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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
第二章
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第四十一話


一筋の光もない、闇の中でテレジアは辺りを見回した。


「あー…レミ、セル、死んでたら返事してー」


「…死んでいたら、返事できませんよ。姉上」


「その声はセル? 思ったより近くに落ちたみたいね。レミも無事?」


何も見えないが、取り合えずテレジアは声の聞こえた方向を向いた。


「はい、レミジオはここに居ます。元気です。と言うか、暗くて何も見えない」


「待ってて、今明かりを…」


テレジアは権能を発動し、普段より大きめの光の輪を作る。


ふわふわと浮かぶ柔らかな光に見知った顔が照らし出された。


「…障壁が間に合わなかったら、即死でしたね」


レミジオが照らされた周囲を見渡して冷や汗をかく。


破壊された街並みの一部が落ちて来たのか、橋の下も瓦礫だらけだった。


生身のまま叩きつけられていたら、テレジア達の命は無かっただろう。


「残る問題はどうやって上に戻るかよねぇ」


「我々は転移なんて使えませんからね…」


上級法術である転移が使えるのは、使徒の中でも一部の者だけだ。


第七節に位置する『転移』は法力を多大に消費する為、法王でも一日に十も使えない大技。


使徒の中では比較的若い方であるテレジアに使える筈も無かった。


「取り合えず、周囲を探索してみましょうか。もしかしたら道が…」


「あ、姉上!」


「どしたの、レミ? もう見つけた?」


何やら騒いでいるレミジオに首を傾げ、テレジアは近付く。


興奮したように闇の中を見つめるレミジオの前には、瓦礫ではない建造物があった。


悪魔か何かを模した屋根を石の柱で支えるように作られた怪しげな物体。


「…何これ? 小さいけど、神殿みたいな…?」


少なくとも、聖都にあるような神を祀る神殿ではないだろう。


よく見れば、屋根の部分に作られた悪魔の彫刻は、七つだ。


恐らく、コレはグリモアの七柱を意味する悪魔像なのだろう。


「ち、違う! コレは、コレは…!」


何が見えるのか、レミジオは酷く怯えた様子で神殿を指差した。


流石に不信に思い、中を覗き込もうとテレジアは更に近付く。


「LA―――」


その時、奇妙な声を聞いた。


テレジアは動かしていた足を止める。


「LA―――Ar―――」


「…歌声?」


それは、女の歌声だった。


どんな人間でも思わず立ち止まってしまうような魔性の声。


聖女のように清らかにも聞こえるが、遊女のように艶やかにも聞こえる。


その声は、神殿の中からではなくテレジアの後方から聞こえてきた。


「セル、この声は………セル?」


そこでテレジアは初めて気付いた。


先程まですぐ隣にいた筈のセルジオがどこにもいない。


「LA―――Ar―――」


女の歌声が、絶えず闇の中に響いていた。








「チッ! この七柱の最弱如きが! 俺とやろうってのか!」


縦横無尽に伸びる白い糸を躱し、セーレはシャックスの頭上に転移する。


眠った状態で動かない本体へ向かって、無数の十字の光を放つ。


「刻んで死ね!『空間切断クーペ』」


「ま、待て!」


突然聞こえた声に、セーレは振り下ろそうとしていた手を止めた。


邪魔をされたことに不機嫌そうな表情を浮かべ、セシールの方を向く。


「何だ? まさか、可哀想だから殺さないで、とでも言う気じゃねえだろうな?」


「そ、それは…!」


「ハッ、図星かよ」


呆れたように息を吐き、セーレは再び転移する。


何かに葛藤するようなセシールの前へと現れ、その襟首を乱暴に掴んだ。


「良いか。俺は善人は嫌いだが、偽善者はもっと嫌いだ。貴様のしようとしているのは偽善それだ」


「…ッ」


「七柱を滅ぼす? その為に悪魔の力を使う? 結構だ。だが、敵を見誤るんじゃねえ! 俺達は化物だ。人類の敵なんだよ!」


七柱を倒すと無茶な夢を見るのは構わない。


その為に身に宿る悪魔の力を利用するのも構わない。


だが、悪魔を味方だと、害のない存在だと同情するのは認めない。


それは慈悲ではなく、ただの『怠惰』だ。


シャックスがもたらした悲劇から目を背けた現実逃避だ。


「チッ、期待外れだったか」


失望したように言うと、セーレはセシールから手を離した。


興味を失ったのか、セーレはどこかへ転移する。


それを呆然と、セシールは見ていた。


「………」


どうするべきだろうか。


シャックスに悪意はない。


セシールに語った言葉には、何一つ嘘は無かった。


孤独を嫌い、友達を欲しがる普通の少女だった。


セシールは、シャックスに昔の自分を重ねていた。


マナと出会う前の、孤独だった自分を。


何故人間の中に生まれてしまったのか、と呪っていた自分を。


「ァァァァァァァー!」


眠り続けるシャックスが叫ぶ。


それは悲鳴だった。


本当はそんなことを望んでいない筈なのに。


こんなことはやりたくない、と泣いていた。


「セシール!」


「ッ!」


マナの声で、セシールは俯いていた顔を上げた。


白い糸は、もう目の前に迫っていた。








「せ、セシール!」


白く輝く糸を頭から被ったセシールは、力なく倒れた。


意識はあるようだが、その眼は虚ろだ。


慌ててマナが駆け寄り、心配そうにその身体に触れる。


「…糸に触れるな」


「セーレ! セシールが…!」


「ああ」


縋りつくようにセーレを見るマナに、セーレは淡々と告げた。


「もう、そいつは駄目だ」


残酷な真実を。


「…嘘、でしょ?」


「事実だ。その糸は悪法『怠惰アセディ』………その能力は『奪う』ことだ」


セーレは全く動かなくなったセシールを冷たい眼で見下ろす。


「その糸に触れた者はあらゆる力を奪われる。視力、聴力、記憶力、思考力……そして、最後には何も考えることすら出来ない怠惰な肉の塊になる」


それは魂を抜かれた人間と同じ。


あらゆる機能を失った人間とは呼べない肉塊へ変貌する。


「セシールを、助けて…!」


「………例え、魂百個差し出されたとしても、出来ないことは出来ない。悪法を解けるのは、本人だけだ」


悪法とは七柱が持つ固有の能力。


同じ七柱であろうと、その呪いを解くことは出来ない。


「ッ…くっ…うっ…」


セシールの手を握りしながら涙を流すマナ。


それを冷めた目で一瞥し、セーレはシャックスの方を向いた。


先程まで好き勝手暴れていたくせに、やけに大人しい。


シャックスは依然眠ったままだが、セシールを手にかけたことを薄々感じ取ったのかもしれない。


シャックスの無意識の部分が、セシールの死にショックを受けている。


「………チッ」


胸糞悪い、とセーレは舌打ちをした。


生まれる場所を間違えたとしか思えない。


その矮小な善性は、悪魔に相応しくない。


「良い機会だ。ここで死んどけ、シャックス」


そうすれば、もう悩むことも無いだろう。


そう考えて転移しようとした時、セーレの背後から強い光が放たれた。


「黄金の蝶…? 聖女様の権能か」


暗闇の中、黄金の蝶が舞う。


涙を流すマナを中心に、無数の蝶が黄金の風となって散り乱れる。


どう言う訳か、光の中で眠るセシールが段々と生気を取り戻していく。


「ッ! エノクで一度見た。アイツの権能が、俺の悪法を弾く光景は見間違いじゃなかったか…」


「悪法を打ち払え…! 権能『神の慈悲』」


パキン、と何かが割れるような音と共にセシールの眼に光が戻る。


「セシール…良かった」


正気を取り戻したセシールを見て、マナは安堵の笑みを浮かべたまま倒れた。


「ま、マナ様!」


「ごめん、少し疲れた…」


ぐったりと脱力したマナをセシールは慌てて抱きとめる。


身体に異常は無いが、あまりの疲労感に立ってられなかった。


(…疲れた?)


それを興味深そうに見ていたセーレが、首を傾げる。


権能は神に与えられた『権利』だ。


権利を行使することに法力や精神を消耗することは無い。


バジリオの命令を弾いた時のように多少体力を消耗することはあっても、一度の使用でここまで疲労を感じることなどなかった筈だ。


(まだまだ興味が尽きねえな)


「ァァァァァァー!」


楽しそうな笑みを浮かべていたセーレは聞こえた叫び声に、気を引き締めた。


どうやら、あちらも復活したようだ。


「セーレ!」


「あ?」


マナを支えながらセシールが何かを投げた。


危なげなく受け取ったセーレの手に握られていたのは、一本のナイフ。


セシールが愛用している武器だった。


「代わりに、終わらせてくれ」


「………」


苦しそうに悲鳴を上げるシャックスを見て、セシールはそう言った。


セーレはそれに答えることなく、セシールに背を向ける。


「全く、悪魔に頼みごとなんて気軽にするんじゃねえよ。魂を取られるぞ」


セーレは手の中のナイフを弄びながら、シャックスを見た。


「まあ、今回はコレが対価ってことにしておいてやるよ」


そう言って、セーレの姿は青白い粒子の中に消えた。

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