村長を置いてセシールは意気揚々と出て行った。

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