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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
第二章
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第三十八話


怠惰のシャックス。


少女の上半身と蜘蛛の下半身を持つ異形の悪魔。


やや高い位置に存在する少女の顔を睨みながら、セシールはわなわなと震えた。


「どうして…!」


「しー、静かに」


興奮する子供を落ち着かせるように、シュトリは人差し指を口に当てる。


何かを言おうとしたセシールに抑え、代わりに前に出るシュトリ。


そんな二人のやり取りを見て、シャックスは不思議そうに首を傾げた。


「…おじ様?」


「そう、シュトリのおじ様だよ。『今回』はちゃんと覚えていてくれたね」


そう言って揶揄う様に笑ったシュトリに、シャックスは拗ねたように頬を膨らませる。


「おじ様を忘れたことなんて一度もないよ。前はちょっと思い出すのに時間が掛かっただけだもん」


「ははは、失礼。最近は忙しくてここに来れなかったからね。君に忘れられてしまったんじゃないかと冷や冷やしていたのだよ」


「忘れないよ。こんな所まで会いに来てくれるのはおじ様くらいだもん」


シャックスはそう言うと寂し気に顔を俯かせた。


シュトリ以上に人間からかけ離れた姿をしているが、こうして見ると普通の少女にしか見えない。


むしろ、シュトリよりも喜怒哀楽が顔に出る分、より人間らしかった。


「ところでおじ様、後ろにいる人は…?」


「ああ、紹介しよう。我輩の愛娘のセシール=トリステスだよ」


「おい」


シュトリの紹介に文句を言おうとしたセシールを、シャックスはまじまじと見つめた。


初めて会う七柱の悪魔に見つめられ、思わず緊張で固まってしまう。


「は、はじめまして…えっと、おはようございます! って、今何時だっけ?」


「今はお昼を回ったぐらいかな?」


「ええと…それじゃあ、こんにちは!」


セシール以上に緊張した面持ちでシャックスは言った。


シュトリとは饒舌に話していたが、人見知りするタイプなのかもしれない。


…人見知りする悪魔など、今まで会ったことないが。


「ちょっと我輩は『ペット』の餌やりに行くので、その間この子の面倒を見て貰えないかな?」


「…!」


唐突に何を言い出すのか、とセシールは振り返るが、シュトリは気にした様子も無かった。


「『ペット』って、あの人のことでしょ? あの人、嫌い。前に私の友達を食べちゃったし」


「お腹を空かせたアイツが暴れない為に、餌やりをしないといけないんだよ」


嫌そうに顔を顰めるシャックスをシュトリは宥めるように言う。


「それじゃ、二人とも仲良くねー」


笑いながらシュトリは立ち去り、後には二人だけが残された。








同じ頃、マナ達はセーレによる転移でゴモラに辿り着いた。


「ここがゴモラ。百三十年前の『聖戦』の地」


そこは『廃都』の名に相応しく、何もなかった。


元々は人が住んでいたと思われる建物は殆ど破壊され、大地にすら戦いの跡が残っている。


草木も、鳥獣も、あらゆる生命が存在しない死の世界。


「魔性が濃いな」


「聖戦の時に七柱が放った魔性が残留しているせいで、何物も住めない土地になっているって教会では習ったけど…」


そう言って、思い出したかのようにマナはテレジアの方を振り返った。


ゴモラの魔性濃度は異常だ。


魔性は人体にとって毒。


マナはオズワルドから貰ったお守りで防げているが、テレジア達は大丈夫だろうか。


「これくらいの魔性なら大丈夫よ。私の権能は『神の光輝』。神から授かった光はあらゆる魔を弾き、滅することが出来るわ」


テレジアから放たれる光の膜が、弟達も包んでいる。


セーレは元々悪魔なので、魔性は平気だが、逆にテレジアが放つ光を鬱陶しそうにしていた。


「…セーレって元々ここに住んでいたんだよね?」


後ろにいるテレジア達に聞こえないように、マナは小声でセーレに聞く。


「だったら何だ?」


「それなら、セシールが捕まってそうな場所とか分かるかな、と思って」


「ああ、そう言うこと」


納得したように頷き、セーレは周囲を見渡す。


記憶にあるゴモラの風景と、今のゴモラの風景を照らし合わせた。


「…悪いが、あまり役に立てそうにないな。俺がここに住んでいたのはもう百五十年以上前の話だ」


そう言えば、シュトリに出会ったのも百五十五年ぶりだとか言っていた気がする。


長い時を生きる悪魔は、時間の感覚すら人間とは違うのだろう。


「大体、俺がいた時はもう少しまともだった。聖戦の時に誰がこんなに壊しやがったんだか」


「セーレは、聖戦に参加していないんだったね」


「アレは使徒側がいきなり仕掛けてきやがった戦争だからな。既に一人暮らしを始めていた俺は、実家がそんなことになっていたことを後から知った」


実家、とセーレは言ったが内心はどうでも良さそうに見えた。


同じ悪魔ですら対して仲間意識を抱かないセーレのことだから、ゴモラにも愛着が薄いのだろう。


「二人とも。私達はあそこへ向かおうと思っているんだけど」


静かに話すマナの肩を、テレジアが叩いた。


前を差すテレジアの指の先には、壊れた砦のような物が見える。


「アレが一番大きな建物よ。セシールが捕まっている可能性も一番高いんじゃないかしら?」


「そうですね。私は賛成です」


「俺も異論はない。あそこからは特に強い魔性を感じるしな」


「よし! ならば全速力であの建物へ…」


「あ、姉上!」


意気揚々と拳を振り上げるテレジアへセルジオが慌てたように叫んだ。


「…囲まれています」


続けてレミジオが冷静に周囲を見渡した。


ゴモラに溢れる瓦礫や、木の間からマナ達を見る無数の眼があった。


「これだけ魔性に満ち溢れているんだ。そりゃ、魔物も湧き放題だな」


現れたのは、巨大な蜂や蟻を思わせる魔物達。


下級悪魔バフォメットに比べれば力は弱いが、数が多過ぎる。


力で劣る分を数で補う蟲の魔物。


「一度に相手するのは面倒だな。一旦、転移して逃げるか?」


「その必要はないわ! レミ! セル!」


「「洗礼の章(バテーム)展開」」


テレジアの命に従い、従士達が同時に法術を使用する。


マナも得意とする治癒の法術を、向かってくる魔物へ放つ。


「ぎィィ!」


蟲達が光に触れることを嫌がるように叫ぶ。


治癒の法術には、魔性を浄化する性質もあり、魔物にとってそれは天敵だ。


二人の放つ法術から逃れた蟲達は、自然と前に出ているテレジアの下へ誘導されていく。


「権能『神の光輝』」


瞬間、テレジアの剥き出しの背から光の翼が出現する。


それは、翼と言う形を持った膨大な光そのもの。


血肉を喰らおうと襲い掛かった蟲達は、まるで火に飛び込む虫のように光の中に消えていった。


「凄い、まるで天使みたいですね…!」


光の輪と翼を持ったテレジアは正しく天使と呼ぶに相応しい姿をしていた。


感激するマナとは裏腹に、実の弟達は渋い顔をする。


「姉上。私は弟として恥ずかしいです。と言うか歳考えて下さい」


「言うな、レミ。姉上だって好きであんな恰好をしている筈がないだろう。皆を守る為に羞恥心を捨ててらっしゃるのだ」


「ありがとう! 私もこの姿、結構気に入っているのよー!」


セルジオのフォローを聞いていなかったのか、堂々とテレジアは言った。


ポーズを決めたりとノリノリな姿に、弟達は深いため息をつく。


「ところで何であなたは青い顔をしているの?」


「か、仮面で顔色なんて分からねえだろうが。そ、それ以上、近付くな…!」


不思議そうに首を傾げるテレジアから、セーレは青い顔をして距離を取った。


魔を滅ぼす光は、当然ながらセーレにも毒なのだ。


「と、とにかく、今のうちに前へ進みましょう!」


明らかに弱っているセーレを庇う様に、マナは叫んだ。

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